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香りの記憶

名も知らぬ、
大きな木に咲いている
小さな、白くて優しい花から、

夜になると芳しい香りが
ほのかに漂っていた。

常の夜に香るのではなく
奔放に香る、魅惑的な花だった。

その香りの存在が確認出来ると
私は幸福感だけを感じて、

その場に佇んで、
何度も、何度も、繰り返し
優しく消え入りそうな
その香りを必死に記憶しようとした。

それは、朝になると、
陽光を浴びた、草木の特有の香りに戻り

自身が変化することなど、
無いかのように
周りの草木の一部に溶け込んで
目立たずに存在しているのだ。


あれは、気まぐれな花の語りかけだったのか。

夜露に、導かれた香りの舞踏だったのか。

それとも、満月の夜だけに、
自然界に絶妙に調合される
豊かな芳香だったのか。

その香りを感じられる夜は
何か幸せなことが起こる気がして。


夜道、白を想わせる
ほのかな花の香りが漂ってきたとき。

満月に照らされた花から
夜露の滴が光ったとき。

自然の中に溶けこんでいる草木から
何か特別な魅力を見つけ出したとき。

常にその花を思い出してしまう。

遠い昔の、幼い頃の記憶だけれども
その花は今も
私の中に確かに咲いていて、
消えることのない
香りの愛情をくれるのだ。



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