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【実話】映画『グッドバイ、バッドマガジンズ』(杏花主演)が描く、もの作りの絶望(と楽しさ)

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まさか「実話」ベースだとは思わなかった、「『エロ雑誌編集部に配属された女性』の奮闘と、もの作りの楽しさ」を描く映画

とても素敵な映画でした。映画の冒頭で、「実話を基にした作品」と表記されます。ただ、それを見るまで私は、この物語が実話ベースだということを知りませんでした。「一体、どの描写が実話なの!?」と言いたくなるぐらい、なかなか信じがたい世界が描かれる作品なのです。実話だという事実には確かに驚かされたのですが、ただ、もし実話ベースでなくフィクションだったとしても、物語として全然好きだなと感じさせる作品でした。

主演の「杏花」の存在と、「『エロ雑誌編集部に配属された女性』が特別視されない」という設定が絶妙だった

私は普段、女性の容姿についてあれこれ言わないように意識しているのですが、映画『グッドバイ、バッドマガジンズ』においては、主人公の森詩織を演じた杏花の「見た目」を含む存在感がとにかく素晴らしかったと言いたいです。決して「見た目」だけの話ではありませんが、少なからず、彼女の「見た目」が、この作品をリアルに成立させている要素であると感じました。

森詩織は、「ザ・サブカル女子」みたいな雰囲気がとても強い人物です。実際、元々は同じ会社が作っている『GARU』というサブカル雑誌を作りたかったのですが、色々あってエロ雑誌編集部に配属されてしまいました。冒頭からしばらくは、「エロ雑誌編集部にサブカル女子がいる」という違和感の方が強く出ますが、半年間揉まれた結果、「もう10年ここにいます」みたいな雰囲気を醸し出す女性に変貌するのです。サブカル女子からの変化がとんでもなく大きいわけですが、主演の杏花が、その両方をとてもリアルに打ち出しているように感じられました。

とても可愛らしい感じの顔をした女優なので、普通だったら「こんな女の子がエロ雑誌編集部にいたら浮きまくりだろう」と感じるはずなのですが、彼女の場合、何がどうなっているのか、そんな印象を与える存在にはなっていません。どう考えても女性には相応しくないだろう、「猥雑で乱雑な吹き溜まりのような環境」に、「ここがあたしの居場所です」みたいな雰囲気を出しながら馴染めてしまう杏花の存在感は、この映画にとってとても重要だと感じました。「この子なら、確かにここでやっていけるだろう」と感じさせる謎のリアル感を彼女が打ち出していたように思うし、そのようなスタンスは、この映画を成立させるのに必要不可欠なものだと感じるからです。

また、「『若い女性がエロ雑誌編集部に配属されたこと』が、一切特別視されない」という描写がとても良いと感じました。例えばこれがマンガだったら、「若い女性に慣れていない男性編集部員の動揺」とか、「業務にかこつけたあからさまなセクハラ」みたいな描写が間違いなく出てくるはずです。

しかしこの映画では、ほとんどそういう場面が出てきませんでした。それっぽいと感じたシーンは、「今日は早く帰る」と口にした森詩織に対して、「なに、デート?」みたいに声を掛ける男性編集部員がいたことぐらいでしょうか。

私にはなんとなく、「エロ雑誌編集部内で若い女性が特別視されない」という描き方がリアルであるようにと感じられました。明確に説明できるほどの理由は無いのですが、1つ、「エロ雑誌編集部があまりにも激務」という点が挙げられると思います。「雑誌が売れない」とか「甚大なミスが起こった」など理由は様々ですが、とにかく編集部員は日増しに疲弊していくのです。だから、「『新しく配属されたのが若い女性である』なんてことに気を配っていられない」みたいな感じだったのかもしれないし、そうだとしたら、それはそれで一面のリアリティだと感じられます。

そんなわけで、「サブカル女子がエロ雑誌編集部にすぐに馴染むこと」「若い女性であることが殊更に取り上げられないこと」の2点が、この物語をより面白くしていると私には感じられました。

舞台が2018年だという点がポイントになる

映画の舞台になっているのは2018年なのですが、この「2018年」というのはエロ雑誌業界にとっては非常に重要な年でした。

まずは少しだけ、この映画における森詩織の物語に触れておきましょう。

2018年1月、彼女は大学のミステリ研の先輩のツテのような形で、普段新卒採用をしない出版社の採用試験を受けることになった。彼女が大好きな『GARU』を出版している会社だ。しかし、採用試験は『GARU』を作る一局ではなく、エロ雑誌を作る三局のもの。もちろん、彼女もそのことは理解していた。同じ会社にいれば、いつかチャンスはあると考えたのかもしれない。あるいは面接の場で、三局唯一の女性編集者である澤木から言われた言葉も彼女の後押しをしただろう。「エロ雑誌が作れる編集者になれたら、どんな本でも作れるようになる」。こんな風にして彼女は、まったく何も分からないまま、エロ雑誌編集部に配属されることになる……。

というのが森詩織の物語なのですが、映画は決して彼女の物語から始まるわけではありません。冒頭で、

2018年、男性向け成人雑誌が死にゆく中で起こった実話に基づく物語である。

という表記がなされた後、唐突に「外国人YouTuber」が出てきます。その女性YouTuberは日本のコンビニの店内でカメラを回していて、「海外の人向けに『日本の成人雑誌』を紹介する動画」を撮影しているのです。そして、その映像に合わせる形で、何故「2018年」が重要だったのかが端的に説明されます。

発端は、2013年に東京でオリンピックが開催されると決まったことです。これを受けて、「世界中から外国人がやってくるのに、コンビニに成人雑誌が置いてあるのはいかがなものか?」という議論が巻き起こりました。この議論については私も当時、ネット上でチラホラ話題を目にした記憶があります。

この映画のキャッチフレーズの1つが、「日本が世界に隠したかった、偉大なる、文化」なのですが、「世界に隠したかった」というのは、まさに「東京オリンピックを機に世界中からやってくる外国人に」という意味なのでしょう。実際、東京オリンピックの際には、世界中の人が日本のコンビニを絶賛していた記憶があるので、この懸念は正しいものだったと言えるでしょう。

さて、現実はどう動いたのか。大手コンビニの中ではまず「ミニストップ」が先陣を切りました。2018年1月に成人雑誌を置かないと決めたのです。その後、他のコンビニ各社が追随し、2019年9月末には、大手コンビニから成人雑誌が完全に消えることになりました。

これ以降は、ブログ「ルシルナ」でご覧いただけます

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