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【使命】「CRISPR-Cas9」を分かりやすく説明。ノーベル賞受賞の著者による発見物語とその使命:『CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』

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「CRISPR-Cas9」という革命的な技術は、いかにして生み出されたのか?

「CRISPR-Cas9」という遺伝子編集技術は、我々の生活とどう関係してくるのか?

本書は、ノーベル化学賞を受賞した著者による、「CRISPR-Cas9」という遺伝子編集技術の開発物語である。

しかし、ただそれだけの内容なら、「自分には関係ない」と思われてしまうだろう。そこで本題に入る前にまず、この「CRISPR-Cas9」という技術が、一体どのように我々の生活と関係するのかについて書こう。

「CRISPR-Cas9」は、「遺伝子編集」という行為を恐ろしく簡易にした革命的な手法だ。その簡便さについて本書にはこんな文章がある。

このようなCRISPRの特性のおかげで、今日では基礎的な科学の知識しかもたない科学者の卵でさえ、ほんの数年前には考えられなかった離れ業ができる。「先進的な生物学研究所で数年かかったことが、今では高校生が数日間でできる」とは、この若い分野で古い格言のようになった言葉だ

こう聞くだけで、なかなか衝撃的な技術だということが理解できるだろうと思う。

そしてこの技術は、我々に「大いなる危険」と「大いなる恩恵」をもたらす。

まずは危険について書いていこう。

アメリカの諜報コミュニティは毎年、「世界の脅威に関する評価報告書(WTA)」を上院軍事委員会に提出している。そしてその報告書の中で、「CRISPR-Cas9」を含む「遺伝子編集技術」を、

国家ぐるみで開発され、アメリカに大きな脅威を与える恐れのある「第六の大量破壊兵器」

と評価している。他に挙げられているのは、「ロシアの巡航ミサイル」「シリアとイラクの科学兵器」などであり、それらと同列に記述されるほどの「脅威」と考えられているというわけだ。

確かにその懸念はもっともだと言える。高校生でも簡単に遺伝子編集が出来てしまう「CRISPR-Cas9」を使えば、生物化学兵器など簡単に作り出せてしまうからだ(作り出した生物化学兵器の管理の問題などもあるので、現実的には簡単ではないと思うが、理論的には誰でも作れてしまうという意味)。

このような懸念があるからこそ、著者は「CRISPR-Cas9」を“生み出してしまった”者の責務として、「遺伝子編集技術が危険なものだと一般社会に誤解されぬよう、そして、実際に危険な使われ方がなされないよう」に、科学者としての領分を越えてシンポジウムなどを開いている。

本書はそのような、「使命」の物語でもある。

では一方の恩恵の話をしよう。

「遺伝子」に関しては、研究が進んでいる分野も多々ある。例えば「単一遺伝子疾患」と呼ばれる病気もその1つだ。7000以上知られているこれらの病気は、たった一つの遺伝子の異常によって引き起こされることが分かっている。

これらは、「CRISPR-Cas9」で該当する遺伝子を書き換えてしまえば治すことができる。それまでの遺伝子編集技術では不可能だった、「1つの遺伝子を正確に操作すること」が「CRISPR-Cas9」では容易に行えるので、このような治療法の実現が期待されるようになったのだ。ただし本書執筆時点では、緊急避難的に使われたケースを除き、実際に人間に使われたことはないようである。臨床試験をクリアするのはまだ先だと著者は考えているようだが、病気の根本的な治療法を提示することは間違いないだろう。

また単一遺伝子疾患ではないが、遺伝子が関係する領域が分かっているものもある。「DEC2遺伝子」は睡眠時間の短さと、「ABCC11遺伝子」は腋臭と、「APOE遺伝子」はアルツハイマー病と、「IFIH1遺伝子」と「SLC30A8遺伝子」は糖尿病と関係していることが判明している。単一遺伝子疾患のように遺伝子の書き換えだけで劇的な変化がもたらされるのかは分からないが、「CRISPR-Cas9」を使った研究が進めば、さらに深い知見が得られることになるだろう。

また、もう少し間接的な形ではあるが、人間に多大な恩恵をもたらす可能性もある。がん治療のための研究だ。

がん研究に限らないが、科学研究においてはラットやマウスが使われる。これまでは、「研究に必要な変異」を起こさせるために、何世代も繰り返し交配を行い、実験に使えるモデルラットを作り上げていた。しかし「CRISPR-Cas9」を使うことでその期間を圧倒的に短縮することができるというのだ。

このようにこの技術は、我々の生活を大きく変える可能性を秘めた凄まじい発明なのである。

とはいえ著者は、「遺伝子編集技術を生み出そう」と考えて研究を行っていたわけではない。結果として「CRISPR-Cas9」という革命的な手法を完成させてしまったにすぎないのだ。そんな著者は、「CRISPR-Cas9」についての複雑な葛藤を、本書の随所で明かしている。その一つを抜き出して、「CRISPR-Cas9」の発見物語に話を移していこうと思う。

遺伝子編集が世界に圧倒的にポジティブな影響を多くもたらすことは否定しようがない。人間の遺伝的性質の解明が進み、持続可能性の高い食料生産や、深刻な遺伝性疾患の治癒が実現するだろう。それでも私はCRISPRの使われ方に危惧を抱くようになっていった。私たちの発見によって、遺伝子編集は簡単になりすぎたのだろうか?

「CRISPR-Cas9」の凄まじさ

「CRISPR-Cas9」の登場以前にも、「ZFN」や「TALEN」と呼ばれる遺伝子編集技術は存在していた。それらと比べて「CRISPR-Cas9」の何が凄いかと言えば、「低コスト」と「使いやすさ」だ。高校生でも可能なほど扱いやすいだけではなく、費用もグッと抑えることができるのである。素晴らしい。

その凄さは、「CRISPR-Cas9」が発表された直後からいかんなく発揮された。「CRISPR-Cas9」は著者らが2012年に共同開発したものだが、早くも2013年には中国の研究チームが、28億個存在するマウスの塩基配列の内たった1つだけを書き換える遺伝子治療を成功させたと発表したのだ。

「ZFN」や「TALEN」でも、“理論上”は同じ操作ができる。しかし技術的な困難度は圧倒的に異なり、現実的には不可能だと考えられていた。しかし「CRISPR-Cas9」ならそれをあっさり成し遂げられるのだ。

著者はこんな風に書いている。

ゲノム(※全遺伝子を含むDNAの総称)を、まるでワープロで文章を編集するように、簡単に書き換えられるのだ

「CRISPR-Cas9」の登場によって、生物学研究はこれまでとはまったく違う領域に踏み込んだと言っていいだろう。

「CRISPR-Cas9」以前の遺伝子編集技術開発の流れ

それではまず、「CRISPR-Cas9」以前の状況がどうだったのか見ていこう。

元々は、遺伝子”編集”を行える技術などなく、「ウイルスに特定の遺伝子を運んでもらう」というやり方しかできなかった。遺伝子治療の現場でも使われていた手法だが、遺伝子の運び屋(ベクター)であるウイルスの大量投与による死亡事例が起こるなど安全性に懸念があった。またそもそも、「遺伝子が欠落している箇所を補う」という使い方に限定されるなど、難点も多かった。

その後、ウイルスベクターに運ばせるのではなく、細胞に直接DNAを注入するやり方がとられるようになる。そうすると何故か細胞が勝手にDNAを取り込んでくれるのだが、そのメカニズムについてはよく分かっていなかった。

しかし徐々にそのプロセスが理解されるようになっていく。これは、「細胞にDNAを注入することで、細胞はそれを自らの染色体の一部だと思い込み、ゲノム内の相同な遺伝子と結合する」というメカニズムであり、「相同組み換え」と呼ばれている。

ここから、遺伝子”編集”という発想が生まれることになるのだ。

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