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【創作大賞2024】言の葉ノ架け橋/お仕事小説部門

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ちょっと不思議で、ほっこりな、お仕事小説(全10回)
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創作大賞感想 豆島圭さんの世界に、言葉の持つ繋がりを知る。

最後にタイトルを読み直して、深く感じる物語に久しぶりに出会った。人間の成長途中の物語の余韻を自分で確かめて、もう少しこの豆島圭さんの世界にいたいなと感じた。 主人公の希生先生と、悩みを持つ『かけはし』に通う生徒や、両親と交流して悩みを解決して人間として成長していく物語だ。こうやって文字にして、簡単な言葉にしてしまう自分が嫌になってしまう。この物語はそんなに簡単な話ではない。人間の感情の機微や心の行き違いがすごく丁寧に描かれている。それなのにコミカルな描写をして、読者を真剣な

言の葉ノ架け橋【第1話】

第1話 かけはし まだ夏は遠いけど、紫外線の強くなる季節。 首元に日焼け止めクリームを丹念に塗り込んでいると、「希生先生、希生先生」と庭から優しい声で呼ばれて慌てて振り返った。 「ヨウちゃん、そんなところにいたの。びっくりさせないで」 「希生先生、いそがんと学校に遅れるよぉー」 私はふぅと息を吐き、手の甲にもクリームをたっぷり塗り込んだ。 「サチ祖母ちゃんの声マネするのいい加減やめて欲しいわ。ほんと焦る」 同居していた祖母が急逝してから一年以上経つ。それなのに、あの語

言の葉ノ架け橋【第2話】

←←最初から 羽根木くんの場合(前編) 羽根木蒼空くんは結局、一週間休んだ。 休むという連絡はあるのだけれど、風邪や熱ではないらしく、電話口のお母さんの言い方も歯切れが悪い。 金曜日。 彼の担当の藤原先生が午後出張に行ってしまった日。蒼空くんのお父さんから電話がかかってきた。 「蒼空くん、体調はどうですか」 「具合が悪いわけではないんですが、あの、相談したいことがありまして」 「どうぞ。何でもおっしゃってください」 いつも電話をかけてくるのはお母さんなのに。なんだろうと

言の葉ノ架け橋【第3話】

←←最初の話 ←前回の話 羽根木くんの場合(後編) 「ごめんなさい。ちょっと、お父さんのおっしゃってることが」 首を傾げている私を無視して、お父さんはきっちり頭を下げてきた。 「蒼空にもチャンスをください」 「いやいやいやいや。まってまって、待ってください。ちょっと顔をあげてください」 チャンスって。食べて、なかったことにって、本気ですか。 気持ちは分かる。 あの日の対応を間違えたんじゃないか。あの日がなければ、もっと違う毎日を送れるのではないかと。そう思いたい

言の葉ノ架け橋【第4話】

←←最初から ←前話 高草木さんの場合(前編) 「うまっ」 お風呂上りに月いちのご褒美、ハーゲンダッツの期間限定クリーミージェラートのピスタチオ&サマーバニラを食べた、わけではない。 教室の隅で、こっくりこっくり船を漕いでいた高草木美羽さんの背後から机上のノートを覗き込み、そこに描かれていた鳥のデッサンが、あまりに上手で声が出てしまったのだ。 「うんまぁ」 再度ため息のような声が漏れる。 美羽さんが目を覚まして慌ててノートを閉じた。 美羽さんは、問題集も解くけど絵

言の葉ノ架け橋【第5話】

←←最初から ←前話 高草木さんの場合(後編) 美羽さんの話はこうだった。 幼稚園の頃からおばあちゃんは、自分の描く絵をすごく褒めてくれた。天才だ、天才画家だと言って、何を描いても無条件に褒めそやした。 ところが小学校の図工の時間。教科書に載っている絵や、壁に貼られた風景のポスターを見たまま写そうとするだけの絵は、想像力や工夫が足りないと言われて褒められはしなかった。何より描き上げるには時間が全く足りず、教室にはいつも中途半端な描きかけの絵しか飾ってもらえなかった。

言の葉ノ架け橋【第6話】

←←最初から ←前話 横手川君と松田さんの場合(前編)「松田さんはもう来ないんでしょうか」 西中学校の校章が胸にプリントされた体操服。少し黄ばんできたそれを着た横手川くんが私に聞いてきた。 もうすぐ梅雨。生徒玄関前の紫陽花がきれいに咲いている。 生徒玄関と言っても、ここは適応指導教室『かけはし』。いわゆる不登校の子供たちが通う市の施設。自分の所属する学校の体操服や制服を着て登室してくる決まりになっていて、横手川君は西中学校三年生。 小学校の頃からよく学校を休んでいたそうで

言の葉ノ架け橋【第7話】

←←最初から ←前話 横手川君と松田さんの場合(後編)月曜日、小雨。 横手川くんは、いつものように無表情で登室した。何も言ってこない。ウメ子は金曜日からあまり食欲がなく、元気もない。小雨の中わざわざ連れてくるのは可哀相に感じて、今日はおうちでお留守番をさせてきた。 パグはもともと留守番するのが得意な犬種らしい。加えて、おばあちゃん犬だから、部屋の中でケージに閉じ込めたりしなくても危ないことはしない。『かけはし』に着いたら雨足が強くなったせいか、ヨウちゃんも出勤してこない。

言の葉ノ架け橋【第8話】

←←最初から ←前話 希生とウメ子の場合(前編)亡くなったサチばあちゃんが縁側に腰をかけ、幸せそうな笑みを浮かべている。隣の座布団に伏せているのは、ウメ子。 「ばあちゃんの人生も山あり谷あり。辛いことも、そういやぁたくさんあったなぁ。でもね、希生」 これから先の人生も、まだまだ楽しいと信じている瞳で、サチばあちゃんは私に語りかける。 「どれもこれも全部、自分が選んた大切な時間。後悔はないし、忘れたくもない。死ぬまで心に刻んでおきたいんさぁ」 そんな夢の中のサチばあちゃん

言の葉ノ架け橋【第9話】

←←最初から ←前話 希生とウメ子の場合(後編)コージさん家族は玄関にあがるとまず、サチばあちゃんの仏壇にお線香をあげたいと言ってくれた。笑顔の遺影の前で長く手を合わせてもらっている間に冷たい麦茶といただいたお土産を卓袱台に並べる。「オイシソーネー」と食欲全開のヨウちゃんが、めずらしく縁側の中まで入ってきた。 「おもたせですみません。他に何もなくて」 「どうぞお構いなく」 居間の卓袱台を囲んで、よそよそしい会話が始まる。 小路口さんの長女で遠方にお嫁に行った佐藤千鶴さん

言の葉ノ架け橋【第10話】🈡

←←最初から ←前話 架け橋(最終話)山からの風はまだ涼しいけれど、それでも最近、日中の気温はぐんと高くなってきた。短頭犬種は暑いのが苦手。一足早くウメ子先生は夏休みにして、お家でお留守番させなきゃかな。 玄関のクスノキにウメ子を繋いでいると、遠山が出勤してきた。 「あれ。遠山先生、早いじゃないですか。何の間違いですか」 「間違えてませんよ。失礼な。今日は上野室長も藤原先生も朝から会議で外出と聞いていたので早く来たんです。門馬先生ひとりで、大丈夫かなと」 朝早く登室する

パグだろ、パグ #創作大賞感想

 パグ愛を抱く人による、パグ愛を抱く人のための、パグ好きとこれからパグを好きになる人のための小説。とでも称しましょうか。うー-ん、間違いではないけど、ちょっと違う気がします。  読書感想文ですが「ネタバレはありません」、安心してお読みください。  最初に読み終えた時の自分のコメントから抜粋すれば  うん、これが感想の全てみたいな気がします。なのでも少し詳しく語らせていただきます。 1 とにかく緻密!  「設計士か!」とか「職人か!」とかツッコミたくなるくらい、設計図が