見出し画像

【小説】満月のウラガワ〜ミントと恋EP9〜

連作小説「ミントと恋」のEP9。EP1〜8はマガジン「ミントと恋」にまとめてあります。
最新EPを期間限定無料公開。次のEPが発表になったらそれまでのEPは有料になります。
【これまでのEP】
1.ミントと毒薬 2.天使のナリワイ 3.スキの幻想 4.すぐトナリの境界 
5.温かなカジツ 6.たおやかな窓辺 7.それぞれのカタチ 
8.浮遊する金魚タチ


幸せの常識

「女の幸せ、なんていうと、今の若い子たちには何それって言われちゃうんだろうなぁ」
 私はすがるような目をつい向けてしまう。この子なら何か言ってくれるのではないか、という期待があった。
「んー、女とか男とかじゃなくて、今はみんな自分の幸せって考えてるんじゃないですかねぇ」
 目の前でパスタを起用に巻いている瀬戸くんはいつものように優しい答えを出してくれる。
 パート先の会社で、唯一休みの日でもランチできる瀬戸くんは、私よりも随分下の若手営業マンだけれど彼に私が興味を抱く特別な理由がある。
「何で急にそんなこと言い出すんですか?」
 こうやって日曜の昼間に待ち合わせてランチしても、瀬戸くんと私は何ら怪しい関係ではない。
 私は瀬戸くんよりも20以上年上の既婚者、子供ありのごく普通のおばさんだし、瀬戸くんには、公言している「同棲中の彼氏」がいる。
 この世にこんなにも気楽に話せる異性がいるなんて、と私はこの年になって初めて感じている。

 女の幸せって何だろう。
 こんなことをこの私が今更考えるのには理由がある。長女のことが気がかりなのだ。
 私は高校卒業して働き始めた会社で主人と出会い、三年ほど付き合って結婚した。周囲からの「子供は早いうちがいい」の声に押されるように子作りをし、結婚と妊娠がバタバタと訪れて会社を退職、専業主婦になった。
 そこからは子供の成長に合わせて、パートとして仕事を再開し、数回会社を変えながら今に至っている。
 子供は二人で、女の子と男の子。子育てに悩んだ時期もあったけれど、二人とも素直でいい子に育ってくれたし、上の女の子は大学を卒業して無事就職、下の子も大学に通いながらアルバイトをして、男の子ながらも割と自分のことをよく話してくれる。
 主人も真面目に仕事に行ってくれているし、もう少し給料とボーナスの額が上がれば言うことはないけれど、贅沢は言っていられない。私たちの世代からしたら、平凡だけれど割と順調な女の人生と言っていいのではないか。

 ただ気がかりな長女は、大学を卒業し、社会人になった今も、彼氏という存在がないどころか、これまでそういう気配を感じたことが一度もないのだ。
 私自身も恋愛経験が豊富なわけではないけれど、イマドキの女の子としてはちょっと変わっているのではないかと思う。彼氏を取っ替え引っ替えなどと言う「お盛んな」女の子になって欲しくはないけれど、あまりに何もない、のもどうなのか。
 折に触れて「いい人いないの」と軽いジャブ程度に探りを入れてみるのだけれど、つれない返事が返ってくるだけでそれ以上踏み込めない空気を感じる。

ここから先は

5,182字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

サポートをいただければ、これからもっともっと勉強し多くの知識を得ることに使います。