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「結婚間近にふられましたが、幸せは思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の展開だよ!?」 第6話

(第一話はこちらです)

 さっき電車で出会ったばかりの外国人の男が、私が電車で読んでいた小説の作者だっていう。
 へぇ。ふぅん?
ずいぶん馬鹿にされたものだ、と思う。

『あなたが、あのリチャード・ライターってわけ? イギリスで評判の小説家?』

『たぶん。……小説家ではあるけど、評判ってのはどうかな。知人じゃない読者にあったのは、君が初めてなんだ』

 男は、青い目をきらきらさせて、照れたように笑いながら、言う。
ずいぶん縁起が上手だこと。
 男のそんな笑顔は、話している内容のうさんくささとは裏腹に魅力的で、後ろを歩く女の子から「ちょっ、前の外国の人、めっちゃイケメンなんやけど……!」なんて華やいだ声がする。

 お嬢さんたち、この男は、さっきまで私が呼んでいた小説の作者さんらしいですよ?
うさんくさいにも、ほどがあるよね。

 私はこれみよがしにため息をついた。
ちょうど踏切で足止めされたのは、いいタイミングだ。
バッグからスマホをとりだして、”リチャード・ライター”を検索する。

 昨今、たいていの作家は、顔写真をネットに挙げられているものだ。
有名な作家のフリなんてしても、そんな嘘は、瞬時にバレる。

 ばかばかしい嘘をついた男に、スマホをつきつけるつもりだった。

 なのに、検索にひっかかったページを開いてみたら、目の前の男とそっくりな顔が作家のホームページのいちばん上で笑っている。

「嘘でしょ」

 スマホの画面とと目の前の男が、どう見ても同一人物に見える。
見比べてつぶやくと、男は恥ずかしそうに笑った。

 開いているホームページは、さっきの本の出版社のものだ。
フェイクなわけ、ない。
 それでもまだ信じられなくて、リンクされている他のページも開ける。
それは、著者のブログだった。

 見た瞬間、息を飲む。

 暗闇にライトアップされた朱の楼門。
見覚えのある景色が、ブログのいちばん上にあって、真っ先に目をひいた。

 写真に添えられた文章に目を通すと、リチャード・ライターは年越しを京都で過ごしたと書かれている。
おけら詣りという伝統行事に参加できて、とても楽しかった。
すこし仮眠して、朝には伏見稲荷に行く予定だと。

『……本当に、本人なの?』

『うん』

 ぼうぜんとして問えば、彼はすこし赤くなった頬をゆるめてうなずいた。

 遮断機があがって、人の波が動き出す。
それに合わせて歩きながら、私は好きな作家との思わぬ出会いにまだ呆けていた。

 嬉しいというよりも、現実感がない。

『君は俺のことを”評判の作家”だと言ってくれたし、そこそこ部数も刷ってもらっている。ネットで取り上げられたり、感想ももらっているしね。だから俺の小説を読んでくれている人がいるのは知っているんだけど、自分の小説を読んでくれている人を目の前で見たのは初めてだったんだ。それで君から目が離せなかった。怖がらせて、悪かった』

『初めて?』

『あぁ。日本はもちろん、イギリスでも、身内以外の人間が俺の本を読んでいるのは、直接は見たことがなかったんだ』

 日本語の翻訳書まで出ている人気作家なのに?
そんなことってあるの?

『サイン会とかはあるでしょ?』

『そうだね、そういうところではファンだと言ってくれる人に会ったことがあるよ。けど、それと偶然出会った人が自分の本を読んでくれているのを見かけるのは、インパクトが違うというか……』

 顔を赤くして、照れ照れとリチャード・ライターが言う。
なんだか、不思議な感じ。
さっきまで読んでいた本を書いた人が、目の前にいるなんて。

 なるほど。
 たしかに、私もサイン会で彼に会っていたのなら、こんな感覚はなかっただろう。
 立場が逆だから、同じ感覚とは言えないだろうけど、翻訳書が発売されたばかりの異国で、本国でも出合わなかったファンにばったり出会うというのは、インパクトが強いのは、なんとなく理解できた。

『なるほどね。それで、私を見ていたのね』

 納得してうなずくと、男は、ぱっと笑顔になる。

『あぁ。話しかけようとも思ったんだけど、なんだか照れくさくて。けど、すごく楽しそうに読んでくれていただろう? だから、声をかけたくて。……迷っていたんだ』

『話しかけもせずに追いかけてくるほうが怖かったわよ』

『ごめん。ふだんは人に話しかけるのに照れたりしないんだけど、自分の書いたものを読んでくれている人だと思うと、なんだか無性に照れくさくて』

 ごにょごにょと言い訳しつつ、慌てている様子はなんだかかわいかった。

 追いかけられたと言っても、ただ短距離を後ろから歩いてこられただけだ。
周囲に人も多かったし、若い女の子でもないので、対処もそれなりにできる自信はあった。
 恐かったというよりも、面倒なので避けようとして危険な目に合ってしまっただけだ。

 彼に対する怒りは、特になかった。
まして彼が、あの面白い小説を書いている本人だと知ってしまっては。

『まぁ、もういいけど』

 くすりと笑えば、男はおそるおそるこちらを見る。

『許してくれるの?』

『大げさ。そもそもそんなに怒っていないし。私、リチャード・ライターのファンだから』

『それは……、ますます申し訳ないというか』

『もういいわよ。それより、ここ右に曲がるわよ』

 前に見える鳥居のほうへ歩いていこうとするリチャード・ライターを引き留め、右折する。

『え?こっちじゃないのか?』

『普段はそこからでも行けるんだけど、お正月はあちらの門から入るって決まっているの』

 人ごみ対策である。

『まだ今はそんなに大した人出でもないけど、時間によってはこの辺りの道も人で埋め尽くされるから』

 したり顔で言うと、リチャード・ライターは素直にうなずく。
さらさらの金髪が、ひょこひょこ動く。
ひよこみたいだ。

 この人があの小説を書いたのか。
ほんとうに、不思議。
こんな偶然も、あるものなんだな。


第7話に続きます。
(画像変わります)


#創作大賞2023


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