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言の葉ノ架け橋【第1話】
第1話 かけはし
まだ夏は遠いけど、紫外線の強くなる季節。
首元に日焼け止めクリームを丹念に塗り込んでいると、「希生先生、希生先生」と庭から優しい声で呼ばれて慌てて振り返った。
「ヨウちゃん、そんなところにいたの。びっくりさせないで」
「希生先生、いそがんと学校に遅れるよぉー」
私はふぅと息を吐き、手の甲にもクリームをたっぷり塗り込んだ。
「サチ祖母ちゃんの声マネするのいい加減やめて欲しいわ。
残夢【第一章】⑥子供
◀◀最初から ◀前話
山下の運転する車が駅に到着する前に被疑者は前崎東署員によって無事確保されたという無線を受信した。
「無駄足でしたね」
山下は悔しそうに言い、駅手前にあるコンビニエンスストアの駐車場にいったん車を滑り込ませた。
「無駄足なんてひとつもない。緊急配備にならなくて良かったじゃないか。戻るぞ」
戻ると言っているのに山下はエンジンを止め申し訳なさそうに俺を見た。
「ケンさん、巡
残夢【第一章】⑤雑談
◀◀最初から ◀前話
結局近堂は多くを語らないまま送検され十日間の拘留が決定した。簡易的な精神鑑定でも何も問題は見つからなかった。
その後も変わらず黙秘を続けるため「空気を入れ替えてこい」と係長に言われ取調べ室に向かった山下遼太朗は、わずか十五分程度で戻ってきた。
「雑談でいいとは言ったが随分早すぎやしないか、山ちゃん」
係長が少し眼鏡をずらし上目遣いで山下を軽く睨んでいる。
「めっちゃ温め
残夢【第一章】④少年
◀◀最初から ◀前話
あと何年何か月。
夢の中の少年が指折り数えて立ち尽くしている。少年は焦っている。
あと何年何か月。
川が勢いよく流れるように少年の足元を日々が過ぎ去ってゆく。
あと何年何か月。
青年に成長した少年が数える指から目を離すと大きな瞳が現れる。
「逢いたくて。あなたに」
化粧気のない黒い瞳だけが青年に対峙している。青年を飲み込むように。
「あなたは私のヒーロー」
スーツを着るまで
残夢【第一章】③お七
◀◀最初から ◀前話
俺は、警務課のドア脇に貼られた交通安全ポスターの『ふりむくな』というロゴに目をとられて足をとめた。県内の中学生部門最優秀作品らしい。
自分の運転する自動車の後部座席でグズる我が子が気になっても走行中は決して振り向いてはいけない。事故を起こせば幸せだった日々は二度と戻ってこないというメッセージが込められた水彩画は酷くグロテスクな色彩で描かれていて一目で心を掴まれる。
残夢【第一章】②供述
◀◀最初から
鳩巻署に連絡を入れた時点で刑事課は色めきだっていた。
住宅街で盗難車の聞き込みをしていた俺と後輩の山下が、偶然出くわした傷害事件。師走の住宅街で蓄電池の営業に回っていた男性が見知らぬ女に小さな刃物で切り付けられた。
その悲鳴が聞こえて二人が駆け付け被疑者はすぐに確保。救急要請して運ばれた被害者男性は客の家を出たばかりでコートをまだ着ておらずスーツの背中が大きく引き裂かれ腕には
残夢【第一章】①手錠
女は髪を振り乱して俺から逃れようともがく。手首は白くて折れそうに細い。
俺はそのコートから伸びでた手首を素早く掴んで捻りあげ、女がそれ以上抵抗できないようにブロック塀に体を押し付ける。
「イヤッ……」
小さく息を漏らした女のおくれ毛は汗ばんだ頬に張り付き、思うように身動きの取れなくなった上半身を必死に動かし振り向こうと再び藻掻く。
抵抗しても無駄だ。
俺は必要最小限の力を込め女にそれ
掌編小説/桜色のマニキュアとハチワレの空
桜色のマニキュアだった。
ター子の汗ばんだ手のひらの上に置かれたそれは、今の季節にピッタリの、お化粧なんかしたことない私たちにピッタリの、小さな瓶にめいっぱい詰まった、薄いピンクのマニキュア。
「かわいい。どうしたの、これ」
笑顔で聞く私と対照的にター子は怒ったような真っ赤な顔で私に言う。
「どうしたのって! ボンちゃんが言ったんじゃん!」
「私が? なんて言った?」
そんな顔で怒るから男子に
小説/予備席の男《#夜行バスに乗って》
僕は、兄さんが託してくれた手紙を再度開いて読み返した。
「自分に何かあったときに読んで実行して欲しい」と言って手渡されていた手紙。
間違いないと思う。
夜の籠、新しき宿、そして、春。
帳面駅に貼ってあったポスターを見た時ピンと来たんだ。手紙はこの夜行バスのことを言っているに違いないって。
「予備ニ坐スラバ」って言っても小学校の時の遠足みたいに夜行バスに補助席なんてない。予備ってなんだよと思った