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やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった

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結婚に男のロマン(=理想)を求めていた「私」が出会い、結婚した「妻」は、家事ができない、怒り、叫ぶヒステリックな女だった。 「私」は離婚の恐怖に怯えながら、現実逃避をし、他の女と… もっと読む
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【小説完結】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった  #23

【小説完結】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #23

 それから六年がたち、四十歳を過ぎたいまでも、私は美佳を毎日思い続けている。

 涼子と一緒に暮らしながら、私は誰かの人妻になった美佳を思うことでかろうじて幸福を保っている。そうしないと、涼子との結婚生活がなりたたないような気がした。涼子の怒声にがまんができるのも、私には美佳を思う幸福があるからだ。むろん涼子が私に幸福を与えてくれていたなら、私はあの時、運河沿いの道で美佳にばっさり胸を斬られること

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった  #22

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった  #22

 三十代も半ばを過ぎると、男は過去の女を忘れていく。まず名前が思い出せなくなり、容姿も記憶になくなり、裸も忘れ、脱がせた下着の色や形だけが妙に艶かしく残る。次々に女を忘れていき、胸ン中の宝箱に最後まで大切に保管しているのは見返りを期待せずに十代の頃に一途に愛した女だけだ。

 しかし、だいぶ前のことなのでその記憶は定かではない。

 私は二十歳の夏に、森高美佳と一度だけドライブをしたことがある。こ

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった  #20

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #20

 そのマンションは地下鉄東西線の円山公園駅から南西へ七、八分程歩いたところにあった。まだ引っ越す前、ヘアーデザイナーが家財道具を片付けた頃に行ってみると、涼子の言う通り、なかなかいいところだった。円山の森に寄り添うように佇む四階建の三階角住戸で、リビングが思いのほか広く、ダウンライト付きの天井はおしゃれな折上げ式で、壁はコンクリート、床は本物の板張りのフロアだった。ワイドスパンの大窓をはめているせ

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #17

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #17

 確かに、そう確かに、私は欲求不満だった。

 金を出して解決できるものならと、女達が豊満な肢体を市場に開放している「ピンクの穴」とか「溜息の館」とか「立ちんぼ」いう店の前まで行ったこともあった。だけど、そういうところへ行き慣れていない男には、ドアを開く勇気はない。

 結局私は、裸の桃子を空想の世界から解放できず、現実の夫婦生活の不満を胸に抱え続けた。

 朝の風景に妻はいないもの。そう割り切っ

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #16

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #16

 新婚時代より二十年近くも昔の話になるが、倶知安に住む母方の祖母が病気で倒れた時、母が看病のため病院に何日も寝泊りをしたことがあった。その時、家事を切り盛りしていたのは姉だった。姉は中学三年生だったが、食事の支度から掃除、洗濯、父や弟の私の世話まで当然の顔でやっていた。私は母にしろ姉にしろ、女の仕事を当たり前にこなす、そんな立派な女達を見て育ってきたわけだ。ところが私と結婚した妻は、りんごの皮すら

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #15

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #15

 元日の朝、私は七時に目が覚めた。襖の向こうはしんとしていて、まだ誰も起きてはいないようだった。涼子は私に撃たれる夢でも見ているのか両腕を布団から出し、万歳をするような格好で高鼾をかいていた。私は仕方なく目を閉じた。しかし、眠れず、かと言って起きれず、それから二時間ばかり布団の中で寒い時間が過ぎるのを待った。その間に二階から涼子の両親が起きてきた。襖越しに話し声や新聞を広げる音、食卓を整える音が聞

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #14

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #14

 十二月三十日、私たちは特急大空3号に乗って釧路へ向かった。その時、席のことで涼子とちょっと揉めたことを覚えている。

 世間の夫婦はどんなふうに座る席を決めているのか知らないが、私たちの場合は、いや正確には涼子のルールブックでは、女性が窓側に座ることになっていた。新婚旅行の時に千歳から成田へ向かったJALの飛行機でも、余市を一度だけ訪ねた時の岩内行きのバスでも、この時に乗った大空3号でもそうだっ

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった  #13

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #13

 私はかつて日記をつけていたことがある。子供から大人へ向かう人生の転換期を記録に残そうと、サッカーの部活を終えた高校三年生の三学期に何となく思いついて始めたものだ。そんな目的だったから最初から長く続けるつもりはなく、ある日が来たらやめるつもりでいた。そのある日というのは結婚式のことで、妻となる女との出会いやデートの日々を克明に綴って、後々に眺めればいい思い出になるだろうと思ったからだ。ところがそん

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #12

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #12

 十二月の初め、涼子が風呂に入っている時に母から電話があった。暮れに、実家に帰ってくるのを楽しみにしているということだった。私は年末の二十八日から休みになるから二十九日には余市に帰れるだろうと言ったが、受話器を置いてからちょっと不安になった。

 涼子が初めて私の実家に泊まるのだ。

 実家はりんご園を営む農家で、しかも古い家風なので、涼子は長男の嫁として家事から掃除まで、いわゆる「女の仕事」をさ

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #11

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #11

 今思えば恐怖の兆候はあった。それは、婚約時代に涼子が私のマンションに泊まった時のことだ。朝、私は先に起きていて未来の花嫁のためにベーコンエッグを作っていた。対面型キッチンのカウンター越しに見えるリビングの断熱サッシの向こうは、セントバレンタインデーが過ぎたというのに朝から猛吹雪だった。晴れていれば正面に見える大倉山シャンツェも白い嵐に呑み込まれていた。だけど最愛の婚約者と一緒に朝を迎えたせいだろ

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #10

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #10

 桃子は私の職場の看板娘で、切れ長の二重の目とハーフのような幅の細い鼻を持った、ショートカットの女だった。裾をざっくり短く刈り、きれいな左右の耳の全形を晒したそのヘアースタイルは、汗と根性と青春の体育系女子の爽やかさがあった。
 挨拶がきちんとできる気が利く女で、上司からも同僚からも愛されていた。化粧っ気がなくても輝きがあり、私も前からいい子だなと思っていたが、恋愛の対象というより、職場の花のイメ

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #9

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #9

 当時、私達には毎月一回結婚記念日があった。結婚一カ月記念日、結婚三カ月記念日というふうに毎月十七日をお祝いの日とし、ワインで乾杯したり、寿司屋に出前を頼んだりしていた。だが、例えば、

「涼ちゃん、今週の金曜日は何の日だと思う?」と、言いだすのは私の方で、たいがい涼子はその日を忘れていた。私が寂しくなって拗ねると、

「こういうのは普通女の方から言いだすもんよ」と涼子は言った。

「でも、僕が言

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #8

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #8

 私は東京の大学を出ると港区にある輸入車販売会社に勤め、五年で転職し、今の会社に入った。実家はニッカウヰスキーの蒸留所がある余市で、父はりんご園をやっている。前の仕事に不満があったわけではないのだが、帰省をするたびに両親が老けていくのを見て、長男としてそばにいてやりたいという青っちょろい気持ちになったのだろう。東京で迷っていた時、たまたま新聞の求人欄に今の会社の募集広告が載っていて、勤務地が札幌と

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【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #7

【小説】やっと結婚できたと思ったら妻は家事をしない怒る女だった #7

 私は夜が来るたびに今まで出会った女達を回想するようになった。別れようと言ったら、ナイフでグサッと刺されるような、真の、燃えるような、命懸けの恋愛体験はなかったが、私にもロマンスの一つや二つはあった。もう蓋を開くことはないけれど、胸の中の宝箱に大切にしまっている森高美佳という女もいる。

 東京で輸入車販売の営業マンをしていた頃、村上吉江という信用金庫勤めの女とつきあっていた。吉江は自分の靴を見な

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