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【狂気】アメリカの衝撃の実態。民営刑務所に刑務官として潜入した著者のレポートは国をも動かした:『アメリカン・プリズン』

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アメリカの「民営刑務所」の驚くべき実態と、「囚人=労働力」という認識を生んだ凄まじい歴史を知れる『アメリカン・プリズン』

とんでもない本である。私はこれまでにも、刑務所や死刑制度に関するノンフィクション・ドキュメンタリーにそれなりには触れてきたのだが、まだまだ知らないことが山ほどあるものだと驚かされてしまった。本書はなんと、アメリカ司法省さえ動かすほどの非常に大きな影響力を与え、アメリカ国民にも大いに衝撃をもたらした作品だ。

アメリカにおける「囚人」の扱い方は、かなり特異な歴史を背景にしており、それ故、日本とはまったく異なる常識で刑務所が運営されている。その最も分かりやすい違いが「民間企業が刑務所を運営している」という点だろう。アメリカでは一体、どのような理屈から「民営刑務所」が生まれたのだろうか。

アメリカにおける「囚人」を取り巻く現状と、著者が刑務官として潜入取材を行った「民営刑務所」について

本書のテーマは「民営刑務所」だ。つまり、民間企業が運営する刑務所である。本書を読む以前から私は、アメリカにそのような刑務所があるという事実は知っていたのだが、さして詳しい知識を持ってはいなかった。

日本にも民営刑務所は存在するのだろうかと調べてみたが、恐らく完全に民営というところはなさそうである。「PFI方式」という、公共施設等の建設・運営・維持管理を官民が協力して行う仕組みを使って運営がなされているところならあるようだ。実際のところ、「民間企業が刑務所を運営する」という発想は、日本ではなかなか生まれないように思う。

とはいえアメリカでも決して、「民営刑務所」が主流というわけではない。アメリカには、州刑務所・連邦刑務所に収容されている者が150万人ほどおり、その8%に当たる約13万人が民営刑務所にいるという。しかもこの150万人という数字には、郡や市が管理する刑務所・拘置所に収容されている人数(約70万人)は含まれていない。それを含めて考えると、民営刑務所に収容されているのは全体の6%ほどとなり、割合としては決して高いと言えないだろう。

ただし、アメリカにはそもそも囚人が物凄く多いという事実も考慮すべきポイントである。

アメリカの人口は世界の総人口のおよそ5パーセントだが、囚人数では全世界の25パーセントを占めている。

全世界の囚人の1/4がアメリカの刑務所にいるというわけだ。そう考えると、アメリカ全体における割合が少なかったとしても、世界全体での割合はかなり高いと言えるだろう。また、日本の囚人の数は5万人ほどである。つまりアメリカでは、日本の全囚人の2倍以上が民営刑務所に収容されているというわけだ。こう考えると、かなりの数だと感じるのではないだろうか。

そして著者は、そんな民営刑務所の1つに潜入した。潜入といっても、ただ刑務官の求人に応募したにすぎない。時給はというと、スーパー大手のウォルマートと同じ9ドル。刑務官の仕事内容については後で触れるが、とても時給9ドルなんかではやってられないようなものだ。私は本書を読みながら、何度も「マジか」と呟いてしまった。とても現実とは思えない世界だからである。

著者はそんな環境で刑務官として4ヶ月間働き、自身が見聞きした実態を世間に公表した。その反響は凄まじいものがあったという。

本書の内容は最初、マザー・ジョーンズ誌の特集記事として2016年に発表された。訳者あとがきには、その反響についてこんな風に書かれている。

知られざる民営刑務所の実態を白日のもとにさらしたこの記事は、全米から大反響をもって迎えられ、同誌創刊以来もっとも読まれた特集記事になるとともに、2017年の全米雑誌賞を受賞した。

この記述から、アメリカに住む者でさえ本書に書かれている実態を知らなかったことが分かる。まさかこんな世界が存在しているとは信じられなかっただろう。

また、その記事を元にした本書も衝撃をもって迎えられた。同じく訳者あとがきには、

2018年のニューヨーク・タイムズ紙テン・ベスト・ブックスの一冊に選ばれたほか、バラク・オバマ前大統領も2018年のお気に入りの本のひとつに挙げるなど各方面で高く評価された。さらに、J・アンソニー・ルーカス図書賞、ヘレン・バーンスタイン・ジャーナリズム優秀図書賞、ロバート・F・ケネディ図書ジャーナリズム賞など数々の賞にも輝いた。

と書かれてもいる。とにかく凄まじい反響だったそうだ。

しかし、もっと驚くべきことがあった。著者はこんな風に書いている。

もっとも驚いたのは、司法省の監察総監室から、僕がウィンで見たことについて話を聞かせてくれないかというメールが届いたことだろう。

なんと、刑務所を所管する司法省から直接連絡が来たというのだ。著者は求めに応じて、自身の体験を語った。すると2週間後、すぐに対応が取られたという。

アメリカ政府は民営刑務所との契約を取りやめると発表した。この決定は連邦刑務所のみに対するもので、ウィンのような州刑務所は含まれないが、それでも合わせて22000人以上を収監する13の刑務所が民営でなくなることを意味していた。

著者の取材が国を動かしたのである。残念なことに、これはオバマ政権下での決定であり、トランプ大統領がそれを覆した。刑務所の運営を再び民間に委託すると決めたのである。不法移民の取り締まりを強化していたため、移民収容センターの増設が急務だったのだ。こうして振り出しに戻ってしまったわけだが、しかし著者が絶大な影響を与えたことは間違いない。

もちろんこれまでにも、様々な報道によって国が動いたことはあっただろう。著者の話もその1つと捉えるべきなのかもしれない。ただ、そう単純な話でもないだろう。本書冒頭に興味深いことが書かれていた。今アメリカでは、いわゆる「潜入取材」がやりにくくなっているというのだ。

きっかけは、1992年にABCニュースがあるスーパーマーケットチェーンの不正を暴いたことだった。記者が記者として潜入し、「傷んだ肉をパックし直す」という不正の実態を明らかにしたのだ。しかしその際記者は、応募書類に虚偽の記載を行った。まあ、それまでの潜入取材では常套手段だったのだろう。記者だとバレてしまえば「潜入取材」はオジャンだからだ。ただ、ABCニュースが不正を報じた後、なんと店側が記者を訴えたのだ。理由は「応募書類の虚偽記載」に加え、「業務として割り当てられた仕事を遂行しなかったこと」だった。そして裁判所が、店側の訴えを認めたのである。

驚くべきは、「業務として割り当てられた仕事を遂行しなかったこと」が法律違反と認定されたことだろう。何故なら、その記者が「割り当てられた仕事」というのが、まさにその不正そのものである「傷んだ肉をパックし直すこと」だったからだ。つまり裁判所は、「それが倫理的に認められないことであれ、業務として命じられたことであれば遂行する義務がある」と認定したのである。このような判例が、「潜入取材」の足枷となることは容易に想像がつくだろう。

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