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宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節

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槙 深遠(まき しんえん)は、時の流れの異なる空間を往来しながら結界の修復を続ける【脱厄術師(だつやくじゅつし)】。主従関係にある鷹丸家の娘、維知香は、その身に災厄を宿す【宿災(…
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2023年4月の記事一覧

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 春・参1

 うたた寝をいざなう春の陽気は瞬く間に去り、気づけば入梅の気配が、すぐそこまで近づいてい…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 春・参2

 鷹丸家の中庭に面した縁側。そこに座る頃、空間は完全に夜の様相となっており、涼やかな夜風…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 春・参3

 再開した正一の響きは、篤実さを増し、重みを含んでいる。それ感じとり、深遠は座を改めた。…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 春・参4

「……上の息子達が、幼くして旅立ったのは、以前お話ししましたね。私は不謹慎ながら、貴方の…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・壱1

 深遠の鼻を突いたのは、逞しく息づく緑の香り。耳に流れ込むのは蝉の鳴き声。体全体が生ぬる…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・壱2

 墓前に手向ける花を求め、町へ。夏空の下、半里ほどの道のりを歩くのは全く苦ではない。体は…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・壱3

 顔面を覆うほど伸びてしまった前髪と、肩を過ぎてしまった後ろ髪を、ばさりと切り落としてもらった。少し幼い印象になった姿で、深遠は維知香の戻りを待った。床屋の店先、赤、白、青が回転するポールの横に立ち、通りに視線を向ける。 (ここも随分と西洋化が進んだな……人が変われば町も変わる。だがこの地の結界は、綻び知らずだ……あの人は、相当優秀な術師なのだな)  こちら側の時間で言えば遥か昔、この周辺は落人の隠れ里であった。戦で破れ、この地に辿り着いた者の中に、鷹丸家の祖先がいた。ま

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・壱4

 夕刻。鷹丸家の座敷。かつて正一が座っていた場所には、吾一の姿。 「今回も、ご苦労様でし…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・壱5

 維知香が言った通り、夕餉の食卓は豪勢で、会話の途切れない、楽しい時となった。しかし昼間…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・壱6

 深遠は黙して言葉の続きを待った。吾一は卓上に視線を固定したまま、静かに音を再開させる。…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・壱7

 正直に胸の内を吐き出した。その安堵なのか、若干心が軽くなったように感じる。本当に、わか…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・弐1

「私も、ついて行っていい?」 「駄目だと言っても、ついてくるんだろう?」 「ええ」  学校…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・弐2

「君は、どんな時に恐怖を覚えるんだ?」 「なあに? 急にそんなこと」 「怖いもの知らずが抱…

Luno企画
1年前

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・弐3

 深遠の胸中など知らず、維知香は、ひと仕事終えた開放感に包まれている。ごく普通に、散歩にでも来たのかのように、大きく息を吸い込み、木漏れ日に目を細めながら木々を見上げ、緑の香りを楽しんでいる。 「ねえ、深遠」  維知香の手が、深遠の作務衣に触れる。ぐいと袖を引っ張り、顔を寄せ、他に誰もいないというのに声を潜めた。 「そろそろ、あそこの中を覗いて見たいんだけど……駄目かしら?」 「駄目だ」  即答。わざとらしく頬を膨らませた維知香を、深遠は無言で見据える。  維知香が