見出し画像

「結婚間近にふられましたが、幸せは思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の展開だよ!?」 第1話

あらすじ

 結婚間近だった彼氏にふられて、仕事もやめた33歳元会社員の香苗。
年末に実家に帰省したものの、両親の気遣いが息苦しく、元旦の早朝、ひとり伏見稲荷へ初詣に出かける。
 そこで出会ったのは、新進気鋭の英国人小説家のリチャード。イケメンなのに人懐っこい彼といっしょにお詣りしているとき、元彼が新しい彼女と一緒にいるところに出会う。
 あまあまのご都合主義な恋愛小説です。全11話。


第1話

 家から駅までは、歩いて10分くらい。
たいした距離じゃないけど、元旦の今日は、数日前の大雪の日を思い出させるくらい寒くて、いやになる。

 駅に着くと、そそくさと階段をおりて、ホームで電車の時刻を確認する。
お目当ての電車の到着時刻は、10分後。
まだちょっと余裕がある。

 ホームに設置された自動販売機で、お気に入りの抹茶オレを購入する。
あたたかい抹茶オレの缶で、かじかんだ手をあたためながら、ホームを見回した。

 朝の6時30分とまだ時間がはやいせいか、ホームに人影はまばらだ。
通勤時刻なら混み合っているベンチにも、いまは誰も座っていない。

 お正月だから、初詣に行く人でもっと混んでいるかと思っていた。
なんだか、拍子抜けだ。
でも、空いているなら、そのほうがありがたい。

 のんびりとベンチに座って、抹茶オレに口をつけた。
その温かさと甘さに、心が和む。

 こんな早朝に、一人で初詣に行こうなんて思い立ったのは、朝から両親と顔をあわせたくなかったからだ。
 父や母が悪いわけじゃない。
だけど、疲れた……。


 社会人になって一人暮らしを始めてから、10年以上がたつ。
その間ずっと、大晦日とお正月の三が日は、実家に帰ることにしていた。
 だから、今年のお正月も、実家に帰った。

 初めから、気まずくなるだろうな、とは思っていた。
 それでも、今年だけ例年と違うことをするのは、嫌だった。
今年だけいつもと違うことをしたら、私が今も、あのことですごく傷ついていて、ふだんどおりにできないんだと、両親は考えるだろうなと思って。
つとめて、いつもどおりに過ごしたい、と思ったのだ。

 けれど実家に帰ってすぐ、それは失敗だったって気づいた。
両親は、私を気遣って、腫れ物に触るように扱う。

 父も、母も、優しかった。
「いつもどおり」を過剰なほど、演じてくれた。
 だけど、父の、母の、私を慮る視線が重い。

 どうやら両親は、私が傷ついた以上に、私が傷ついていると思っているようだった。
 
 それを痛感したのは、深夜2時。
喉がかわいてリビングに戻って、まだ両親がリビングにいることに気づいた。
 声をかけようとして、二人の様子がおかしいことに気づいて、言葉を飲み込んだ。
 
 父は、泣いていた。
「香苗が婚約を解消されるなんて。本当に優しい、いい子なのに……」
「去年は、あの子、もうすぐ結婚するんだって、あんなに嬉しそうにしていたのにねぇ」
 母の声も、震えていた。
 私は、ふたりに気づかれないように、気配を殺して、部屋に戻った。


 昨夜。 
 ふたりが泣いているのを見つける数時間前。

 私たち親子は、お互いにどこか遠慮がちで、言葉少なだった。
 だけど三人とも平静を装って、いつもどおりに年末恒例の歌番組を見て、テレビに映る芸能人についての他愛もない話をだらだらとした。
除夜の鐘もテレビで聞いて、0時を迎え、両親と「あけましておめでとうございます」と言葉を交わして、私はひとり自室に戻った。
 多少のぎこちなさはあるけれど、わりと「いつもどおり」の時間が過ごせた、と安堵して。

 父と母は、この後、ふたりでお酒を飲むのが「いつもどおり」だ。
 私はお酒が飲めないから、早々に寝ることにしている。
これも、例年のことだ。

 私が生まれた時に父が建てた実家には、もう10年以上も前に家を出た私の部屋がまだそのまま残っている。
お正月に戻った時は、そこにお客様用の布団を敷いて、寝ている。
 今年も、同じようにした。
そこまでは、すべてが例年通りだった。


 けれど、去年の年末年始は、すこしだけ違った。
 私は、その少し前に、29歳の時から4年間付き合っていた博昭にプロポーズされた。
 もちろん私の返事は「嬉しい!」だったので、去年の1月3日には、博昭が両親に結婚の挨拶に来ることになっていたからだ。

 ちょうど一年前の今日、大晦日から新年に変わる日、私たちはその話して、盛り上がっていた。
0時を過ぎても、両親と一緒にリビングで話をしていた年越しは、あれが初めてだった。
 あの日は、どれだけ話しても、三人とも語りたいない気分だった。

 「この家で、香苗と3人で過ごすお正月は最後になるだろうな。寂しくなるなぁ」
 と、しみじみと父が言えば、
「結婚してもちょくちょく顔を見せるって」
 と、私は珍しく優しい娘らしくふるまった。

「結婚式は、私も着物を着たほうがいいかしら」
 と、母が真剣な顔で言うのを、
「まだ私が着物にするかドレスにするかも決めてないのに! 式場だって決まっていないんだよ」
 と、私は笑い飛ばしていた。

「まだ式場も決まっていないのか?」

「いま、下見に回っているところ。クリスマスにも、博昭と北山の教会を見てきたんだけど、すっごく素敵だったの。でも神社で、神前式もいいなぁって思うし」

「あなたはむかしからウェディングドレスに憧れていたでしょう? 絶対にドレスだと思ったわ」

「そうなんだけどー。いざ自分が着るとなると迷うんだよね。着たいドレスは、かわいすぎるかなぁとか考えちゃって」

「もう32歳だものねぇ。来年結婚式をするとしても、33歳? 若いうちなら、どんなドレスでも似合ったでしょうけど」

「お母さん、容赦ない! ま、博昭は、私ならどんなドレスでも似合うって言ってくれているんだけどね」

「あらあら。ま、一生に一度のことだものね。博昭さんと相談して、ふたりでいいようにしなさい」

 私がのろけると、母はあきれたように笑った。
けれどその顔にうかんでいたのは、娘が未来をともにする相手を得たことへの祝福と安堵だった。

 私も、父も、母も、もうすぐ私は結婚するのだと疑いもなく思っていた。
あの夜、私たち親子は、すこしだけ切なくも、幸せな未来がもうすぐ訪れるのだと、無邪気に信じていた。


 それが一転したのは、その1か月後のことだ。

 私は、博昭がクリスマスに、彼の会社の女子社員に告白されていたことを知る。
 お正月休み、私と結婚式の相談をしながら、合間に彼女と会っていたことも。


***

第2話

第3話

第4話

第5話

第6話

第7話

第8話

第9話

第10話

第11話(完結)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?