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言の葉ノ架け橋【第5話】

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高草木さんの場合(後編)


美羽みうさんの話はこうだった。

幼稚園の頃からおばあちゃんは、自分の描く絵をすごく褒めてくれた。天才だ、天才画家だと言って、何を描いても無条件に褒めそやした。

ところが小学校の図工の時間。教科書に載っている絵や、壁に貼られた風景のポスターを見たまま写そうとするだけの絵は、想像力や工夫が足りないと言われて褒められはしなかった。何より描き上げるには時間が全く足りず、教室にはいつも中途半端な描きかけの絵しか飾ってもらえなかった。

親もそれほど褒めはしなかった。それどころか寧ろ、友達と遊ばずに一人で絵ばかり描いていることを心配していた。もっと友達と外で遊んだほうがいいと言う。

「でもね。友達と遊ぶと疲れるの」

ウメ子が不思議そうに首を傾け「フゴフゴ」言った。ヨウちゃんは「つかれるネェー」と言う。
美羽さんは決して大人びた発言をしているわけではない。彼女は聴覚過敏気味なのだ。

美羽さんは小学校に入って間もなく、教室の雑踏が堪らなくうるさいと感じていたらしい。ただ、そういうものなのだと思って我慢した。
隣の子の椅子を引く音に驚き、後ろの子の鉛筆の音にゾワゾワし、夏は天井の扇風機がずっと鳴っていて気になる。そんな中で先生の声だけを上手に聞き取ることができず、勉強に全く集中できなかった。
だけど文句は言わなかった。みんな同じなのだからと。
高学年になって音があまり気にならなくなったせいか、これが皆な同じという訳ではないと知ったのは、中学校に入ってからだった。

中学では、雑音がさほど気にならない代わりに、担任の先生の声を聞くのが酷く辛くなったという。

「キンキン声で怒鳴るの。ずっと」

美羽さんが怒られるわけではない。いつも怒られるのはクラスで悪さをする男子数人。彼らに対して先生の叱る声を聞かされるのが堪らなく辛かった。

一年生の二学期。
彼らが授業中に叱られていたある時、いつまでも止まらない先生の理不尽なまでの怒鳴り声に我慢できず、席で吐いてしまったことがある。
お陰で先生に怒られ続けなくて済んだと、男の子には嫌味のような御礼を言われたけれど、前の席の子の制服も汚してしまったし、「具合が悪いなら我慢しないで早く言いなさい」と担任の先生が「優しく」言った声も、耳を塞ぎたいほど痛かった。

「その日を消したいの?」
ううん、と彼女は首を横に振った。

実際、美羽さんは、その後から学校に通いづらくなった。
すぐに耳を塞ぎたがる彼女にやっと気付いたお母さんが耳鼻科に連れて行ってくれたけれど、耳の機能に大きな問題はないようだった。ストレス性の聴覚過敏だったのかもしれない。

「せっかく美術部に入ったのに」

彼女は、絵を描くことを楽しみたかった。
授業にほとんど出ずに部活だけ参加するということを、先生は許可してくれたけれど、先輩たちが許してくれなかった。
先生も、西洋絵画を何枚も模写する美羽さんをすごく褒めたけれど、褒めれば褒めるほど先輩たちのあたりは強くなった。

身体的な虐めや、集団無視などの嫌がらせもない。だけど、みんなが自分を見て悪口を言っている。そんな気がした。
そこに自分の居場所はなかった。

「家で絵を描くことはできるんだけど。家で絵ばかり描いていると、お母さんが怒るの」

絵が好きだから美大に行きたい。そのために、美術系の高校に行きたい。学校に毎日通っていたころは、そんな夢をお母さんに伝えたこともあった。
学校を休んで絵ばかり描くようになり、お母さんが真面目に進学を考えはじめたとき。芸術系の学校に進学するためには、想像以上の費用がかかることを知って驚き、やはり普通高校の美術部にでも行って欲しいと勧めてくる。

「絵は趣味でいいじゃないの。絵が上手いだけじゃ将来どうにもならないでしょ」「だったら漫画家とかどう? 興味ない?」「美羽は絵を写すだけで物語を作ったりできないかなぁ」と写実的な絵を否定するばかりだった。

今は、勉強してもっと視野を広げなさいよ。
友達を増やして視野を広げなさいな。
もっと経験を積んで視野を広げなさいね。

「そっか。あたしは、ずっと一人だけの世界しか知らなくて。引きこもって描いていたんだから上手くなるわけない。そうだよねって思ったんだ」

そのまま写すだけでは意味がない。
自分で創造できないと意味がない。
今のあなたには、無理よ。

「お母さんが、おばあちゃんに言っていたの。勉強が全然できなくて、絵が天才的にうまい人っているでしょ。美羽はそういうタイプではない。それなのに、おばあちゃんが無責任に天才だって褒め過ぎるから困る、って」

天才じゃないなら、美術部のみんなと楽しく描いていたかった。
こんな中途半端な才能なんて、いらない。
絵なんか描けなくっても、普通に、みんなみたいに、学校に通いたい。

美羽さんは、そう言って鼻を啜った。

そうか。ナンバーワンにも、オンリーワンにもならなくていい。みんなと同じところに居たい。それが美羽さんの素直な気持ちなんだ。


花壇を掘り返している遠山が、私と真剣に何か話し込んでいる美羽さんに気付いてチラチラと気にしている。
ウメ子が「フゴフゴフゴ」何か言う。
クスノキにいるヨウちゃんは、言わずもがなの鼻歌を歌い出す。


「お正月ころ、おばあちゃんの顔を描いてたの。まだ途中だったのに、上手く描けなくて悩んでたのに。お祖母ちゃんがそれを見て、天才だってすごく褒めたの。なんか、すごくウザくなって。腹がたって。学校は休んでも、絵が描ける元気があるなら大丈夫だなんて適当なこと言うから、イライラしちゃって」
美羽さんは声を詰まらせてから、大きく息を吸って続けた。

「変なことを言っちゃったの。『ちゃんと見ろよ。適当に褒められても迷惑なんだよ。おばあちゃん、ボケてんじゃないの』って」

美羽さんの声が震えた。

「おばあちゃん。すごく悲しそうな顔になって」
「うん」

「あたし本当は分かってたの。おばあちゃん本当に認知症なの。お母さんが、施設に空きがないって困ってるのも知ってたの。目もね、白内障って病気で、あんまり見えてないんだって。全部知ってた」
「……うん」

「あたし、お母さんが大変なのにお手伝いもしないで、見て見ないふりして。それだけじゃなくて、おばあちゃんにトドメの一言を言って」
「トドメ?」
「おばあちゃん、その日から余計に認知症がひどくなっちゃって。だから、私のせいなの」
美羽さんの瞳から大粒の涙が零れはじめた。

「そんなわけないよ。美羽さんのせいなんてことは全然ない」
「だって、言霊ってあるんでしょ。私が言った言葉が、その通りになるってことあるんでしょ? おばあちゃん、施設に私の絵を飾ってるの。なのに、もう私のこともよく分からないの。本当に完全にボケちゃったのは、私の言葉を忘れてないからなの。あたしのせいなの」
「そんな、こと……」

言霊なんてないよ、と言えばいいのか分からない。私は声を詰まらせた。

「おばあちゃんには元に戻って欲しい。代わりに私の描いたヘタな絵は忘れてほしい。おばあちゃんの絵も、なかったことにして欲しい。おばあちゃんが楽しかったことも家族のことも全部忘れて、私のヘタクソな絵のことだけ覚えてるなんて、ひどすぎる」

彼女は急に立ち上がってウメ子の近くにしゃがみ込み「お願いします」と言いながらウメ子の頭を強く撫でた。

換毛期のウメ子の頭を撫でると、細い体毛が ぶわぶわ と飛んでいく。されるがままのウメ子は クゥゥン、クゥゥゥン と鳴く。「下手じゃないよ」「あなたのせいではないよ」って言っているみたいに。
ヨウちゃんが枝から降りてウメ子の隣にチョコンと立った。

「誰だって最初は模写からだよ。それも立派な勉強だ」

その声のでどころは、ヨウちゃんではない。
いつの間に近くに居たのか、遠山がスコップを持ったまま、とつぜん割って入ってきた。顔に泥がついてるけど、真剣な顔で美羽さんに話す。遠山が喋っている。確実に。


「高草木さんが描いた絵。真似してるだけっていうけど、図鑑とは全然違うよ。鳥の瞳が本当に野生に生きているみたいに僕には見える。それに、鳥の性格が出てる」

ウメ子が同意するように「フガッフガッ」と威勢よく鼻を鳴らす。
ヨウちゃんも「出てる、出てる」と適当なことを言い出す。

「性格? 遠山先生は、そんなの分かるんですか」
思わず声をかけると、遠山は私を白い目でみて、再度美羽さんに向かって言う。
「分かるよ。昨日描いていた緑色の鳥、なんていうのかな。すごく我儘そうだったし。その前に見たカラスなんて、ぜんぜん僕んちのアパートのゴミ捨て場で見るカラスと違ってて。そう、優しい顔してたなぁ。そうだろ? 本では見たことない顔してたよ」

美羽さんは涙を手の甲で拭って顔をあげた。
「でも、色が全然ちがうし。いくら塗ってもカラスの色にならないし。あんな羽で飛べるわけないじゃん。全然足りない。描けてない」

自分の実力を一生懸命否定する美羽さんに、遠山が言った。
「そんなことまで考えて描いてたの?」 
あ、それ、私も思った。

「君のカラスは飛んでいる絵ではなかった。羽は閉じていた。だけど、その後飛び立つところも想像できるような、飛べる鳥を描きたいっていうこと? それはすごいことだよ」

遠山がすごいと褒めても、彼女は必死で否定する。
「でも結局、描けてないんだってば。そう言ってるじゃん!」

「君はいくつなの。思い通りに何でも完璧に描けたら、もう人生終わりじゃん」

「ちょっ……」
人生終わりとかいう言葉はまずくないですか? 
慌てて美羽さんにフォローをいれようとすると、ヨウちゃんが急にバタバタと羽を広げて私の顔に飛んできた。
「ちょっと、やだ。どいてよ、なに」
必死で抵抗して逃げても、髪の毛をジョリジョリ足で踏みつけられる。
遠山が美羽さんの隣にしゃがみ込んで言った。

「終わりにしてる場合じゃない。まだまだやらなきゃいけないことがある。もっと描けるようにならなくちゃいけないね。君はまだ、これからだ」

美羽さんが、遠山を見つめた。
「君は、これから天才になる」

美羽さんは、これから天才になるのか。
頭にヨウちゃんを乗せたまま、なんだかそうなる未来が見えた気がした。遠山の言霊というやつだろうか。

「天才なんて生まれつきでしょ?」
彼女は静かに尋ねる。
「そんなわけないよ。画家なんて、みんな後から天才になったんだ。そうだ。この絵を見てよ」
遠山はポケットから黄色い付箋紙を出して美羽さんに見せた。
「こういうの天才だと思う? めっちゃ面白いけど天才とは全然違うでしょ。まず基礎がなってない」

「あっ」
思わず声を上げる。あれは私が描いたニワトリだ。ちょっとナニ、面白いって。失礼な!
遠山は付箋紙をめくって続きを話す。
「基礎を知らない天才なんていないよ。門馬先生はニワトリを見たことないのかな。ここから羽が生えて飛べると思う? 想像上の怪物を描いたにしても魅力がないね。何枚描いても全然ダメ。どれだけ描いても全然ダメ」

ぐぬぬぬ。徐々に上手くなったと思っていただけに、とても悔しい。悔しいけど、確かにニワトリをきちんと見たことがないのかもしれない。足の指の本数も分からない。
頭の上でヨウちゃんが「落ち着け」というように何本かの指で足踏みを続ける。

「君は、きちんと見ようとする目がある。それを再現できる脳もある。脳の指示通りに動く指もある。羨ましいくらいだ」
美羽さんは静かに聞きいっている。否定しない。
「ただ、今の君も、まだ上手い中学生ってレベルかな」
「じゃあ、お母さんが言うみたいに今は友達をたくさん作って、学校の勉強をしないとだめなの」
「うーん。どうかな。何の経験値が必要かは人によって違うから。エイクやベラスケスと同じ経験を積むなんて無理だろ。君の経験が、君の絵になる」

「あたしの経験……」
「お母さんだって、言ってたんだろ? 『今のあなたには無理』って」
遠山は優しく微笑んだ。

「僕は、君の描いたあのカラスが、大空に飛び立つところを見てみたいな」

その言葉を聞くと、美羽さんはウメ子の頭を撫でるのをやめて立ち上がった。

おばあさんは、美羽さんの言葉を聞いた頃に認知症が悪化して施設に入った。そして美羽さんは、学校だけじゃなく家での居場所もなくなったと感じていた。ここに来るのもギリギリの状態だった。
絵を描くこともやめて、おばあさんに言ってしまったことも「なかったこと」にできれば、気持ちが少し穏やかになると最初は思ったのだろうけど。

美羽さんは、私のほうに向きなおってきっぱりと言った。
「あたし、おばあちゃんに謝りたい」
「それは、なかったことにしたいということ?」

「ううん。今すぐ、謝りたい。それから、ありがとうって言いたい。それに――」

美羽さんは、ぎゅっと握った拳を胸に充て、大粒の涙をポロポロ流しながら、「おばあちゃんの絵の続きを描かせてほしい」と言った。

ウメ子が美羽さんを見上げ、「クゥゥゥン」と励ますように鳴くと、美羽さんは小さく微笑んだ。



それから数週間後、美羽さんは数日続けて学校を休んだ。お祖母さんが亡くなったことによる「忌引き」だった。

お葬式の遺影には美羽さんが描いた絵を使ったという。その絵はいつも教室の後ろに飾られていた中途半端な未完成品ではなく、親族一同が笑顔になる、生前のお人柄がよく出た穏やかな笑顔の完成品だったと言う。

明日から『かけはし』に行かせるという連絡があったときにはドキドキしたけれど、美羽さんは今までと全く同じように軽く下を向いて登室し、教室の隅で絵を描いている。

ただ、近づいても隠したりはしない。私はそれに満足していた。
ヨウちゃんが窓辺から「ジョウズネー」と声をかけると、小さくピースを返すこともある。


美羽さんのお母さんは最近よく車で迎えに来る。
施設にかかる費用がなくなったぶん、家計が楽になってきたのだろうか。パートの日数を減らしたと言っていた。
「美羽さん、いま図書室なので、あと五分待ってもらえますか」
そう伝えると、お母さんは穏やかな笑顔を見せた。
以前、お迎えに来るときによく見せていた怪訝そうな表情などひとつもない。
「門馬先生。私、最近ね、美術系の高校進学を考えてもいいかなって思ってるんです。私立なのでお金かかりますけど、学校の成績より面接と実技重視なので」
「そうですか」
「先生のおかげです」
「え、いえいえ」

高草木さんは小声で付け足した。
「例のこと、うっかり娘にも喋ってしまったので。すみません。それで先日変なお願いをしてしまったんですよね」
「え。え、ええ」
そういえば、彼女はウメ子に関する噂をお母さんから聞いたと言っていたっけ。

「万が一、母がウメ子先生と会って混乱しないかヒヤヒヤしました。あの日のことを思い出したりして、あの団体にやっぱり寄付するとか言われたら面倒ですから」
「寄付?」
「はい。お気遣いありがとうございました。中学生の願いなんて、しょせん取り消せなくても何とかなるものばかり。まだ若いんですから」
「ええ、はあ」

走って玄関から出てきた美羽さんにお母さんが微笑みかける。ヨウちゃんが「バイバーイ」と声をかけると、美羽さんは黙ってヨウちゃんとウメ子に手を振る。お母さんは軽く頭をさげ、美羽さんと二人でゆっくりと車に乗った。

寄付、とは。

ウメ子が ぶるぶるぶるぶる っと体を震わせると、その体毛の一本一本が、ぶわっと高く舞い上がり、風に流され、公道のほうへ飛んでいく。

まあ、いいか。

玄関に入ると、藤原先生が掲示板にポスターを貼っていた。
『アート&ハート見学会』と書かれ、細かくてカラフルな絵や文字が詰め込まれたハート型のモチーフ。
「美術系の学校ですか。来年度から新入生を募集って」
「フリースクールみたいなものかな。NPO法人って書いてある。ほら、芸術系の学校って学費が高いでしょ。低所得のおうちが対象の学校みたい」
そうか。でも、楽しそう。
「素敵ですね。美羽さんに勧めてみましょうか」
張り切って藤原先生を見ると、思い切り口をへの字に曲げている。
「所得が低いわけじゃないから無理でしょ。お父さんはサラリーマンだし、お祖母ちゃんはアパート持ってたし」
「あ、そうですね」
「それに、この学校、あれでしょ。違う?」
「あれ、とは?」

藤原先生は声を潜めた。
「ほら。覚えてない? 昨年末くらいに。高草木さんのお母さんが相談に来たじゃない。おばあちゃんが変な詐欺にあってるとか、なんとか」
「え?」
「門馬先生がじっくり話聞いてあげてたでしょ。こっそり聞いちゃったわよ。変な組織とか言ってたけど確かこのNPOだったわ。おばあちゃんは、この学校の設立を応援したくて寄付しようとしたんでしょうね。美羽ちゃんが絵を得意としているから。同じような子を応援したかったんじゃないかしら」

私が話を聞いた?
「やだ、門馬先生。ぽかんとしちゃって。お母さんがニコニコで帰って行ったから、門馬先生は親御さんの扱いが上手くなったのねーって感心してたのに。覚えてないの」
「は、は、は」
とってつけたような固まった笑いしか出なかった。

頭痛がする。こめかみに指をあてて、ぎゅうと目を閉じる。

――母が大金を寄付するとか言い出したんです。これから介護や教育にお金かかるのに何言ってるんだか。余所の子のために寄付するお金なんてうちにはないんです。美羽のために使いたいんです。わかりますよね?

お母さんの縋りつくような声が耳の奥に響く。

――あんな講演会に連れて行くんじゃなかった。あんな頑固になるなんて。

輪郭がぼやけて、はっきりと思い出せない。

「ワッワッ」
玄関の外から、ヨウちゃんの高い声が響いて我に返った。
「ワツレラレナイノォー」

私はきっと、美羽さんのお母さんの話を聞いてあげたのだろう。右から左へ聞き流していたから覚えてないのだろうか。だとしたら申し訳ない。でも、何か必死に説得したような気もする。それで結果的に、お祖母さんも寄付することは思い直したということ……なのかな。はっきり思い出せない。

「ワスレラレナイノォー」
さっきのハイトーンボイスから一転、次はド太い声で歌い、ヨウちゃんはそのままどこかへ飛び去っていった。

今の歌。美羽さんと一緒に老人ホームに行った時、ヨウちゃんが歌っていた歌だ。
「ヨウちゃんって、ほんと面白いわね」
藤原先生が笑いながら職員室に戻る。

そういえば、あの時に会ったお爺さん。ウメ子のことを「コウメ」と呼び、ウメ子の様子も少しおかしかったような気がする。あの人は、誰だろう。単なる犬好きだろうか。

私が知る限り、ウメ子のことを本名の「コウメ」と呼ぶのは、一人しか知らない。

そうだとしたら、「カツトシ」と呼ばれていたあのお爺さんを、私は絶対に許さない。

【第6話】横手川くんと松田さんの場合(前編)



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