小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第10話

〈前回のあらすじ:妊娠中の妻・華に家出された浩介は、妻が電話口で言っていた海路という男について、B市に出張で訪れた華の妹・雪から聞かされる。華は、浩介と出会う前に海路と交際していたが、家族に交際を反対され破談になった事を未だに根に持っているようだった。〉

「でも華は結局俺と結婚したし・・・よりは戻してないよね?妊婦だし、今更元カレとよりを戻して不倫っていうのは考えにくいんだけど。ずっと連絡を取ってたのかな?」
 浩介の疑問に、雪が返事をした。
「さぁ。あたしの考えでは、よりは戻してないかもしれないけど、水面下で連絡は取り合ってた可能性はあるかも。家族全員でもう連絡取るなって言ってたから、取ってたとは信じたくないけど・・・」
「何で華はそんな男と付き合ってたんだ?」
「さぁ、お姉ちゃんの考える事は判らない。でもずっと悩みを聞いてもらってたって本人が言ってたし、仕事の悩みとか、ずっと相談してたみたいですよ。家族じゃなくて、彼に相談するんです。肉親より他人を優先するなんて、間違ってますよね」
 華の家族は血縁を重視する傾向にある気がする、と浩介は思った。他人をあまり信用していない考えの人が多く、身内で結束感が強いのだ。その分家族喧嘩もかなり多い。皆気性が荒い所があるのもそうだろう。娘達に対して過保護で過干渉な両親が、特に天然な所のある長女にはより過保護にしているようには浩介にも判っていたが。よく、自分が娘婿として受け入れられたなあとは思っていた。しかし過去にそういう経緯があったなら、娘が連れてくる男自体に警戒心が生まれてもしょうがないかもしれない。
 だとしても未だに昔の事を持ち出してくる妻は、何がしたいのか本当に理解できない。

 妻の事が理解できないまま、それから更に2週間が過ぎた。セルフィッシュ探偵事務所を訪れてから、1か月近く経って、浩介は再び探偵社を訪れた。
 三日月は前会った時と変わらず、おしゃれな外見に似合わない落ち着きがあった。
 応接室に通されてコーヒーが持ってこられ、浩介が一口飲んだタイミングで彼は話を切り出した。
「奥様の居所を突き止めるのは本当に大変でした。何しろ友人知人などのつながりが一切無い、全く関係の無い所ですからね。普通なら2か月ぐらいかかってもしょうがない所でしたが、全力で探した結果、突き止める事に成功しました。こちらが調査結果です。順を追って説明させて頂きますね」
「お願いします」
 三日月は、一仕事したぜという顔で、紙の束と複数の写真を机の前に置いた。紙や写真を見せながら、彼の長い説明がスタート。
「まず、奥様が一緒に居るこの男、彼は藤原海路。年齢は36歳、身長170cm。奥様が浩介さんと付き合う以前に交際していた、所謂元カレです。奥様とはXのフォロワー同士として仲良くなり、奥様の悩み相談にのるうちに交際に発展。結婚話も出ていたそうですが、しかし奥様のご両親や妹さんの反対で破局。理由は奥様や奥様のご両親に対して素性を明かさず、職業や細かい住所なども一切教えず、ご両親が不信感を抱いて大反対したからです。奥様は藤原の事を信用していたため、素性が判らなくても気にしない、駆け落ちするつもりでしたが、奥様のご両親の鋭い追及をうっとうしく感じた藤原が奥様を振り、破局に至ったという訳です」
 探偵が最初に見せた写真には、隠し撮りだろうか、スーツ姿で1人歩いている藤原海路の姿が。色白で面長、36歳にしては老け顔で、40ぐらいに見える。おでこはその年齢にしては少しだけ広い。髪の毛が少し後退している。ほうれい線がくっきりしていて、ひょろりと細身。イケメンではない。フツメン・・・というか、ブサイクに近いのではないか。妻はこんな男の何が良かったんだろう?
「職業はフリーのコンサルタント。職業や出自を頑なに隠していたのは、以前詐欺まがいのコンサル会社に勤めていたので、その辺を言いたくなかったのでしょう。その割に父親が元警察官なので、その辺の矛盾も追及されたくなかったんでしょうね。出身は博多。で、こちらが」
 と言って次の写真を示す。そこに写っていたのは、藤原と腕を組んで歩く妻の姿だった。身長が150cmしかない華は、藤原との身長差が結構ある。嬉しそうに藤原を見上げている。一方の藤原は、どや顔だ。年下の女を侍らせているのが、そんなに良いか。浩介はこの写真を見て吐きそうになったが、今は吐いているどころではない。
 震える声で探偵に聞く。
「あの・・・二人は、その、」
「肉体関係があるのか、という事ですか?」
 冷静に質問返ししてくる三日月に、浩介は吐き気を抑えるために息を吸って大きく頷いた。
「いえ、我々も調査しているうちに明らかになった事ですが、二人の間に肉体関係はありません。過去に交際していた時はあったでしょうが、少なくとも今はありません。ラブホテルに行く事は一度も無く、奥様の滞在先も、藤原の自宅とは異なります。自宅とは別に持っているマンションの一室に滞在させているようです。藤原が奥様の滞在先に行ったり、反対に奥様が藤原の自宅に入っていく様子はありません。張り込んで見ている限りでは、たまに藤原が奥様の滞在先のマンションに、食料などの差し入れを持っていく事はありましたが、それを渡すだけですぐに帰っています。二人で会う時は基本的にどこかで待ち合わせをして、食事や買い物を楽しんでいるだけのようです。外出先でキスをする事はありますが、肉体関係は持っていません。おそらく、離婚が正式に成立するまでは、お互いけじめとして決めているのでしょう」
 藤原が見せてきた別の写真には、中華街らしき、外国のような場所で、藤原に買ってもらったであろうパンダのぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめている華と、その華のほおにキスしている藤原の姿が。
「これは横浜中華街での写真です。藤原は横浜在住で、奥様の滞在先の部屋はそこからほど近い、マンションです。当社の横浜支社にも協力してもらって調査致しました」
 華は横浜に居るなんて・・・。
                             次回に続く

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