【3分で分かる世界史】ヨーロッパの歴史ローマの共和制#4
どうも、グラねこ🕶です。
今回は、ローマの共和制について解説しようと思います。
まず、共和制とは「王や皇帝がいない」ことを指します。
当時のローマは、貴族と平民と奴隷で構成されていました。また、国の法律を決定する元老院や最高官職の執政官(コンスル)の内二名を貴族が独占していました。
しかし、平民はローマのために戦いに参戦していたのに、参政権が与えられなかったことにより、平民の権利を守る護民官や平民のための会議の平民会、執政官の内の一人を平民から選ぶように定めた十二表法などが出てきました。
その後、貴族が法律を独占しないように定めた、リキニウスセクスティウス法や平民会の決議が元老院の承認なしに通るホルテンシウス法など、徐々に貴族と平民の身分格差が縮まりました。
ここまでの流れは、アテネの政治と似ているところがありますので、気になる方はぜひ下の記事がからご覧ください。
その後、ポエニ戦争というフェニキア人国家のカルタゴと三度の戦いをします。
一度目は、ローマがカルタゴからシチリア島を奪い、属州という植民地にしました。
二度目は、カルタゴ側のハンバニバルという将軍が像を率いてアルプス山脈を超えて、ローマへ侵攻しました。
しかし、ローマのスキピオという将軍がそれに臆さずカルタゴに攻め込みました。
すると、カルタゴ本土が危うくなったことで、ハンバニバルが一度戻ります。
その後、ハンニバルは敗れ、カルタゴは二度目の敗北を喫します。
三度目は、カルタゴが完全に敗れ、ローマがカルタゴの支配地域を支配することになります。
このように、ローマは勝ち続けましたが、いざローマ本土へ戻ると、戦火の跡がひどく残り、農民たちは作物を育てるのが難しくなりました。
しかし、ローマの金持ち達は、異国から来た奴隷をたくさん買い、安い作物をたくさん作らせました。
すると、農民たちに勝ち目はなくなりますので、不満が溜まっていきます。
そこで、当時の元老院は農民の不満を逸らすために剣闘士の戦いを見せるなどしました。
しかし、なかなか上手くはいかずローマは停滞していきます。
そこで、「内乱の1世紀」に入り、ローマは荒れていきます。
この「内乱の1世紀」では、主に二つの出来事がありました。
一つ目は、スパルタクスの乱です。
これは、剣闘士をしていた奴隷達が反乱を起こしたことです。
二つ目は、同盟市戦争です。
この同盟市とは、市民権も自治権も認められなかった都市だったので、不満が溜まりローマに反乱起こしました。
このように、ローマの共和政はあれに荒れたので、次に三頭政治に入っていきます。
いかがでしたでしょうか?
他にも、世界史について書いた記事がありますので、ぜひご覧ください。
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