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どこかに埋もれて見つけられなくなってしまうと悲しいから自分の本棚に飾っておきたい。そんな記事を集めた、自分満足用のマガジンです。
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記事一覧

【掌編】私の日

私の日と呼べるものを、すべて蔑ろにされてきた。 誕生日もろくに祝わず、卒業式にも顔を出さない。結婚式に至っては招くことさえ憚られた、そんな母だった。 いつからこうだったのかはわからない。物心ついた時にはすでに、母の私を見る目は冷えていた。出来のいい兄ばかりを持て囃し、「お兄ちゃんを見習いなさい」を刷り込みのように私に唱え続けた。実際それは刷り込みで、多感な時期を経て成人してもなお、私は自分が不当な扱いを受けていることに気づかなかった。 それを気づかせてくれた人と結婚を決め

ショートショート【しりとり発電】

「んー、り、り、り、リピート」 「永久(とわ)」 「わ、わ、輪っか」 「回転ドア」 「あ、あ、朝!」 「再読」 「繰り返し!」  しりとりはそんな風に、僕の部屋でいつまでだって続いていく。くだらないことだと思うかもしれないが、今や僕の部屋にあるテレビも冷蔵庫もエアコンだって全部、このしりとりによって動いているのだ。  沢山の物でひしめき合うような僕の部屋の中でも、ひときわ異彩を放つその巨大な機械。今や僕の生活に欠かすことの出来なくなったそれは、「しりとり発電機」なる不思議な代

短編小説|蟻の味

 私が幼い頃、母は蟻に食われた。私の好物だった都こんぶを買いに出掛けた帰り道、軍隊蟻の大群に襲われて巣穴に引きずり込まれたらしい。実際にその場面を見たわけではないし、今思えば葬式を挙げてもいなかったけれど、度数高めの缶チューハイを片手に涙を流す父にそう聞かされ、幼い私は鵜呑みにした。以来、大人になった今も蟻を食べるのを止められない。  地面に蟻を見つけたら反射的にしゃがみ込み、つまんで口に入れてしまう。噛めば口いっぱいに広がる酸味。べつに美味しいわけではないが、ついつい食べ

短編小説/ショッピングモール

 目を覚ましたとき、雨はまだ降っていなかった。  身支度を整えてマンションを出たとき、腕に水滴があたったような気がして、ショッピングモールに到着したときには、どしゃ降りの雨になっていた。  屋外の平面駐車場に車を停めて、しばらくフロントガラス越しの雨を眺めていた。ショッピングモールの壁に取り付けられた衣料品ブランドの看板が輪郭を失って滲んでいる。黄色い雨合羽を着た子どもが車の前を駆けていく。ワイパーが雨模様の景色を右へ左へ掻き乱す。  ショッピングモールに到着したときには、す

はじめてアニメを作りました。後生だから見て下さい。

去年作り始めたアニメーションがやっと完成しました。 イラストを描いていたら 「これを動かしてみたいぜー!!」 と思って試行錯誤しながらコツコツ作ったやつです。 初めて作ったアニメーション。 胸を張って見せられる立派な物ではないですけど、我ながら頑張ったのでお披露目します! 音も付けましたのでぜひ音声ありでご覧下さい。 そして目を皿のようにして何とか褒められるポイントを探して僕を褒めて下さい(-᷄◞८̻◟-᷅) なんちって。 使用デバイス:iPad Air4 アニメ作画アプ

カワウソの行方を子どもが教えてくれた話

「かーちゃんて、どんな話かいてんの?」 と、電気を消した寝室で小5の次男から聞かれた土曜日の夜。 思いがけない突然の質問に、 出来心でやった万引きが見つかったような(未経験)気持ちで、 「どんな……?しいて言えば、へんな……?」 と、うろたえながら答える母。 「へんな話って、どんなー?」 次男と長女から楽しげに質問を重ねられて、 両脇を抱えられてスーパーの事務室にずるずる連行されていくような(未経験)気持ちで、 「レントゲン写真をバキバキにして、こわす話……?」 と、

短編小説|真夜中のプール

 呼び鈴が鳴って目を覚ました。玄関の扉を開けると親友が立っていて、今から学校に行こうと言う。真夜中だけど気分が乗ったので、靴箱の奥からスニーカーを引っ張り出した。  校舎の屋上にあるプールに忍び込んだ。鏡みたいな水面に満月が輝いている。とても月が近い夜だ。彼がプールに飛び込むと、割れるみたいにそれは弾けた。せっかくなので後に続いてみる。  勢いよく飛び込むと、気泡が目の前を覆った。その1つ1つが鮮やかに色を宿し、2人のかけがえのない思い出を描いている。きっかけは席が隣にな

逢魔時

火曜日。日暮れに銭湯の前を通りかかったら、顔面にバスタオルを巻き付けた全裸のオバアが洗面器片手に出てきたのでぎょっとする。 「はだかですよ」と教えると「だから顔を隠しとる」とくぐもった返事をして、平然と歩いて行くのでしばらく見物していると、自転車に乗った豆腐屋を呼び止めて何かを言いつけている。 豆腐屋に首を傾げられたオバアがバスタオルの口元を上下に開いて「きぬ!」叱り飛ばすように叫ぶ。黄色い洗面器に水が張られ、真っ白な豆腐がつるりとすべりこまされる。

【掌編】ヒーロー

仕掛けられた時限爆弾。目の前には赤い線と青い線。どちらかを切れば今すぐ爆発、どちらかを切れば君は助かる、そんな劇的なシチュエーションにあるとして。 その爆弾に対し、君が取り得る選択肢は、およそ四つ。 ①赤い線を切る ②青い線を切る ③赤い線と青い線を切る ④赤い線も青い線も切らない 一番危ういのは、もちろん③。どちらかを切れば即爆発なら、どちらも切れば即爆発だ。君の身体は木っ端に砕け、確実に助かることはない。 ①と②のリスクは同一。爆発の確率は50:50。手掛かりも保証

掌編小説/ドールハウスの夜

「ねえ、知ってる?」と妻は言う。 「知らない」とぼくは応える。  洗濯物をたたみながら、妻は微笑む。 「昔の人ってね、キャベツ畑から赤ちゃんが産まれてくると思っていたんですって」  そう言って、自分の下腹部を愛おしそうに撫でている。  寝つけない夜だった。  寝室のカーテンが少しだけ開いていて、その隙間から射しこむ光がぼくの顔を照らすからだった。目を閉じていても、街灯の白い光は瞼を透かして、ぼくの眼球に突き刺さった。カーテンを閉めればいいのだが、体はすでに眠りはじめていて

短編小説/イハリ、イハリ、イハリ

 その国には、王様もおらず、指導者もいなかった。所有という概念もなく、通貨もなく、国境も存在しなかった。人々はコカの葉に漬けた林檎を主食とし、眠りたいときに眠り、目覚めたいときに目覚め、喋りたいときに喋った。人々は幸せだった。しかし、わずか三日で崩壊したため、だれも知らない。  イハリ、イハリ、イハリ。  プラスチック製の白いガーデンチェアだ。  肘掛けがあって、放射状にデザインされた背もたれには、大胆な肉抜きが施されている。もっと詳しく知りたければ、ホームセンターのネットサ

短編小説|しろくろのあめだま

ころころころ あめちゃんね、とってもとってもおいしいの。 ずーっとなめてるの。ぜんぜんきえないの。 ほんとはママのだけど、ねてるときにとっちゃった。がまんできなくてとっちゃった。だっておなかがへってたの。わるいこでごめんなさい。かってになめてごめんなさい。 ころころころ もういっこなめたいの。まだねてたからとっちゃった。もういっこもとっちゃった。わるいこでごめんなさい。ふたつもなめてごめんなさい。 ころころころ ころころころ あめちゃんふたつでおくちがぱんぱん。わ

毎日超短話13「アパート」

私の記憶では、その角を曲がると小さなアパートがあるはずだった。 だけどその角を曲がってあったのは、花畑だった。 私の頭の中ではまだアパートが浮かんでいて、そこで過ごした日々が巡っている。 はじめての一人暮らし、彼との出会い、別れ、たくさんの夢を見て、たくさんの夢から醒めた場所。 「きれいだね」 幼い息子が私に言って、繋いだ手をぎゅっとする。 「うん、きれいだね。行こうか」 私たちは、歩き出した。

短編小説 | 眠らない

 雨。  三人がけのソファをベッド代わりにしている。薄い毛布にくるまって目を閉じる。  足を伸ばしてもソファの端から端にすっぽりと収まる僕のからだは、同じ年頃の同性と比べて大きいのか小さいのか、よくわからない。  人に会わなくなって、人と自分を比べることもなくなったら、自分のことがよくわからなくなった。  目を瞑り、ソファに収まって、耳だけは知らない誰かが発することばを聞いている。  誰かは恋愛について語り、誰かは今の世の中について語っている。全部嘘かもしれない。  世の