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2020年12月の記事一覧

#42 霧

たくさんの眠りたちの 泥のように重たい

霧を 切り裂いて 自動車は

進む かれらの

無数の夢を蹂躙しながら 深く 遠い部屋を

めざして。

運転手はタバコに火をつけ 前を向いている

けれど何も見ていない 彼は。

夜の眠りの霧の中を ぼうっとした灯りだけが

静かによぎってゆく

その あとから 刹那に

クラクションの大音量が

うち響いてくる 確実に、

しずかに。

#41 意味

いっぽんの麦を摘む

そこに意味はあるか

かぼそいその命は

意味を持って生まれてきたのか

憂いや 義務や 運命や 未来や

そういったつまらないものをすべて越えて

ただ

いっぽんの麦は

屹立する

しずかに風に応え 穂をそよがせながら

ただその乾いた茎のうちに

螺旋のように萌えつきる焔を

事実としながら。

#40 花火

黒ずんだ泥濘のなかから 一人の死者が咲いた

花のようにあでやかに それは見事に死んでいた

教会堂の石櫃のごと それはうららかなる明度

「花」か「死体」か ラヴェルは迷い

そして壜には 「花火」とつけた

#38 渡し守

#38 渡し守

 白熱電球の微光が、夜の霧を貫いています。ここはひどく寒い。雪にとざされたローカル線末端の駅の待合は、まるで暗闇の大洋に浮かぶ一艘の帆船です。排気ガスを吸い込んだ雪のような、わたしの制帽の下のくすんで醜いグレーの髪がガラス窓に映って、悲しみでもなく、達成感でもないうつろな感情が、しずかに立ちあがってくるようです。待合の石油ストーブの上にかけた薬缶のお湯が、少しずつ気体となって、わたしにわたしが生き

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#34 まわる

#34 まわる

 コインランドリーの大きな洗濯機の窓たち。柔軟剤の香り。流れてゆく時間。LED電球の過剰な明るさ。待合椅子。洗濯機の規則的な駆動音は輪唱となって、しずかに空気を揺らす。人々の暮らしは、色とりどりの渦のなか。洗濯機の円い窓の奥のほうに、わずかな暗がりがあり、そこにはほのかに悲しみが淀んでる。夜に浮かぶ小さな小舟の中で、動力部のように、それはまわっている。まわってゆく。

 生活はまわる。きょうも。き

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