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【実話】田舎暮らし失敗。映画『理想郷』が描く、めんどくさい人間関係が嫌がらせに発展した事件

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映画『理想郷』は、実に皮肉なタイトルの作品だ。「理想の田舎暮らし」からかけ離れてしまった実在の夫妻をモデルにした衝撃作

実に重苦しい物語だった。実話を基にしていると知った上で観たこともあり、その重苦しさが一層強くのしかかってきたような感じがする。「理想と現実はこうも乖離する」のかと、まざまざと見せつけられた作品だ。

まずは内容紹介

物語は、スペインのガリシア地方にフランスから移住した夫妻の日常を映し出すところから始まっていく。その生活は、実に「理想的」だ。ゼロから畑を耕して野菜作りを始め、また、崩れそうな古民家を改装して村に活気をもたらす起爆剤にしようと考えている。村は自然豊かでとても美しいのだが、お世辞にも「恵まれている」とは言えないような環境だ。そんな村に賑わいを取り戻させようと考えているのである。

しかしそんな彼らは、村では歓迎されていない。それどころか、明らかに嫌悪されている。その理由は明白だ。「風力発電計画」に反対したのである。村にはノルウェーの企業から打診があり、恐らく「住民の全会一致の賛成」が求められているのだと思う。村人は、風力発電の建設に賛成すれば幾ばくかの補償金を得られると知り、ほとんどが賛成しているようだ。

ただ、フランスで教師をしていたインテリのアントワーヌは、「風力発電がこの美しい環境を壊してしまう」ことを理解していた。そのため彼は、移住してきたばかりの余所者にも拘らず、風力発電計画に反対したのだ。恐らくアントワーヌの反対により風力発電計画は頓挫したままであり、もちろん補償金も手に入っていない。

そんな状況に苛立っているのがシャンとローレンの2人だ。彼ら兄弟は、かなり敷地を隔ててはいるものの、一応アントワーヌ夫妻が暮らす家の「隣人」である。そして彼らは、アントワーヌとその妻オルガに、はっきり敵意を抱いていた。「補償金がもらえないのはあいつらのせいだ」と考えているからだ。そしてそんな敵意を隠そうともせず、彼らは夫妻に嫌がらせを続けるのである。

移住した村を活性化させたいと目論む都会出身の夫婦と、補償金がもらえない苛立ちをぶつけてくる田舎の兄弟。シンプルに捉えればこのような構図になるが、しかしそう単純なものでもない。「風力発電計画への反対」によって顕在化した対立は、「日常生活における些細な出来事の積み重ね」によってどんどんと悪化していき……。

田舎に住む者が抱く「貧しさ」だけではない悲哀

さて、上述の内容紹介を読めば、誰もが「シャンとローレンの兄弟が悪い」と感じるだろう。は恐らくほぼすべての観客がそのような感覚を共通して抱くだろうし、異論はなかろうと思う。どのような理由で夫妻に嫌悪感を抱いているのにせよ、彼らが嫌がらせや脅迫のような行為に及んでいることは確かだからだ。はっきりと、兄弟の方が悪い。この点は明確に主張しておきたいと思う。

しかし、「行動」は論外としても、彼ら兄弟の「思考」「価値観」は決して捨て置けないとも感じた。というわけで、まずはその辺りの話から始めていくことにしよう。

もちろん大前提として、兄弟の反発の背景には「風力発電計画」がある。「補償金がもらえない」という現実に苛立っているというわけだ。しかしより重要なのは、「補償金がもらえずに苛立っている理由」の方だろう。そしてそこには、想像できるとは思うが、村の「貧しさ」が関係している。

シャンは52年間、そしてローレンは45年間、生まれてこの方ずっとこの村で暮らしてきた。そしてその間、彼らはずっと貧しかったのである。いや、この表現は実は正しくない。彼らの主張によれば、「『自分たちは貧しい』ということに、最近ようやく気づいた」というのだ。そしてそのきっかけこそが、風力発電計画で提示された補償金の額だったのである。恐らくそれは、彼らが普段手にすることのないような金額だったのだろう。そしてそのような額が提示されたことで彼らは、逆説的に、「自分たちはこんなにも貧しいのだ」と気付かされてしまったのである。

「貧しさ」に気づいてしまったら、やはりそこから脱したくなるものだろう。そしてそのきっかけとなり得る「補償金」という可能性が目の前にあるのだからば、それを掴みたくもなるはずだ。彼らはきっと、「貧しさ」に気づきさえしなければずっと幸せでいられたのではないかと思う。そう考えると、風力発電計画の話が降って湧いたことは、ある種の「不運」とも感じられるだろう。「運が悪かった」というわけだ。しかし実は、問題は他にもある。

兄弟が酒場でアントワーヌに難癖をつけている最中、弟のローレンについて「昔はイケメンだったんだ」と兄が話し始める場面があった。私はしばらくの間、兄が何の話をしようとしているのかまったく分からなかったのだが、次第に何を言いたいのかが分かってくる。「ローレンはイケメンだったのに、売春宿で女の子が寄り付かない」という話のようだ。そして彼らはその理由を「臭い」のせいだと考えているのである。馬のクソの臭いがこびりついているからダメなんだ、と。

彼らはたまたま自身の「貧しさ」を知ってしまったわけだが、それに気づかずに一生を終える可能性も十分にあっただろう。しかしそれとは別に、「家畜の世話をしている限り、結婚して子どもを持てる可能性はない」という感覚を得てしまってもいたのだ。もちろん、それは錯覚に過ぎないだろう。何故なら、両親は結婚しているからだ。家畜の世話は家業なのだから、「結婚出来ない」と決めるけるのもおかしな話である。しかし、彼ら自身がそのように感じてしまっているのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。

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