恐ろしくも美しい光景 1240日
群がる黒い奴らの眼差しが
水面の上に向けられている
池のほとりに立つ一人の少女に注がれている
一心不乱 狂喜乱舞 絶叫奇行
少女の指先には球状に丸められた
小さなエサがつままれている
今まさにそれが鯉たちのいる
池の中へと投げられようとしている
あぁ音も無く描かれていく放物線
エサが池に落ちると途端に飛び散る水滴
ばしゃりばしゃりと
争い乱れて押し退け奪い合い殴り合う音
小さなエサを求める野蛮な欲望によって
池の水面にはいくつもの輪っかが広がっていく
重なり膨らみぶつかっては飲み込まれていく
再び少女は静かにエサを投げた
エサが水面に着くか着かないかのタイミングで
池は再び混乱状態
鯉たちは我先に飛びかからんばかりに
水面上に顔を突き出す
幸せものの口へとエサが吸い込まれていく
平穏だった池の雰囲気は少女の指先に
つままれた直径5ミリ程度の
小さな塊によって一瞬にして壊れてしまった
飛び散り乱れる水滴
水面から飛びかからんばかりに頭を突き出しては
口をぱくぱくと動かす鯉たちの形相は
魚のそれとは似ても似つかない
むしろ飢えたライオンの前に
生肉を差し出した時に
見られる荒々しさにそっくりだ
いくつもの血走った眼が少女の指先に注がれ
涎を垂らした凶暴な唇を
(鯉だから歯はないからね)
少女が投げたエサが運良くすっぽりと
口の中に入ってくれる事を願いながら
ぱくぱくと動かしてる
優雅さからはかけ離れた野蛮さを
兼ね備えた生き物たち
鰓呼吸を忘れて自分達が魚だと言う事も
忘れてしまったかの様な生き物たち
魚のイメージとは真逆の凶暴さもまた
少女の行動によって操られていると言う事にも
鯉たちは気づいていないようだ
全くもってすっかり池中の鯉たちを支配し
欲望を操る煽動者となった少女は
まだたったの5歳
その甘美の感覚に酔いしれるには若すぎたが
あぁあどけないその顔に浮かぶ
笑みの形のなんと恐ろしい事か
あぁ将来が末恐ろしい
鯉たちはまったくもって
なんて恐ろしい感覚を
少女に教えてしまったのだろうか
少女は楽しそうに鯉たちにエサをやる
小さなエサが瞬く間に飲み込まれていく
それを恐ろしいと思えるのは
おかしな感覚だと思うべきか
それとも美しい光景だと思うべきか
鯉たちの血走った眼に
少女の笑みが反射して不気味に煌めいている
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