株式会社NexaScienceはじめます。
2024年10月に、株式会社NexaScience(ねくささいえんす)を設立しました。経営者として赤ん坊に等しい私が一人で会社を始めたところで、何も起こらないはずです。しかしながら今回は、最初から一緒にやろうと思ってくれる仲間がいて、そしてそれを面白がってくれる周囲の人たちも居るので、「何やっている会社なんですか?」とご質問頂いて、私からも色々なご説明をさせて頂くこともよくあります。
そんなとき私は決まって「何もしてません」というのですが、これは半分本当で半分ウケ狙いです。実際に、色々な仲間や先輩の方々とお話しながら模索を続けているところもあるので半分本当で、お世話になっているベンチャーキャピタルの方から「今のうちに考えていることを全部吐き出してしまったらどうか」というアドバイスを頂いたのでした。
そこでこの記事では、株式会社NexaScienceは何をしたい会社なのか、そもそも何で会社をやるのかなどについてお話をしようと思います。ええ、長文です。とても長い(書き終わった今、noteいわく全部で14,260字あるらしい…)ので、申し訳程度に目次を作っておきました。気になるところだけでも読んでいって頂ければ幸いです。
イントロの終わりに。これは株式会社令和トラベルの素晴らしい記事にインスパイアされて、タイトルもパクった(後の構成は完全にオレオレポエムとなり果てた)記事です。また同時に、cvpaper.challenge 〜広がる研究コミュニティー〜 Advent Calendar 2024の10日目の記事です。弊社を「正に産学の間の領域を埋めていくチャレンジングなことに挑戦されようとしていると想像しており、興味を持っている方が多くいると考えています。」と取り上げて頂き、紹介記事の寄稿をご依頼頂けたのはとても嬉しかったです。さらに12月10日はノーベル賞授賞式の日でもあり、AIでノーベル賞が出た記念すべき日に、AI自身がノーベル賞級の研究成果を挙げる未来を目指すぞ!と世界の隅っこで宣言する記事でもあります。
0. まず要旨だけ
NexaScienceでは、AIで科学技術を革新することをビジョンとして、科学技術の活用と創造をAIによって加速し、人間の創造性を最大限に発揮できる社会を実現することをミッションに事業を営んで参ります。科学技術の専門家の効率を爆上げしつつ、科学技術を活用する人のすそ野を広げて行く第一歩として、科学技術の活用をAIによってカンタンにするサービスを開発していきます。
これは私のライフワークでもあり、そして同時に所属するオムロンサイニックエックス株式会社の一つの目標でもあり、かつ私がプロジェクトマネージャーを務めるムーンショット型研究開発事業で求められているスピンアウトに該当します。AIによる科学者を作るための研究成果を自ら世の中に役立ててもらうことで、研究者の楽園を取り戻します。 会社の資料はNotionページに置いてあり、随時更新するので、気になる方は是非ご覧ください。
そして、創業メンバー募集中です!!! → info@nexascience.com まで
1. ところでお前は誰だ?
いきなりアラフォーのおっさんがドヤっている画像を出してすみません。自分の顔画像を貼りながら、自分の情報を良いように書いている間に一生分の冷や汗をかいた気がします…(プロの方に撮って頂いた写真なので、そのような写真があるのはありがたいのですが)。飾りっ気の無い個人ウェブページはあるものの、これは研究者同士で経歴を読み取るものなので、文字ばっかりであまり面白味がありません。そこから一部を抽出したのが上のスライドです。
1.1. ざっくりいうと
ビジネスにも興味のある研究者です。
1.2. より詳しく知りたい
という特殊な気持ちになってしまった方には、以下をご覧いただければと思います。
#6 ドラえもんの脳を作りたかった少年時代から、AI研究者になるまで:研究者・牛久祥孝を紐解く(前編)
前後編あって一番長いですが、幼少期のエピソードから色々と聞いて頂きました。今のムーンショット研究開発プロジェクトのオウンドメディアで制作しています。
#7 エンジニアリング視点とサイエンス視点の両輪で研究を:研究者・牛久祥孝を紐解く(後編)
前後編あって一番長いですが、AIのあるべき姿まで色々と聞いて頂きました。今のムーンショット研究開発プロジェクトのオウンドメディアで制作しています。
ヒントンに敗れた男、牛久祥孝氏が語る画像認識のトレンド「ディープラーニングの次のトレンドは情報変換」
ヒントンに敗れた男って何よ、という方へ。
研究機関か民間か「悩む必要なんてない」チューリング青木俊介が牛久祥孝に聞きたい【研究者のキャリアの話】
キャリア観についてTURINGの青木さんに深堀してもらいました。
記事が色々あっても全部読んでられない!と言う人は、この記事が一番まとまっていると思います。
2. 株式会社NexaScienceって何をするところ?
株式会社NexaScienceが何をするところかを述べる前に、何がモチベーションの源泉になっているのかを書き殴ります。そしてその次に、何をするところかの説明を行ったあと、会社としての方針についてよく聞かれるところを説明します。
2.1. 3つのペイン
そもそも、私自身が研究者として企業や大学にいた中で、そして知り合いの研究者や技術者と交流する中で、沸々と出てくる不満が色々あるわけです。ここでは3つにまとめてみました。
2.2. 時間なさすぎじゃね?
まずはこれ。無限に時間があれば、あの研究の追試もしてみたいしこのアイディアも試してみたい。気になる研究をしているあの人に情報交換のコンタクトを取ってみたいし、あわよくばコラボとかしてみたい。みたいな感じで、自分の興味の湧くところはたくさんあったり、アイディアが山のように出てきたりしても、それを全部やる時間はまるで無いわけです。
実態としてどうなるかというと、後述するような作業も追い打ちをかけて、わずかに残った時間で何とか研究の体裁を整えないといけません。
よくあるのが、大学なら教員が学生に、研究所なら上司が部下にそうさせるように、研究テーマをいろいろな人に任せることにするケース。しかしこれも全く解決策にはなっていません。私の師匠の言葉で、「自分が思った通りに研究をしてくれるのは自分だけ」だという趣旨のものがあります。その通りだと思います。結果として、テーマを提供した側は自分の思い通りに研究を進めてくれないことにフラストレーションが溜まります。一方で、テーマを提供された側にも言い分はあります。まず他人が思いついたアイディアをその通りに試すのって、あまり楽しくないんですよね(もちろん人によるでしょうが)。なので上手な先生などは、学生が自分でアイディアを思いついたかのように誘導する術を身に着けていらっしゃるものですが、これって研究者の能力とはまた違う能力であって、全員が身に着けているものでもありませんし、もちろん上手な先生でも全員をうまく思い通りにできることは無いと思います。逆に人によっては、あまり教えてくれない、むしろ色々詰められる、みたいにその通りに試すための適切な指示すらもらえない場合もあるわけです。
他の人に任せるのがダメだとして、じゃあ自分でやれるかとなるとそれはそれで大変です。
例えば上の画像のように、ある2人の人が全く同じ量の時間を研究に充てられるとしても、長い時間まとめて研究に充てられるのか、細切れに色々な研究以外の業務(を雑務と言ってしまうのは時としてどうかと思いますが)に取り組まなければいけないのかで状況が大きく変わります。まず、ほとんどの人は研究時間になっても、それまで何を考えていたかを思い出し、何を実験していたかを確認し、言語的に残っていない思考までリロードするのに一定の時間がかかります。つまり、いきなり研究に没入する(=マックススピードで走れる)ような状態には至りません。そんなときに何度も何度も呼び止められると、ほとんどマックススピードには至ることなく、成果もない状態で終わってしまうわけです。そんな中で学術調査をし、アイディアを思いつき、実験に試行錯誤し、論文をまとめ…ようとして実験を追加したり学術調査を追加したりしなければならないことに気が付き、何とか論文にまとめ上げて投稿しても査読でズタボロにされ…。
このような状態で、インパクトのある研究ができるでしょうか。恵まれた環境に居たり、めちゃめちゃ才能に恵まれていたりすればなんでもできるでしょうが、そうでなければ点数稼ぎのような研究が多くなるのも自然です。これは、日本のトップ論文数が年々低下していることとも関連していると思います。AIが含まれる計算機・数学分野が顕著に低下しているのはとても残念です。
2.3. 無駄な作業が多くね?
そして次にあるのが、研究開発に掛けられる時間以外の部分です。よくある、「大学の先生は研究以外にも教育や大学/学会の運営に忙殺されている」「企業で昇進していくと管理業務が増えて行ってプレイヤーではいられなくなる」と言うお話も、大前提としてあるでしょう。後者は大学でもそうですね。管理や運営、教育はそれぞれ(研究者であったはずの当人にマッチするかは置いといて)重要な業務であって、ここでタイトルにしている「無駄な作業」ではありません。
ここで「無駄」と述べているものは、本質的には同じものを何度も書き直す作業です。例えば企業では論文を書いたら(書かなくても)特許を書け、と言うところが多いと思います。場合によっては発明者自ら特許を書いているところもあるようですが、弁理士などに依頼できるとしても、論文を渡して終わりでは無くて説明資料を作成したり、それで作成された特許文書案を読んで誤りが無いかをチェックしたり、と結局時間はある程度かかってしまいます。想像しにくい場合は、あなたが書いたレポートを、あなたの全く知らない(たとえばスワヒリ語などの)言語で書いてね、と言われている状態を想像してください。自分自身でスワヒリ語で書くにはかなりの修練が要りそうですよね。一方で翻訳できるよと言う人が居ても、じゃあレポートを翻訳したからチェックしてねと言われると困ってしまいます。
他の例では、あなたが研究開発した技術を広報に使いたい、技術営業で説明したい、と言われたとき。自分の研究開発成果が広く使ってもらえるのはうれしい人も多いと思いますが、ここでもやはり平易な言葉遣いに気を配って時間をかけて説明を試みる必要があるわけです。サイエンスコミュニケーターという職業に価値があるのは、このような科学技術の知識をわかりやすく伝えるというのは(そうした研究開発に従事するような人とは異なる)専門技能を要求するものだからです。
つまり、研究開発とはアイディアを着想して終わりではなく、実験して終わりではなく、論文を書いて終わりではなく、特許を書いて終わりではなく、アウトリーチして終わりではなく…と言ったように、色々な形で最初のアイディアを表現する作業に追われる営みでもあるのです。
2.4. 今のサービスで解決しているんだっけ?
じゃあ今はだいぶん楽になったよね、perplexityやgensparkでサーベイできるし、ChatGPTやClaudeにpdf投げたら内容をまとめてくれるし、paperpileみたいな文献管理ツールとかNotionみたいなドキュメントツールに貯めておけるし、GitHub Copilotでプログラム書きやすいし、grammarlyやpaperpalで英文校正してくれるし、patsnapやAI Samuraiで特許も検索できるし…?
本当にこれは楽になったのでしょうか。
日本には、いにしえからビジネス文脈で使われているDXという言葉がありますが、DXのXはトランスフォーメーション=革新であって、そのままデジタル化しても道半ばでしかありません。そういった意味で、上記のように①研究開発の各ステップが全部バラバラなツールで実装されているのでツール間の移行が面倒くさいのと、②そもそもそれらのステップを愚直にデジタル上でやらなきゃいけないの?というのは何も革新的ではないわけです。
2.5. 研究開発の在り方を革新するよ!
そこで私たちの会社では、私たちのAIで出来ることから科学技術の活用や創造のプロセスを再定義し、より広い人々に開放したいと考えております。今までも科学技術に密接にかかわっている人はよりパフォーマンスが出せるように、そうでない人も科学技術にかかわれるようにしますよ!
じゃあ、具体的にどうやって?ということになります。
2.6. 衝撃!今のピッチスライドは会社の1/3の内容も踏まえていない…?
元々お付き合いのあったベンチャーキャピタルの方や、アクセラレータープログラムに参加していることによって他のベンチャーキャピタルからのお問合せも相まって、この3か月程度で色々事業計画資料やピッチスライドなどを更新してきました。(最近はウェブページから辿れるようにもしました。)
これです。
このnote記事にもところどころで使われているものです。…が、ここで公式ウェブサイトもご覧いただくと、以下のようなことが書いてあります。
はい、察しの良い方はお気づきの通り、今のピッチ資料は3つも書いてあるAIのうち①科学技術理解AIについてのプランがほとんどであり、また②ターゲットユーザーとして論文や特許の専門家以外にもすそ野を広げたいと言っている一方で、その広げ方はまだまだ途中の状態なのです。
一応言い訳はあります。
①については、AIのレベルとしてまず科学技術を理解するAIが先に確立されてから、科学技術を新たに生み出すAIが確立されるという順番が適切だと思っていることが理由です。(今の生成AIブームの前に、画像やテキストの内容を理解するAIのブームがあったことと対応しています。)アイデア&仮説生成AIや実験・検証AIも今研究中ですが、こちらが実用に耐えるようになるのはもう数年先だろうと思っています。
②については、まず市場とユーザーが読みやすいところについて考えようと思っているためです。市場としては論文や特許を扱うツールはあるものの、2.4.節で述べているようにまだキラーアプリでないものが散在している印象であるところを攻めたいと考えていて、まず期待するべきユーザー=論文や特許を普段扱う専門家から、ということを考えています。
はい、言い訳終了。
色々言ったものの、会社としては今の3倍くらいやりたいことがあるが、ピッチ資料にはまだ出てきていない状態です。
2.7. じゃあ科学技術理解AIでやりたいことって?
ピッチ資料に出ていない部分は創業メンバーや周りの人々と議論中であり(なお、創業メンバー募集中です!)、今後紹介するとして、じゃあピッチ資料に出ている部分だけでももうちょっと紹介しろよ!!!となると思う(なって欲しいと思う)ので、そのご紹介に移ります。
上のグラフは、世界中で出版されている論文と出願されている特許の年毎の本数の推移です。ご覧のように、徐々に増加スピードが上がっている状況です。
それだけ新たな研究や発明が生まれているので、イノベーションし放題だね!やったね!!!みたいになりそうですが、正直弊害もかなり大きいと思っています。それが…
ということです。私も研究者の端くれのつもりですが、もはや関連する分野の論文を一通り追うなんていうことは夢のまた夢の状態です。同じような話は特許側にもあるみたいで、知財担当者でも「もう特許を全部フォローするの無理」と複数人から救いを求める声を聞いています。
論文や特許を追いきれないとどう困るのか。まずは、こうした論文や特許を全部追い切れていないので、「こんな研究/技術があるんだったら我々の□□という課題は解決できたのに!○○という新たな研究開発ができたのに!」みたいな機会損失が起きるわけです。そして場合によっては、実施している研究開発に基づいた論文や特許が、先行して出てきていた論文や特許と被っているのに気づかず、論文や特許が審査で拒絶されたときに初めてそれらに気づく=研究開発に向けた人件費や開発費が無駄になるということもあり得ます。それだけでもかなり痛いですが、更には既存の特許を気づかずに侵害していたとなると、訴訟を起こされるリスクもあります。事例としては、数十億から数百億の損害賠償を命じられることもあります。
そして、ここでもう一つ強調しておきたいのが、こうした損失は特許や知財を扱う専門家に限られた話ではないということです。吹き出しに色々書いてあるように、ある分野の論文や特許に詳しい人以外であっても、その論文や特許の内容が理解できていたら△△ができたのに!ということはたくさんあります。
例えば投資家が、投資先候補である企業の技術的な価値を判断したいと思ったとき、その企業が持っている論文や特許を読めれば判断の有力な手掛かりとなります。例えば経営者が、我が社に無い△△の技術に強い会社とコラボしたいというときに、それぞれの会社が持っている論文や特許を読めれば、それをもとにコラボ先を見つけられます。例えば人材採用担当が、我が社で手薄な☆☆の技術をもっている人材を採用したいと思ったときに、論文や特許を読めればそれぞれの人材が持っているスキルセットが分かります。
…本当にその論文や特許を読めれば、ですが。
上記の例ではいずれも、それぞれの会社自体では手薄な領域の専門性を有している企業や個人に対する技術評価を行わなければなりません。例えば私はAI分野であれば論文や特許を見た時に色々と判断できますが、例えば医学の論文や特許を見せられても、そこに何が書いてあるのか、どのくらいすごいのか、まるでわかりません。
そこで、私たちはこうしたムズカシイ論文や特許をカンタンにするAI駆動プラットフォームInnoSightを開発して、専門家・非専門家がもつ課題を解決していきたいと考えています。基本となるAI技術、論文や特許を横断的に扱えるようにしたいという方針は共通していますが、私たちの信念として、何でもできるように見えるツールは使いにくいということがあります。それぞれの想定ユーザーごとにUIやUXを作りこんで、そのユーザーがやりたいことに集中できるようにしていきたいと考えています。
じゃあ共通する部分て何?と言うことになりますが、主要な部分として3つ挙げています。
まず一つは論文や特許の提示ですが、従来の検索のように、本人が探したいと既に思っているものを探すのではなく、本人がまだ需要に気付いていないようなものを教えてくれる機能が重要です。例えばプログラムを開発中に、この技術で10倍高速になりますよ、と言うことを教えてくれるものです。
二つ目としては創作を支援する機能です。例えば論文や特許、それらに類する文書を書こうとしているときに、新たなアイディアを提供したり、この論文や特許を参照した方が良いということを教えてくれたり、似た論文や特許ではこういう実験や実施例がありますよと提案してくれたりするものです。
最後に挙げるのは、ユーザーに即して上記のような提案の分かりやすさを変えてくれる機能です。ユーザー自体の専門性の高い領域については短く端的に、そうでない領域については背景知識や動向なども踏まえて丁寧に説明してくれることが、それぞれの専門性に応じた「分かりやすさ」につながると考えています。
2.8. そんなのGPTでできるんじゃね?
できません。
たしかに、このような質問はよく聞かれますし、そう突っ込みたくなるだろうなと思います。実際GPTやClaudeなどの大規模言語モデルに基づいたチャットサービスでは、一般的なビジネスの知識だったり大学の学部生くらいまでの知識だったりは有していると言える状況です。
一方で、本当に専門的な部分まで正しく理解して返してくれるかというと、そうはいきません。そこでやられるのは、何を求めていて何を求めていないのかのプロンプトを長々と書くことです。それでも思い通りの回答が一発で得られることは少ないので、更に「○○についてはどうなっていますか」とか「□□を詳しく教えてください」とか追加の要望を与えていかないといけないのが現状です。そしてこれを論文や特許ごとに毎回繰り返す…のが嫌であれば、追加で学習するコストを払わなければなりません。巨大なモデルへの追加学習は、データの収集や追加学習への人的・計算機的コストが大きいです。
そこで私たちは、ユーザーとGPTたちとの間に仲立ちをしてくれるテイミングAIを開発しています。テイミングAIはユーザーごとの専門性やどういう観点に注目したいのかというプリファレンスを素早く覚え、ユーザーの代わりにGPTなどの猛獣を手懐けてくれる存在です。
なぜ起業して2か月くらいしか経っていないのにこんなことを言えるのかと言うと、私たちは国の研究開発プロジェクトであるムーンショット型研究開発事業のプロジェクトからのスピンアウトであるためです。私自身がプロジェクトマネージャーとして研究開発しているのは、AI研究者と化学研究者からなる10機関の研究チームから、AIによる科学者を実現させようというものです。詳しくは3.1.節でご紹介します!
2.9. ぶっちゃけ受託?プロダクト?
ここからは会社としての方針でよく聞かれる質問にお答えするパートです。最初はベンチャーにとって永遠の課題?みたいなご質問ですが、私たちとしては少額の受託を積み上げていって売り上げとすることは考えていません。(つまり巨大な受託が出てくるのであればありがたく検討します。)
メインの売り上げはプロダクトをSaaSとしてtoBでご提供していくところであると思っています。toCのご提供やカスタム開発を行うことによる開発費の受領も大いに検討していますが、メインはプロダクトであるということに変わりはありません。
2.10. 資金調達する?
します。
AI駆動で研究開発を革新する研究は国際的にも非常に注目されている分野で、非常に巨大な資本が動いています。例えば基礎研究フェーズの例では、カナダのトロント大学を中心に化学をAI自律駆動科学(≒AI for Science)の研究を行っています。対象は化学分野限定と言うことで、NexaScienceよりも領域を絞り込んだ状態で、なんと2億カナダドル×7年の資金が投じられる予定になっています。産業界でもMicrosoft ResearchやIBMなどはAI for Scienceの研究を行っていますし、何しろ今回ノーベル賞を受賞したGoogle DeepMindの研究もAI for Scienceのど真ん中です。つまり、私たちとしても(技術やフォーカスはだいぶん違いますが)AI for Scienceの研究をさらに加速して製品開発を直ちに行っていく必要があります。徐々に売り上げの経つようなところから自然に成長させていくアプローチでは間に合わない、というのが私の仮説です。
資金調達をするからにはイグジットを考えなければならないということで、まずはユニコーンを目指したいと思っています。(まずと言いながら大言壮語を吐くスタイル)
こんな赤ちゃん企業なのに、世界でも最大級のベンチャーキャピタルであるグローバル・ブレインのアクセラレータープログラムXLIMITに採択頂きました。このプログラムではいろいろなことを教わるだけではなく、終了時に1000万円の出資を頂ける予定です。このアクセラレータプログラム後には約2/3が更なる資金調達に成功しているということで、採択率5%以下の非常に狭き門となっています。シリーズAを狙う企業が受けるプログラムに、シリーズAどころかシードラウンドも始めていないようなところ(注:2024年12月現在プレシードラウンド中です。ご興味のある方はぜひお声がけください。)が採択されるとは…大変恐縮です。
3. 株式会社NexaScienceを立ち上げたのはなぜ?
最後に、なぜ会社を立ち上げたの?というご質問に答えていきたいと思います。一番ストレートな答えは、あらゆる条件が整って後押ししたからと言うことに尽きるのですが、じゃあどのような条件があったの?というところを書いていきたいと思います。
3.1. ムーンショット型研究開発プログラムの要請だったから
まず、2.節でも触れたように、NexaScienceはムーンショット型研究開発事業のTAUROプロジェクトからのスピンアウトです。
私たちTAUROプロジェクトは、2050年にノーベル賞級の研究成果を挙げるようなAIサイエンティストを作りたい!という目標を掲げて、そこからバックキャストしてマイルストーンを置いていきながら研究開発を進めています。(こらそこ!研究者に2050年までの目標を設定させているのに、2030年までしか研究させないプログラムなのは変だねとか言わない!)
AIサイエンティストと言うと、特にAIニュース詳しい勢はSakana AIのThe AI Scientistを連想されると思います。
Sakana AIのThe AI Scientistは、AIを研究するAIサイエンティストで、上の図のように青いボックスの部分でアイディアを着想して、オレンジの部分で実験し、灰色の部分で論文原稿を書いて緑の部分で自己採点します。放っておくとAIがAIの研究を勝手にやってくれる!すごいね!というもので、界隈ではかなり話題になりました。
では私たちのプロジェクトと完全に被っているのかというと、そうでもありません。一つ目は、Sakana AIのThe AI ScientistはAIのためのAIサイエンティストであって、一般的な科学技術分野への拡張は考えていないということ(Sakana AIのCTOであるLlion Jonesと話したので間違いない?)。そして二つ目に、私たちのAIはテイミングAIに代表されるように、インタラクションを大事にしていることが挙げられます。
そんな私たちのプロジェクトは、ありがたいことに政府からも一定の注目を頂いています。文部科学省が例年発行している科学技術・イノベーション白書という白書があります。この白書では毎年全学術分野から特定の切り口での議論を行うのですが、令和6年度版ではAIが取り上げられ、さらに第4章ではAI for Scienceが章全体で取り上げられています。行政としてもAI駆動科学に非常に関心を寄せていることが分かりますが、ここで2つだけコラムとしてハイライトされた取り組みがあり、そのうちの一つが私たちのムーンショットプロジェクトでした。
国の研究開発プロジェクトとしては最大規模のプログラムの一つなのですが、このように規模が大きいプロジェクトに共通する使命として、社会実装へ向けた取り組みをプロジェクト内で考えるということがあります。これだけ大きな額で日本からエールを受けて進めているプロジェクトなので、日本に何らかの形で恩返しをする必要があるということで、非常に重要な宿題です。
よくある社会実装は、研究成果を何らかの事業会社に渡すという形なのですが、一般論として基礎研究のプロジェクトからの研究成果を欲していらっしゃるような企業を見つけるというのはとても大変です。…というかそれってNexaScienceの事業として考えているInnoSight Collab(2.7.節)が解決したいペインそのものですよね。
そして、私たちは研究者として論文や知財にも関わっているし、2.1.節以降で挙げた3つのペインは私たちのペインでもあります。せっかく自分たちでドッグフィーディングしながら研究開発できるプロダクトがたくさんありそうなのに、そこを他の人に丸投げするのはもったいない!
しかも一般的な社会実装は研究開発プロジェクト機関の終盤に動き始めることが多い一方で、私たちは2023年1月に始まったばかりの研究開発プロジェクトでありながら、もうさっそく社会実装していくぜ!というアグレッシブな体制を取ろうとしています。そうすると、ムーンショットでの基礎研究の傍らでNexaScienceで事業を展開し、そこから研究課題をムーンショットに返すような緊密な連携が重要になります。そのような体制を取る時に、基礎研究側と社会実装側がどういう体制だと一番緊密になれるか…?
そう、自分たちでやる体制が一番面白そうですね。
現在の私たちNexaScienceのメンバーのほどんどは、それぞれ大学や研究所の研究員としてTAUROプロジェクトに関与しているメンバーです。もちろん、プロジェクト外部からも創業メンバー募集中です!
3.2. オムロン サイニックエックスのテーマだったから
上述のとおり、ムーンショット型研究開発事業はいろいろな大学や研究所からなるチームで受託しています。私はオムロンの研究所であるオムロン サイニックエックス株式会社の研究者として、プロジェクトマネジメントと実際の研究課題の推進に従事しています。
オムロン サイニックエックスは、普通の研究所とは毛色が色々異なるところです。その詳しくは、人工知能学会誌に寄港した以下の記事をご覧ください。
牛久祥孝. 3 年後の壱萬円札に寄せて─どうすれば現代に研究者の楽園を確立できるか─. 人工知能学会誌, Vol. 36, No. 2, pp. 129-135, 2021.
このオムロン サイニックエックスでのチャレンジの一つに、ここで生まれた研究成果からスピンアウト(カーブアウト)を生み出していく、ということがありました。一方で2018年に始業して以来、7年目の現在に至るまでそうした起業は発生していなかった中で、いつかやりたいいつかやりたいという機運が高まり続けていました。実際、現在NexaScienceには20人前後のメンバーが居ますが、その過半数はオムロン サイニックエックスの研究員です。
3.3. ライフワークだから→そしてまとめ
この節について一から語りだすと、これもまた長いので…。実は直前の節で紹介した人工知能学会誌の記事でも大分漏れ出しているんですが、せっかくnoteでアドベントカレンダーの記事を書いているので、同じく4年前にアドベントカレンダーの記事として書いた以下の関連文献を貼っておきます。
なお👆の記事も10,130字あるので、「ここまで来て更にそんな長文読ませるな!」と生卵を思わずつかんだそこの貴方には、以下の3行まとめを貼っておくので、その生卵をつかんで振り上げた手をおろしてください。
著者は2012年にMicrosoft Research (MSR)でインターンを経験し、その際MSRが世界トップの研究機関として国家レベルの研究成果を出していることに衝撃を受けた。
MSRでは充実した福利厚生、研究環境、人的交流があり、研究成果が迅速に製品化されるなど、「研究者の楽園」とも言える環境を体験した。
この経験を基に、著者は日本でも同様の研究環境を作ることを目指し、NTT研究所、東京大学を経て、オムロン サイニックエックスとRidge-iで新たな研究×事業の形に挑戦している。
引き続き、経営者として研究者の楽園を作れるかを目指す営みをNexaScienceで作っていきたいと思っています。図らずも、単に基礎研究と社会実装のループがうまく回ることでの研究者の楽園というだけでなく、研究のプロセスを革新することでも研究者に貢献しようとするという意味で「ダブル楽園」を目指す運動みたいになったのは感慨深いです。そして今は単に研究者のためだけの場では無くて、科学技術を取り巻くコミュニティのすそ野を広げて皆で創造的な仕事を楽しめるようにしようよ!という思いに至っています。
経営に正面から向き合う立場としては初の試みであり、いろいろな困難にぶち当たることが予想されます。(と言うか既にぶち当たっているところはあります。)この記事を読んで、お手伝いしてみたいなと思って頂けた方は、どんな立場でもよいのでまずはご一報ください。
プロフェッショナル同士が、そしてプロとプロを繋ぐプロ同士が、AIを活用しながら楽しく活動できる場を一緒に作りましょう。