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思考力を鍛える新書【第46回】難民とは何か?

連載第45回で紹介した『人道的介入』に続けて読んでいただきたいのが、『あやつられる難民――政府、国連、NGOのはざまで』である。本書をご覧になれば、なぜ「難民」が生じるのか、政府・国連・NGOはどのような思惑で動いているのか、将来の「難民受け入れ」はどうあるべきか、明らかになってくるだろう。

著者の米川正子氏は、1967年生まれ。神戸女学院大学卒業後、南アフリカのケープタウン大学大学院国際関係学研究科修士課程修了。国連難民高等弁務官事務所職員、立教大学准教授などを経て、現在は筑波学院大学准教授。専門は国際関係論・人道支援論。とくに難民や強制移動に関する実証研究で知られ、『世界最悪の紛争「コンゴ」』(創成社新書)や『アフリカから学ぶ』(有斐閣、共著)などの著書がある。

さて、1951年に国連で決議された「難民の地位に関する条約」の定義によれば、「難民」(refugee)とは、「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた」人々を指す。また、紛争などで自分の住居を追われたが、国境を越えられずに避難生活を送っている「国内避難民」を含めるケースもある。

決議の前年の1950年に設置された「国連難民高等弁務官事務所」(UNHCR: The Office of the United Nations High Commissioner for Refugees)は、もともとは第二次大戦後、国外への避難を余儀なくされた数百万人のヨーロッパの難民を救うために設立された機関で、当初は3年で難民の救済活動を完了する予定だった。実際には、ナチス・ドイツの迫害から逃れたユダヤ系難民を対象としたのである。

ところが、その後も難民は増え続ける一方だった。1956年10月、戦後10年以上にわたってソ連の傀儡政権による圧政に苦しめられてきた民衆が、「反ソ連・反スターリン・反独裁」を求めて蜂起した。いわゆる「ハンガリー動乱」である。ソ連は15万人の軍隊と2500両の戦車で軍事介入し、ブダペスト市民ら17,000人以上を殺害した。政府の秘密警察は、「動乱」に加担した市民を探し出し、拷問して、処刑した。迫害を受けるおそれのあった約20万人の民衆が、隣国オーストリアに避難した。

UNHCRは、避難したハンガリー人を「事実上の難民」と認定し、「緊急支援」(難民キャンプを設営しテント・毛布・水・食糧・生活用品・医薬品などを提供)と「自立支援」(第三国への定住に向けての教育・就業支援)を行った。この「動乱」を契機として、UNHCRの人道支援の具体的方針が定められたわけである。その後のUNHCRの活動は高く評価され、1981年には二度目のノーベル平和賞を授与されている。

今でもアフリカや中東、東南アジアやラテンアメリカの各地で紛争が勃発し、終わりの見えない戦闘が続き、大規模な難民危機が繰り返されている。驚くべきことに、世界の「難民」のグラフは右肩上がりに増加し、過去最高記録を更新し続けているのである。2019年末時点で、UNHCRの支援対象者は約8,650万人となり、その数は過去10年で2倍以上に増加したという(2009年の支援対象者は約3,640万人)。現在の世界人口比率からすると、約100人に1人が難民だという状況なのである。

難民を、迫害される可能性がある国へ強制的に送還することをフランス語で「ルフールマン」(refoulement)と呼ぶ。「ノン・ルフールマンの原則」という国際法は、いかなる政府も、難民を強制退去させてはならないと定めている。しかし、1994年にルワンダで「大虐殺」が生じた際、5万人以上の難民が押し寄せた隣国タンザニアは、国境を閉鎖した。本書の事例を読むと、理想と現実のギャップに驚かされる。

本書には、各国政府・国連・NGOに対する真摯な批判も含まれている。実際にUNHCRのルワンダ事務所で難民支援に携わった米川氏の言葉だからこそ、重みがある。

難民の定義を超えて、そもそも難民とはどのような人々で、社会においてどのような立場にいるのかという基本知識について、案外知られていない点だ。一般的に、難民とは「紛争などから逃げた、かわいそうな犠牲者」というイメージが強いと思うが、さらに突っ込んで、誰によって、どのように、そしてなぜ犠牲になったのかという問いにきちんと答えられる人は多くないと思う。(p. 302)

難民問題の「本質」はどこにあるのか、世界における「人権問題」の意味を考えるためにも、『あやつられる難民』は必読である!

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