小説/ゲームともだち(2200字)
「チッ」
コントローラーを乱暴に操作する勅使河原泰介は、俺の隣でモニターを睨みつけたまま大きく舌打ちをした。貧乏ゆすりも止まらない。
俺は「そろそろ帰る」と言うタイミングを何度も逸していた。
でも、もう限界だ。そろそろ帰らないと怖い母ちゃんに怒られる。期末テストの真っ最中だ。
同い年の泰介はいつも自分には関係ないという態度で近所に住む俺をゲームに誘ってくる。テスト期間中は部活もなく早く帰れるだろ? と。
誘うと言っても、こうやって自室でゲームの世界に浸りきり。俺と協力して戦おうという気は一切ないみたいだ。
それでも、小さな頃から仲良しだった泰介の誘いは断りづらくて来てしまう。
だが、さすがに今日はもう帰ろう。
コントローラーのボタンから指を離した瞬間、モニターの画面いっぱいにゾンビが現れる。家の人に迷惑が掛からないよう音量は小さいが、それでも俺はビクっと肩を震わせた。
泰介は待ってましたとばかりに、立て続けにわらわらと寄ってくる血だらけのゾンビを倒しにかかる。
ダダダダダ。ダダダダダダ。
ゾンビは廃墟ビルの薄汚れた床に倒れ込み、赤く表示された得点とともに泡のように消えていく。繰り返し。繰り返し。倒すたびに派手に加点され、自分が一番えらくなったかのような錯覚に陥る。
ゾンビを駆逐し終えた暗がりの中、消えずに倒れていたのは黒髪の若い女性。人間だ。
ズームアップされた女性は口元から血を流し、充血した瞳で恨むようにこちらを見ている。
英語で何か呟いてから完全にこと切れたようだが、スラングなのか、よく分からない。
一気にポイントが減点されていくのが目に入り、また貧乏ゆすりが激しくなるのを予想して俺は気分が塞がった。
ところが、泰介はRボタンを再び押す。
バンッ
近距離で放たれた弾丸は確実に女に当たり、一瞬腹部が浮き上がって、また血だまりの床に沈む。
「おい」
俺は泰介の手元を見て声をかける。
だが打ち間違いではない。彼の眼はモニターの死体にくぎ付けになっている。
バンッ。バンッ。
ゾンビに放つ連打とは違い、一打ずつ、ゆっくりと、確実に。泰介は女の胸や腹に弾丸をぶち込む。
「おい。死体撃ちはマナー違反だぞ」
海外のゲームで日本と同様のマナーがあるのかどうかは知らない。しかも、この死体は対戦相手ではなく、ゲーム会社が用意した「人間」なのだからマナーは関係ないかもしれない。
ただ、見ていて気分のいいものではない。
「俺、そろそろ帰るよ」
いたたまれなくなって立ち上がっても、泰介は撃つ手を止めない。
俺は返事を諦めて部屋のドアを開ける。
モニターを凝視したまま口角をあげた泰介から目を背け、俺はそっと部屋を出て後ろ手にドアを閉めた。
笑っていた。
あいつは、女の死体を撃って笑っていたんだ。
気持ち悪い。
足早に泰介の家を出て、すでに真っ暗だが近道となる公園に入ると、黒猫が「にゃあ」と鳴いて走り去った。
そういえば最近、小動物が無残な形で殺される事件があったらしい。どの公園だったろうか。
昔、日本中を震撼させた少年事件の犯人も、まずは動物でそれを試したと聞く。
俺から逃げるように去った猫が、怪我をしていたような気がして思わず眉を顰める。
まさか。
この近所はそんな事件とは無縁だと思うし、うちの学校にそんな人間はいないと思う。
いじめの話も聞かない。あるとしたら「うちの子はいじめられている」というモンペの被害妄想だけだ。今日は様子のおかしかった泰介も、普段は温厚で変なことをする人間ではない。
だが、そういった衝動を胸に秘めてゲームをしているのかもしれないと思うと、やるせなさや気持ち悪さが腹の中でないまぜになって、俺は軽く吐き気をもよおした。
そういえば、あの死体と似た女をどこかで見た気がする。
誰だったか。
思い出せないまま俺は家路を急いだ。
*
次の朝、学校に着いて上履きに履き替えていると金切り声が職員室方面から響いてきた。
そうだ。思い出した。
昨日の死体は、よく学校に怒鳴り込んで来る、あのモンペにそっくりだ。
若いから舐められやすい担任教師と、教頭が一緒にぺこぺこと頭を下げ、なんとか宥めようとしている。
野次馬根性で遠くから眺めていると、奥から校長が出てきた。
「おはようございます。お母さん、大変でしたね。こちらで私がお話うかがいます」
校長がにこやかに、かつ威厳を持って保護者対応をするとモンペの顔つきも変わった。
今年度、民間企業から突然やってきた52歳の女性校長。さすが民間出身だけあってクレーマー対応もうまい。モンペは10分程度しゃべりまくると校長室から出て笑顔で帰って行った。
母親を見送った校長は、あきれ顔で教頭に向かって言う。
「頭下げるだけじゃなく。もうっ、頼みますよ、勅使河原教頭!」
年下の女性校長からいなされた教頭はヘラヘラと愛想笑いを浮かべて「すみません」と謝っている。
来年、定年を迎える教頭の泰介。
校長になってから定年だと思っていたのに、よそ者に席を奪われてよほど悔しかったのだろう。いつもゲームのロード中に校長の話が始まるが、今日もまた愚痴が止まらないだろうな。
俺は出世コースには乗らず生涯現役で定年を迎えるから年下の女性校長でもちっとも気にならないが。
今日、教頭にゲームしようと誘われたらさすがにテストの採点が忙しいと言って断ろう。
俺は期末テストの問題冊子を持って子供たちの待つ教室へ向かう。
そうか。あの死体は校長にもよく似ていたな。
(了)
とある個人企画に別名で参加した過去作品のリライトです。
ほぼ同じ文面が note ではない小説投稿サイトに彷徨ってますが、企画の性質上、自分で消すことが出来ず。なんとなく「これは私の作品です」とこちらに残しておきたくなりました。
ちなみに、その企画での順位はかなり「下」のほうの作品ですが、企画意図関係なしに単独で載せやすかったので投稿しました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。