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心の絆創膏。

今日は土曜日、 リハビリの日。
とても嫌なことがあった。 それは、 教育の材料にされたこと。

コロナが 5類になって、 病院の規制もだいぶ緩和された。
3才くらいの女の子がおばあちゃんのリハビリを見学して、微笑ましい光景だった。

リハビリ室の中にリハビリの様子が見られるソファーが置いてあって、そこにその女の子のお母さんが座っていた。

最初のうちは、おばあちゃんにくっついて静かにリハビリするのを見ていたその子が途中で急に走り出した。
お母さんが止めても言うことをきかずにキャーキャーと騒ぎ出してしまった。

その時、お母さんが女の子に「いい子にしないとあの人みたいになるよ」と私を指差して言った。

平行棒に掴まって歩行訓練中だった私は固まった。
私は、悪い例として女の子の教育の材料にされた。

指を差した母親もバツが悪くなったのか、すぐにそれを止めた。女の子は何を言われたかあんまりわかってないみたいできょとんとしていた。

理学療法士たちも何ともいえない表情でこちらを見ているだけで、母親を注意する事もしなかった。

私は、そのリハビリ中は何もいい返すことなく、淡々と歩行訓練を続けた。

それから家に帰って来て、気を抜いたんだと思う。

急に怒りと悲しみが襲ってきて、どうしようもなかった。
なぜ、私を指差したのか?
確かにあのリハビリ室の中で1番若い患者は私で、車椅子も医療用ではなく車椅子のスポーツで良く使われる物に乗っている。
だから、事故って障害者になったとあの母親は思ったんだと思う。

改めて世間の車椅子ユーザーへの偏見を目の当たりにした。

本当は、その場で病気の説明でもして私に非がなかった事を証明したら良かったのか。そしたら、私の気が晴れた?

ううん。私にはわかっていた。そんな母親に自分の状況をわかってもらおうとする事自体が馬鹿げていて、無意味だって。
だったら気にするなという人もいると思う。
だけど、それとこれとは話が別。
私は悔しかった。情けなかった。寂しかった。こんな場面にあと何回遭遇するんだろうと思って。

でも、私には救いがあった。
今日は電話の日。彼に少しだけ事情を話した。
彼は、ストップとだけ言って、私の話を最後まで聞かなかった。
私が悲しみや怒りの中にいるのが嫌だと言った。
自分が傷つくより嫌だと。だから泣かないで笑っててと。
そんな奴に心あげないで俺にちょうだい。そしたら、心臓に手を当てて、俺が、いつもこうやって傷を治してあげると。
画面越しでも手のぬくもりを感じる事が出来た。
本当は会いに行って触れたいななんて笑いながら。
今日は、バ~カ💗それで済むの?て言わないの?って憎らしいほど優しい彼にすっかり癒やされました。
私は単純。でも本当に嬉しかったです😊
こんな悲しい事を嬉しいことに出来る彼。私の心の絆創膏はあなたです✨本当にありがとう😊
あぁ、また会いたくなっちゃったな🥰
どちらも現実。ポジティブな現実だけを見ていたいと思った、今日の出来事でした✨
~おしまい~


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