カバー小説/雪の道 《#シロクマ文芸部》
椎名ピザさんの企画により、yuhiさんの超短話「アパート」をカバーいたしました。
(カバー小説に興味ある方は記事ラストのリンクからルールをご確認下さいね)
まずはこちらをお読みください。
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「雪化粧ってなぁに?」
3歳の息子、幸太郎がお盆を運ぶような手つきで絵本を開いたまま運んできた。
炬燵の前で化粧水をはたく私の膝の上に息子はちょこんと座り、シロクマ親子の描かれたページを指差す。
ーー地球温暖化の影響で氷はすべて溶けてしまったけれど、雪化粧の道をたどって、ぼくはパパに会えたんだーー
よく読まないで買ってしまった絵本。
こんな話だったか。しまったな。
私は軽くため息をつき、鏡越しに説明をする。
「ちゃ色い道路が、うーん。雪でお化粧したみたいに真っ白で綺麗になってる、のかな」
息子は「うーん」と唸って眉をしかめた。
「でも、ママはお化粧しなくてもきれいだよ」
真剣な目でそう言う息子をぎゅうっと抱きしめ、「幸ちゃんは心がきれいだねぇぇぇ」と頭をガシガシなでまくると、むふふと息子も笑い出す。
「ママ、ママ。ちきゅうおんだんか、ってなぁに?」
やっぱり来たか。
「うーんとね。難しいなぁ」
「ちゃんとせつめいしなきゃダメです」
息子がほっぺを膨らませる。
なんて説明をしようか悩みながら絵本のシロクマを横目に見る。
「あ。明日、雪化粧を見に行こうか」
誤魔化すわけじゃないけれど、あの場所は今朝の雪が残っているかも。私は息子に提案をした。
「ほんと? いく、いくー!」
私は可愛い子熊の髪をなで、明日のためにと二人で早めの布団に入った。
翌朝。
北上するバスに乗り、長く揺られて飽きたころ、白熊女子大前の停留所を降りた。手袋をはめたお互いの手をぎゅっと握り、懐かしい坂道を登りきる。
私の記憶では、その角を曲がると小さなアパートがあるはずだった。
アパートの前に広がる大学の敷地は日当たりが悪く、一度でも雪が降れば春まで一面雪化粧。
のはずだった。
だけどその角を曲がってあったのは、花畑だった。
ついでに大学の敷地にも雪はなかった。昨日の雪が解けている可能性は考えていたけれど、まさか思い出のアパートごと無くなっているなんて。
私の頭の中ではまだアパートが浮かんでいて、そこで過ごした日々が巡っている。
はじめての一人暮らし、彼との出会い、別れ、たくさんの夢を見て、たくさんの夢から醒めた場所。
「ママ、これが雪化粧?」
「うん。地球温暖化だね」
ふたりして茫然と花畑を眺めていると、花々の向こうから白衣を着た人が近づいてきた。白衣の下は花畑よりも色鮮やかな花柄のワンピース。低めのパンプスをカツカツ鳴らす、あの特徴のある歩き方。
その人は少し離れたところで立ち止まり、私たちに気付いて息をのんだ。
「みゆう?」
飽きるほど聞いたその優しい声は、一瞬で私をあの頃に戻す。
「うん。ユキちゃん?」
私が懐かしい名を呼ぶと「久しぶりだね」と静かに微笑んだ。
その笑顔は、以前よりも艶を増して美しい。
「みゆう、元気だった?」
「うん」
「そっか」
思えば「そっか」はユキちゃんの口癖だった。
なんでもかんでも「そっか」で済ませた。私はそれが嫌だった。
「アパート、なくなったんだね」
「4年ちかく前かな」
私が出て行ったすぐあとだ。
「ユキちゃんは?」
「ここの講師をつづけてる」
「ふぅん」
ユキちゃんは、私が何故ここに来たかを聞かないかわりに、ピンク色の口元をきゅっと上げて微笑んだ。
「みゆう、幸せそうだね。良かった」
「私はずっと、幸せだったよ」
「そっか」
あんなに嫌だった「そっか」の言葉。すっかり雪解けを迎えたように私の心に染みていく。
校舎の中から、先生はやく来てくださいと学生たちが手を振って呼んでいる。
「じゃあ、また」
「うん」
また、があるかどうかは分からないけど。私は揺れるワンピースの後ろ姿を見つめる。ユキちゃんらしい服装だ。
「ママ、いまのひと……」
「うん」
「きれいだね」
幼い息子が私に言って、繋いだ手をぎゅっとする。
「うん、きれいだね」
私たちは、歩き出した。
「ママ」
「うん」
「さっきのひと、だれ?」
「うん」
私は立ち止まって少しかがんだ。息子の位置に高さを合わせ正面を向いて説明をする。
「幸ちゃんの、パパだよ」
そう言って繋いだ手を両手でぎゅっと握りしめた。
息子はニッコリ微笑んで、「そっか」と言って歩き出した。
(了)
椎名ピザさんの企画 #カバー小説 と、今週の #シロクマ文芸部 に参加いたしました!
そして yuhi さん ありがとうございます!
毎日投稿されている「毎日超短編」の「1年前の超短編」紹介で拝読した……のかな? それからお気に入りマガジンに登録していました。
そういえば長男が幼い頃、某銀行に向かって手を繋いで歩いていたとき、花屋さんの前で息子が「きれいだね」って言ったことがありました。
銀行で用事を済ませてまた同じ道を歩くと、花屋さんが「さっき綺麗って言ってくれたでしょ」ってガーベラを1本プレゼントしてくれたのです。
ほぼ子育てウツに陥っていた私、それがどれほど嬉しかったことか(´;ω;`)
書き終えて たった今、そんなことを思い出しました。
裏設定として、息子の幸太郎くんはユキちゃん=幸生(ゆきお)くんから一文字いただいてます。
yuhiさん、これからも素敵なお話を書き続けてくださいね~(*´ω`)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。