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何者かになれるとおもっていた【創作大賞2024応募作エッセイ部門】

社会人になって数ヶ月がたった。
学生の時に描いていた社会人像とは異なることが多いが、今日もスーツを着て出勤する。
数ヶ月前の生活とのギャップが大きく、心がついて行かないこともあるが社会のレールに振り落とされないように必死にしがみつく。
この生活があと40年も続くのか。。。
そう思うと胸が張り裂けそうになる。
友人は当たり前のように社会人になれているのに、自分はなれていない。
どこかでまだ学生気分である。

学生の時、社会人の話を聞くことが嫌いだった。
理由は単純で毎日が楽しそうでないから。
別れ際の挨拶は決まって「今のうちにやりたいこと全部しておきな。」
ほとんどの社会人がこの言葉を発していた。
社会人生活とは心底しんどいものなんだろう。
いつまでも学生でいたいなと思っていたし、時が止まればいいのにとさえ願っていた。

数は少ないがかっこいい憧れの社会人の先輩はいた。話していてすごいと心底思ったし、すべてにおいて尊敬するところしかなかった。しかし、そういう先輩でさえ学生生活のときを懐かしんでいるひとばかりだった。

自分が社会人になったら後輩に「社会人は楽しいよ」と言ってあげられる社会人になろうと思っていた。
もちろん、社会的責任やしんどいこともあることは承知であるが、それでも楽しいと言いたかった。
社会に希望を持って羽ばたいてほしいと願っているし、自分にもそう言い聞かせたかった。
そんな気持ちは入社してすぐたち裂かれた。

入社式の日。
自分のこれまでのすべての経験を否定されたような感情を抱いた。

自分で書くのもおごかましいが、それなり大学生活は充実していた。
理系だったので研究は大変であったが研究室は毎日楽しく、課外活動も積極的に行い代表を務めていたし、アルバイトでもリーダーを任されていた。
関わるすべての人に恵まれていた。色々経験し、自分的には十分成長出来たし、社会でも活躍したい、出来ると思っていた。

その経験は会社に必要なものではなかった。
求められることは実践力。すぐに会社のために働ける人材にならなければこの会社での居場所はない。学歴やこれまでの経歴、趣味嗜好、ルックスの良さだとかでみんなが武装してた。そしてうっすら醸し出されている自分こそは一番だという謎の自信。
そういうものにあふれていた。そのためか会社の飲み会はのマウンティング合戦であり楽しくない。
しかし、行かないという選択肢は存在しないので、会社員という役を演じている気分で参加し、楽しいフリをしている。
解散後、電車に乗り一人になる瞬間にむなしくなり、家の近くの牛丼屋で一人打ち上げをしてから家に帰る。

この感情は何なのか。

学生の時は何者にもなれた。
学生。研究者。アルバイト店員。学生団体の代表。
そのほかにも後輩との相談役や、お金を管理する経理など名前のない肩書きがたくさんあった。
それに付随してたくさんの人に頼りにされていたし、その立場になれたことに優越感に浸り、承認欲求を満たしていた。

それが打ち砕かれたのだ。
今までの経験はすべて学生だから出来たこと、許されたことであり、
学生という身分がなくなったとき、私は何者にでもなくなった。

誰かに守られてた世界で、生きていたと実感した。
もう誰にも守られることはない。
自分で自分を守らなければいけない。

そう感じたことはほんの数日前の出来事で、それまでは体験したこのない虚無感に襲われた。
いや、薄々感じていたことであったが、それを受け入れることが出来なかったのだ。
受け入れるということは、過去に別れを告げて、前に進むこと。今までの経験を懐かしむのではなく、過去にして区切りをつけること。
それが出来ないと社会で生きていけない。「今」を生きることが出来ない。
この感情に名前をつけることができたら楽だろうが、名前をつけるとすべてが終わってしまいそうで不安になる。
もう少し学生の時の余韻に浸りたい。

会社員という肩書きもって私は社会人という何者かになったはずだ。
しかし私はその肩書きを拒んでいる。数ヶ月前の自分に幻影を追っている。

当たり前にあった私の身分はいつの間にか誰かにとって変わっていた。
そこに私の居場所はない。
思い出を懐かしんでその場所を訪問しても私はお客様であり、そっち側の人間にはもどれない。

どんなにもどかしくても一日一日は過ぎ去っていく。
過ぎ去った分だけ、学生だった私と別れをしなければならない。

それでも少しの希望はあると思いたいが、今は思えない。
すこしでもこの余韻に浸っていたい。
この感情がなくなったとき私は大人になるのだろう。

色々書いてきたが、結局どうしたいのかはまだ分からない。
まだまだ子供だなと自分でも思うが、人に言えないだけで同じような人はいないか。
誰かの心に響いていたらいいと願う。
そんなことを思いながら今日も社会が引いたレールにしがみつく。

私は何者にもならないという選択をした何者になった。
いつかそう思えるようにこれからも生きていく。

#創作大賞2024 #エッセイ部門


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