劇小説「メイド喫茶へいらっしゃい!」〜第一幕〜
◆第一幕 ~天神スタシオン~◆
【舞台】天神スタシオン店内
(メイドのいちご(28歳)、まゆ(20歳)、麦(20歳)、ララ(19歳)が店内で働いている。スーツ姿のヒロ(50歳)が店内に入って来る。扉の鈴が鳴る)
(カラン)
ヒロ「あの〜、すみません……」
いちご「お帰りなさいませ、ご主人さま。初めてのご帰宅ですか?」
ヒロ「あ、はい。初めてです。なにかすいません、場違いな感じで」
いちご「ウフフ、あ、ごめんなさい。でも全然構いませんよ。ここは色んなご主人さまがいらっしゃいますので。どうぞ、こちらの席へ」
(いちごがヒロを席まで案内する)
いちご「どうぞ、こちらの席に座られてください」
ヒロ「ありがとうございます」
いちご「今、お水をお持ちしますね」
(ヒロが店内を眺める。他のテーブルで麦と客A(30歳)、ララと客B(22歳)が話している)
麦「えっ、アンパン仮面じゃなくカレーパン仮面ですか?」
客A「そう。カレーパン仮面」
麦「カレーパン仮面は少し自信ないので、写真見ちゃ駄目ですか?」
客A「見ちゃ駄目です。だいたいで良いから、記憶のある限りでお願いします」
麦「困ったな」
客A「なんでもお絵描きしますって言ったじゃない?」
(麦が少し考えている)
麦「じゃ、描きますね」
(麦がオムライスの上にケチャップで絵を描く)
麦「はい、出来ました」
客A「うまいじゃない。少し宇宙人っぽいけど」
麦「ひどーい」
客A「これが楽しいんだよ。また、お絵描きの無茶ぶりさせてもらうんで、練習しといてね。今度は突撃の巨人とかね。知ってる?」
麦「はい、好きですよ。一応練習しときます」
客A「それにしても麦ちゃん、背、高いね。また伸びたんじゃない?」
麦「いやなこと言いますね。そうなんですよ。私、ここのカフェの今までのメイドの中で一番、背が高いんですって。小さい子が可愛くて羨ましいです」
客A「でも、僕も背が一八〇センチあるから、麦ちゃんタイプですよ。今日、来れて良かった」
麦「本当? そう言ってくれるとめちゃくちゃ嬉しいです」
客A「あぁ、麦ちゃんと一緒に歩けたらいいのにな」
(別のテーブルでメイドのララが客Bと話している)
客B「ララちゃん、アニソンフェスタ、良かったよ、サイコー!」
ララ「そう?ありがとう。でも、やっぱり緊張しちゃって最初音外したんですよ」
客B「次はいつ出るの? 僕、また応援行くよ」
ララ「ありがとうございます。えっと、次はね~」
(いちごがお盆に水を載せてヒロのテーブルに戻ってくる)
いちご「どうぞ、お冷です」
(いちごが中腰の姿勢をとり、ヒロに説明を始める)
いちご「ようこそメイド喫茶天神スタシオンへ。初めてのご帰宅のご主人さまなので、最初にシステムと料金の説明をさせていただきますね」
ヒロ「はい。お願いします」
いちご「ご注文は一時間ごとにワンオーダーとなっていますので、よろしくお願いします。注文をお出しした時間から一時間経ちますと、『お出かけ』か『ご滞在』をお尋ねしますので、メイドまでお申し付けください。ご滞在の場合は新たなオーダーをご注文ください」
ヒロ(心)「(一時間ごとにワンオーダー……これだけ人数が多いと人件費もかかるだろうから、当然と言えば当然か?)」
ヒロ「ということは一時間に一品頼めば良いのですかね?」
いちご「はい、そうです。メニューの中でオムライスやケーキセットは、メイドからお絵描きサービスもあります。お絵描きのリクエストも受けているので、好きなものをおっしゃってくださいね。メイドが精一杯頑張ってお絵描きいたします。それと、向こうの撮影室でメイドとのチェキでの撮影も行っていますので、シングルかダブルをお選びください」
ヒロ「チェキというのは何ですか?」
いちご「ああ、ごめんなさい。チェキはインスタントカメラでの写真撮影です」
ヒロ「シングルとダブルっていうのは?」
いちご「シングルはメイドひとりの撮影、ダブルはご主人さまとメイドが一緒に撮るか、二名のメイドを撮るかということになります」
ヒロ(心)「(へえ、メイドさんと写真撮るのも有料なんだ)」
ヒロ「はい、わかりました。ありがとうございます」
いちご「では、ご注文が決まりましたら、呼び鈴を鳴らしてお呼びください」
(メニューをしばらく眺めるヒロ)
(他の客が銘々にメイドと話している)
(ヒロが呼び鈴を鳴らす。チリンと清らかな音が店内に響く)
いちご「はい、今お伺いします。まゆちゃん、あちらのご主人様のご注文お願いします」
(まゆがヒロのテーブルにつく)
(ヒロが呼び鈴を手に取って見つめている)
まゆ「お待たせしました」
ヒロ「(テーブル上のメニューを見ながら)あ、このハンバーグセットをお願いしま……」
(ヒロがまゆを見て口を止める)
まゆ「どうかされました?」
ヒロ「いえ、何でもありません。ハンバーグセットをお願いします」
まゆ「ハンバーグセットでございますね」
ヒロ(心)「(ああ驚いた。彼女の訳がないよな?でも雰囲気は似てるな)」
(メイドの姫が麦に話しかける)
ララ「麦さん、さっきのご主人さま背が高かったですね」
麦「そうなの、ご主人さまも背が高いから私と一緒に歩きたいって言ってくれたのよ」
ララ「麦さん、それご主人さまのお世辞ですよ、お世辞」
麦「相変わらず素直じゃないわね、あんたは」
ララ「ところで麦さんはなんで名前を『麦』ってしてるんですか? やっぱり背が高いからですか?」
麦「えっ? 全然。私はただビールが好きなんで麦にしただけだけど」
ララ「(どうでもいいように)あっ、そうなんだ」
(まゆがお冷のお代わりをヒロのテーブルまで運ぶ)
まゆ「ご主人さま、お冷のお代わりはいかがですか?」
ヒロ「あ、お願いします」
(ヒロが再度まゆを見つめる)
まゆ「……どうか、されました? 先ほども何か驚かれたような顔をされたように見えましたけど」
ヒロ「いえ、何でも……いや、なんかちょっと懐かしく思ってね」
まゆ「懐かしい……ですか?」
ヒロ「いえ、あなたのそのメイド服とか、この呼び鈴の音とかね」
まゆ「えっ? この服でございますか?」
ヒロ「いや、私が若い時に一緒に働いていた人が、あなたと同じようなメイド服を着ていたんで……」
まゆ「若い時って? メイド喫茶ってそんなに昔からあるのでございますか? あっ、ごめんなさい」
ヒロ「いや、構いませんよ。メイド喫茶ではないんですが……。若い方は知らないかもしれませんが、昔は新幹線に食堂車があって、その食堂車ではウェイトレスさんたちがメイド服を着て給仕されていたんですよ」
まゆ「えっ、そうなんですか? 新幹線に食堂車があったのでございますか?」
ヒロ「国鉄ってわかります? 私はまだ国鉄の頃の新幹線の食堂車で料理を作っていたんですよ。そして彼女はその食堂でメイドさんをやっててね。最近のメイドさんとは、少し違うかもしれないけど……ほら」
(白黒の写真を定期入れから取り出してまゆに見せる)
ヒロ「あなたが今着ているメイド服と似てるでしょ? 雰囲気も少
しあなたと似てるかな?」
まゆ「ホントだ。これはクラシックな服だから変わってないですね。へえ、メイド服って昔からあったんですね」
ヒロ「ここではみなさん、いろんなメイド服を着てらっしゃいますね」
まゆ「ええ、ここでは銘々に自分で好きな服を借りて着てるんです。短いスカートのも試してみたんですが、私はこのクラシックスタイルが気に入ってしまってずっとこの服を着ています」
(麦が会話に参加してくる)
麦「なになに? 何の話?」
まゆ「こちらのご主人さまの話ですが、麦さんは昔の新幹線に食堂車があったってご存知でしたか?」
麦「えっ、新幹線に食堂車? あまり乗ったこともないけど、そんなのあったの?」
まゆ「その食堂車にはメイドさんがいてお給仕されていたそうです。これ、当時のお写真だそうです」
(まゆが写真を麦に手渡す)
麦「ほんとだ。えっ? これまゆちゃんが今着てるのとほとんど同じじゃない? しかも、これチェキみたい。昔からあったんだね~」
ヒロ「あなたのメイド服は、かなり現代風ですね?」
麦「ええ、私は今スカート短いの好きですね。(太腿をパチンと叩
きながら)私はこの足が売りなんで……」
(チリン)
(他の客が呼び鈴を鳴らす)
麦「(慌てて)ただ今、参ります……。すいません、お話しの途中で失礼します」
(麦が手に持っていた写真を無意識にポケットに入れる)
ヒロ「いやいや、またあなたとは対照的な方ですね」
まゆ「そうですね、彼女は同い年なんですけど、私とは真逆な性格ですね。私は少し古風だと言われますので……」
ヒロ「だから、あなたのメイド姿を見て昔のこと思い出したのかな?」
まゆ「そうかもしれませんね。私もなにか嬉しいです」
ヒロ「昭和の時代の話なんで、皆さんみたいな若い人には想像出来ないかもしれませんけど、その食堂車は私の青春だったんです」
(いちごがヒロのテーブルに戻ってくる)
いちご「ご主人さま、いかがですか?」
ヒロ「ええ、楽しくお話しさせてもらってます」
まゆ「ご主人さまが若い時の話なんですけど、新幹線の食堂車にメイドさんがいらしたんですって」
いちご「その話なら、私も知ってるわ。確か日ノ本、日ノ本食堂ですよね?」
ヒロ「よく御存じですね。そうです日ノ本食堂。国鉄の食堂のほとんどは、そこがやってました」
まゆ「さすがいちごさん、メイド喫茶をしたいって言って始めただけのことございますね。もう、このお店を始めて十年目でいらっしゃるんですよね。いちごさんって、すでにメイド界の生き字引でいらっしゃいますね?」
いちご「ちょっと……生き字引って、それ悪口? でも、まゆちゃん、良くそんな言葉知ってるわね? あなたこそ、本当に二十歳なんでしょね? 前から思っていたけど言葉遣いもやたらと丁寧で古めかしいし」
まゆ「あ、それは私の育ちの関係で、このような言葉が普通なだけです」
いちご「育ちの関係って?」
まゆ「申し訳ありません。その件についてはあまりお話したくありませんので」
いちご「あっ、ごめんなさい。でも新幹線の食堂車の話は、昔お婆ちゃんに聞いたことがあるのよ」
ヒロ「新幹線だけでなく、私が学生だった頃はまだ街中に喫茶店がたくさんあってね。そこのウェイトレスさんはメイド服を着てたところも結構あったんですよ。昔の喫茶店には、マスターがいて、店の看板の女の子が一人二人いてね。当時は彼女たち目当てで友達と喫茶店に屯してました。なんか背伸びして大人の世界を覗いていたような世界でした」
まゆ「へえ、なんか面白いですね。喫茶店が大人の世界の入口だったんですね」
ヒロ「そう! で、誰がその女の子を落とせるかなんてみんなで競ったりしてね」
まゆ「そうなのでございますね。殿方が女性を求めるのはいつの時代も一緒なのでございますね」
いちご「殿方って……」
ヒロ「今はカフェが流行ってて……高校生、いや中学生でも普通にお店に出入りしているけど。私たちは高校生になって初めて喫茶店に入った時とか緊張しちゃって、小遣いも少ないのに当時で一杯五百円もするコーヒーを無理して頼んじゃったりしてね」
いちご「へぇ、なんかかわいいですね」
ヒロ「でも、ほんと喫茶店なんて、そうそう無かったんだから仕方ないよね。でも、当時と比べると店は多くなったけど、チェーン店がほとんどになっちゃって少し残念な気もするけどね」
いちご「どういうことですか?」
ヒロ「いや、当時の喫茶店と比べると、お店は洗練されたんだろうけど、逆にマニュアル化されたっていうか。ほら、店員さんとおしゃべりするのも、なにか難しい雰囲気じゃない? 時代と言っちゃそれまでなんだけどね」
いちご「でも、それってわかります。ここは、みんなにご主人様と出来るだけお話をするようにって言ってるので。お話したほうがお互いに楽しいですよね」
ヒロ「そうそう、ある意味でメイド喫茶は昔の雰囲気を残しているのかもしれないね。みなさんを見てたら、その時のこと思い出してね。あと、この呼び鈴ね」
まゆ「呼び鈴ですか?」
ヒロ「ええ、私たちは食堂車で料理が出来上がった時とか、メイドさんを呼ぶ時には、これに似たような呼び鈴を鳴らして知らせたんですよ」
まゆ「へえ~、なにかお洒落ですね」
ヒロ「久しぶりに呼び鈴を鳴らしました。やっぱりこっちの方が好きですね。今のファミレスとかは〝ピンポーン〟ってチャイムだけど、こっちの方が絶対良い音ですよね」
まゆ「そうかもしれませんね。私もこの呼び鈴の音好きです」
ヒロ「なんか、ここはいいなぁ。なんか懐かしい感じがして」
まゆ「そのメイドさん、もしかしてご主人さまの恋人でいらしたんですか?」
ヒロ「いえいえ、私の片思いですね。彼女は私より歳上でベテランのメイドさんで、私は見習いのコックでしたから。それに出逢った時には結婚することが決まっていた人だったんで」
いちご「でも、その人を好きになってしまった……。そうでしょ! 食堂車でのコックとメイドさんの恋、なんかドラマですね〜。で、その人とはどうなったんですか?」
まゆ「あー、私も聞きたいです。その人とはどのようになったのでしょうか? ぜひ、聞かせてください」
ヒロ「ええ? 困ったな」
第二幕へつづく
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