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お子さんの障害、他害などの話になった際によく出る話

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「健常児側からしたら迷惑」という言葉よく見るんですが

良くない言葉だなって思います

子ども達の個別の成長、課題は違うものですし

健常、障害というくくりで別々に考えるものでもないのです

もっと言うなら「健常児側からしたら迷惑」という言葉が出せるその人自身の

無知

客観性のなさ

他者への無配慮

をもって自身を「健常」とし他者を貶めるなら「健常」であることは良いことではないとすら思います

自分は健常側、相手は障害側というベースで議論になると、

「じゃああなたのその弱さは何なんだよ」

「あなたがいると主張している立ち位置にあなたはいないのでは?」

という疑問が解決されないまま終わってしまう

不毛なんです


結局こういった「優性思想」が下地にある話は全部「自分に返ってくる」んです

あなたが相手に向けてはなった言葉は全部「あなたに返っていく」のです

正しさを振りかざして排除をしようとするのは一見解決になっているように見えますが

何も解決になっていません。実際に何もしてないでしょう?見たくないものから目を背けているだけです。停滞なのです

実際の現場で真摯に知識や技術を研鑽しながら向き合っている支援者、ご家族、当事者にとって意味のない、何ら有益にならない言葉なのです

何だったら、こういった「言葉」に対して反論するとまたその反論が優性思想がベースの反論になりがちなので、悪循環に陥りがちです

よくみかける「発達障害という方が発達障害だ」という論法になりがちなのです

こうなるともうどちらも加害性を帯びてきます

発達障害、健常 どちらの言葉も

「相手を貶めるために使われる言葉ではありません」

これを肝に銘じていきましょう


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以上になります

これからも少しづつ投稿していけたらと思っています

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