小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第四話

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(登場猫物紹介はこちら↑)

第四話

「にゃー」
 とある一軒家。
 両親と女の子の三人家族に飼われている猫が、お腹を空かせて餌をねだる。
「はいはい、待っててね」
 その家の母親が猫に餌をやると・・・猫は美味しそうに餌を食べ始める。そしてそのまま眠ってしまった。
「あらあら、可愛いわね」
「かわいいねがおー」
「可愛いなあ」
 両親と女の子は猫を見ても眠っているだけだとしか思わない。三人は猫を撫でた後、家族のお出かけに行くために出て行ってしまった。家族が出かけた後、その家で飼われていたもう一匹の猫が、何か起きていると感じて、眠っている猫を起こす。
「起きて!起きてにゃ!」
 しかし起きない。猫は不安を感じ、家の窓からそっと抜け出し、路上に出るとにゃーにゃーと鳴いた。すると野良猫が面倒くさそうに数匹出て来たので、
「大変にゃ!誰か、CATのメンバーの知り合いが居ないにゃ?!大変にゃ!」
 それを聞いた一匹の野良猫が、
「落ち着くにゃ。近くの家にCATのメンバーの猫友が居るから今話をつけにいくにゃ。まあ落ち着け。CATには凄腕のエージェントが居るらしいから、どうにかしてくれるにゃ。何でも、長毛の黒猫で、名前はえーっと・・・令」

「エージェント令、ただいま出勤にゃー!」
 猫用ジェットに乗った令は、首輪の通信機でリーダーのごん太と話しながら空を飛んでいる。時刻はもうすぐ日付が変わろうかという頃だった。広島県上空を飛んでいる。
「令ちゃん、ほんま助かるわあ~。やっぱ令ちゃんはうちの最強メンバーやで」
「ありがとうにゃ、ごん太!今日の任務はどんなのにゃ?」
 名エージェントとして振る舞う令だが、家を出る前に夜更かしの飼い主二号がいつまでもパソコンにかじりついて寝てくれないので麻酔銃で眠らせたのは、CATには秘密である。
「今回の任務はな、ペットフード会社に潜入捜査してもらおう思てな。ここ最近、そこの会社が出してるキャットフードを食べた猫達が急に眠ってしまうと、全国各地からCATに通報があったんや。この会社は山口県に本社があるから、近い令ちゃんに出動してもらおう思たんや。令ちゃん、ほんま頼むわ」
「今日は令だけにゃ?」
「いや、陸にも頼んだ」
「そう、俺!」
 通信機からは同じく現場に向かっているであろう陸の声。
「あと、トムにも頼んだんや。トムは山口のご当地アイドルの女の子と一緒に、一日警察署長の仕事があるから、山口に前乗りしとるからちょうどええと思ってな」
「判ったにゃ!あれ、今日ハッキング担当のすずは?すずは居ないにゃ?」
「あー・・・すずちゃんなあ、飼い主さんが海外出張に行ってるらしくてな?飼い主さんのお姉さん夫婦のところに預けられてるらしくて、お姉さんの所には姪っ子ちゃんが二人居てて、すずちゃんの事も可愛がってくれるらしいねん。すずは子供好きやからそれはええんやけどな、姪っ子も乱暴ちゃうし。ただ子供とずっとおると任務に出かけるのは難しそう屋から、それで今日はおらへんのや。代わりに別のメンバーがリモートでハッキング作業をやってくれてるから、心配せんでええで」
「了解にゃ!」
 こうして令は山口県に向かった。
 しばらく飛行していると、指定されたペットフード会社が見えてくる。適当なところで着陸し、周囲に怪しまれないよう四本足で歩く。会社の前には警備員が立っていて、入れそうにない。ガラス張りのドアの前で睨みを聞かせている。
 仕方ない。正面突破は難しそうだから、ここは猫らしく行こう。令がそう思った時、後ろから声がした。
「おや!この僕の事を忘れてるなんてひどくない?」
 振り返ると、キュートすぎるアメショーのオス。
「トム!」
 令は嬉しくなってトムにハグした。トムは照れくさそうに笑って体を離す。
「おとりのために僕が居るのに、忘れたの?令ちゃん」
 それと、陸も居る。父親違いの令の兄弟、陸もにこっとして令の肩をぽんと叩いた。
「令、今日も頑張ろうにゃ」
「うん!」
 こうして三匹のエージェント達は集合した。トムが警備員の気を惹きつけている間に侵入するというシンプルな作戦で行く予定だ。
「全く、それにしてもごん太は僕に対して猫遣いが荒いにゃ。朝になったら仕事があるってのに」
「トムはすごいにゃ!タレント猫として頑張ってると思うにゃ」
「まあね?言っとくけど僕、その辺の芸能人よりも稼いでるからにゃ?CM契約してる会社、何社あると思う?」
 トムの自慢を聞きながら、正面玄関まで四足歩行で歩く。警備員が視界に入った時、令と陸はさっと物陰に隠れた。トムは警備員と目が合った瞬間、ごろんと横になってお腹を見せ、その瞬間、
「にゃあ~ん❤」
 と最高に甘ったるい、可愛い声で鳴いてみせた。
 険しい顔つきで会社の前に立っていた制服姿の警備員のおじさんは、それを見て聞いたと思いきや、顔が一気に緩んで、トムの方にしゃがみこみ、自分も甘ったるい声を出しながら近づいてお腹を撫で始めた。
「あらあ~可愛い猫ちゃんでしゅねええ~❤どうちまちたか?こんなところで迷子でちゅか?」
 どんな強面おじさんも、一流タレント猫のトムにかかればお茶の子さいさい。
「タレント猫のトムちゃんに似てまちゅね~❤」
「似てるも何も、本猫にゃ」
 令は呆れてぼそっと呟きながら、今のうちにおじさんの後ろを通って、陸と一緒に忍び込む。防犯カメラがあるので、カメラに見られないように、アルファからもらった新しい銃を取り出した。
 弾丸じゃなく、猫の形のシールが飛び出してくる銃だ。防犯カメラから自分達の姿を隠すのに使う。レンズをぴったりと覆うシールだ。令と陸は、防犯カメラを見る度にその銃でカメラのレンズを次々隠していく。
「それにしても、たかがペットフード会社に、ここまで防犯カメラがあるなんて・・・ちょっとおかしいと思わない?」
「俺もそう思ったにゃ。何かあやしい気がする」
 かなり大きな会社らしく、何フロアもある。令と陸は、一フロアずつ見て回る事にした。と言っても、どれも普通のオフィスと言った感じで、特に怪しいものは感じられない。一階、二階と順に上がっていく。階段を軽やかに駆け上がる二匹の兄弟猫達。
 やがてあるフロアに着いた時、そこは研究職の人達が使うラボのエリアだった。白い色ばかりのラボには、よく判らない実験道具や顕微鏡ばかり。令は後ろ足で立っていろいろ捜索するが、何せ猫なので、薬品名も何一つ判らない。試供品のペットフードも沢山ある。犬用、猫用、インコ用、金魚用・・・そんなに沢山のペットに対応しているとはすごいものだ。猫ながら感心していると、陸が令をちょいちょいとつつく。
「令、これ見てにゃ」
 陸が見せてきたのは、ネコネムリと書かれた謎の名前の薬品の入ったビーカー。
「それ、何にゃ?」
「よく判らないけど、同じ名前の成分が試供品のキャットフードには入ってる。見てにゃ」
 陸がデスクの上の試供品を指す。カラフルゴーグル越しに見てみると、そこには小さい字で見にくいが、なるほどそうか。ちなみに、猫達が任務の際に人間と同じ分だけ全部の色が見えるようにと開発されたカラフルゴーグルだが、視力がそんなに良くない猫達のために度も入れてあるので、小さな文字も見えるのだ。
「ネコネムリって何かあやしいにゃあ。ごん太、聞こえる?」
 令は首輪の通信機でごん太にこの事を話した。ごん太はすぐにハッキング担当の猫にパソコンで調べてもらった。すると、衝撃的な事が判った。
「判ったわ。このネコネムリっちゅう成分は、海外の一部地域にしか生息してへん花に含まれる成分で、猫が摂取すると、人間が強い睡眠薬を服用したみたいに倒れて眠ってしまうんや。ただ、学会でもまだそこまで発表されてへん情報らしいな。眠った猫は、健康な猫なら数時間後に目覚めるけど、持病のある猫とかが摂取したら命の危険もあるそうや。犬とか他の動物には一切効かへんくて、ネコ科の動物全般にだけそういう症状が出るらしい。海外だと実験として動物園のライオンに、ネコネムリの成分を振りかけた生肉を与えたら、麻酔を打たれたみたいに眠ってしもうたらしいわ」
「そんにゃ!何で、そんなひどい事を」
 息を飲む令。
「判らへんけど、ここに書いてあるのは、わてら猫は普段からよう寝るやろ?せやからもしその花の成分を摂取してぐーぐー寝とっても、飼い主はそれが何か異常事態やって気づかへんらしいな。そもそも猫は、犬と違って散歩の必要が無いから、飼い主も仕事や学校で家を空ける人が多いし、異常があっても気づきにくい。ここにあるのは、海外のある家でたまたまその花の亜種のもんをガーデニングで育ててた家で、うっかり花をかじった猫が同じように眠ってもうてる。この家の猫は持病があったらしくて、そのまま・・・や。飼い主もその日は家を空けてて気づかへんかったらしいで」
 それを聞いて、令と陸はぞっとした。
「とにかく、まあ引き続き頑張ってや」
 通信が切れた後、陸は令に話しかけた。
「令。どうやらこれは最新の試作品らしいけど、あっちに従来品があるにゃ」
「あ、ほんとだ。あ、これ私がいつも食べてるやつにゃ!」
 何と、従来品はいつも令が食べている物だった。
「あれ、でも、私は何ともないけど・・・」
 従来品を調べた陸が、ある事に気づく。
「令、ネコネムリの成分はこの従来品には入ってないにゃ。試作品だけ」
「どういう事にゃ?じゃあつい最近になって、猫に対して危害を加えようとしてたって事?」
 その時、遠くの方から足音が聞こえて来た。やばい!令と陸は物陰に隠れる。足音は部屋に入ってきて、見ると、白衣姿の三十代半ばぐらいの男性が、スマホで誰かと話しながら、頭を掻きむしっている。
「・・・ですから!僕にはそんな事できません!僕は動物が好きで、動物のために健康なご飯を食べて欲しいと思っているからこそこの会社に入社したんですよ!可愛い猫を危険にさらすような成分は入れたくありません!・・・いえ、ですが・・・な、うちの子の治療費を?!そ、そんなのは困ります!うちの子の命が・・・・いえ、何でもありません、はい、必ず試作品を完成させて世に出します、はい」
 がっくりしながら相手と通話して、説教されている彼。令達が盗み聞きできた情報によれば、どうやらこの白衣の研究者は、かなり珍しいペットを自宅で飼っている。しかもペットは難病にかかっていて、莫大な治療費がかかる。普通にペットの世話代だけでも馬鹿にならないのに、難病なのでもっとお金がかかる。そこで、彼のペットの治療費を全額払う代わりに、ネコネムリを入れたキャットフードを完成させて世に出すように、そう電話の相手は言っていた。
「何て卑怯にゃ!愛するペットの命と引き換えに・・・陸、黒幕を見つけ出してやっつけるにゃ」
「了解にゃ」
 研究者は電話を終えると、疲れていたのかデスクに突っ伏して眠り始めた。陸と共にこっそり部屋を出る。
 階段を上がってフロアを上がる。最上階のフロアに登った時、そこはこれまで見てきたフロアと違って、高級感のある黒が貴重なフロアだ。
 会議室等があるのを横目で見ながら、ずんずん奥へ進んでいくと、一番奥に、社長室と書かれた部屋があり、そこから灯りが漏れていた。
 覗くと、誰も居なかったが、高級感あふれる社長室は、高そうな黒のソファ、木目調のデスク、会社役員達と撮ったのか、おじさんばかりの集合写真が飾られている。集合写真に居るおじさんの一人が威厳ある感じで、単体で写っているものがあるので、この人が社長だと判る。デスクの上には、様々な書類が置いてある。そのうちの一つが、目に入った。
『猫撲滅計画』
 撲滅?!令はびっくりして、陸をちょいちょいとやって、二人で書類を熟読する。
 そこに書いてあったのは、ひどすぎる内容だった。社長が新しく変わったらしいのだが、大の猫好きだった前社長と違い、新社長は猫が大嫌い。前社長は急死したので、弟である新社長が就任。犬派の社長は、元々犬のための商品ばかり開発させてきたらしいが、どうも重い猫アレルギーなのが判った。そこで猫達を撲滅させたいが、流石にペットフード会社の社長が猫殺しはやばいので、「オーロラ姫を殺す」と言いつつ妖精の助けで眠らせるだけになったマレフィセントみたいに、とりあえず眠らせて大人しくさせとけば溜飲も下がるから、ネコネムリをキャットフードに入れるように指示した。
 難病の珍しいペットを抱えている研究者に対して、治療費を払うという名目である意味人質に取り、ネコネムリ入りのキャットフードの開発をさせた。
「って事はさっきの研究者の人は・・・」
「社長に脅されてたって事にゃ。このまま野放しにしとくのは危険にゃ。俺達で止めないと」
 その時、またもや足音が聞こえて来たので、令達はデスクの下に隠れた。
「・・・・全く、だから俺は猫が嫌いなんだ!・・・ん?」
 バーコード頭にお腹の出たおじさんが入ってきたが、何か異変を感じる。重度の猫アレルギーを持つ彼は、令と陸には気づいてないが、猫が居るだけでも十分だ。ひどいくしゃみをし始めた。
「はっっくしゅええええええええええ!な、なんだ、はっくしゃああああああああああああああああ!今日は変な事ばかり起こる、防犯カメラの映像が見れないとか、おかしな事ばか、はっくしゅおおおおおおおおおおおおお!」
 くしゃみと言うより、もはや奇声に近い。普通の善良な市民が猫アレルギーなら、令達は即刻立ち去るべきだが・・・この人は善人ではない。
 令と陸は顔を見合わせ、同時に机の下から出た。居る筈の無い猫二匹を見た社長は、激しくくしゃみをしながら目玉を引ん剝く。
「な、なんでえええええええええ猫がああああああああああああああ、はっくしゃああああああああああああああああ!」
 彼はスマホを操作して、どうやら救急車を呼んでいるらしい。
「ね、猫がああああああああああああ!猫アレルギーで!」
 叫ぶ社長。息も絶え絶えで救急車を呼ぶ社長は、どうにか会社の住所を伝える。救急車が来るという事は、ここに人間が来るという事だ。令はデスクの上の書類を床に落とした。救急隊員が来た時に、見えるように。
「やめろおおおおおおおおおおお!」
 鼻を抑えて絶叫する社長。陸は、社長のスマホを奪って、鼻先でタップし、電話番号を入力。110だ。
「はい、事件ですか、事故ですか」
 という相手の声が聞こえた。
「何しやがる!」
 社長はスマホを切って奪おうとするが、陸が素早い身のこなしでスマホを咥えて奪い、もう一度かけ直す。これでOKだ。逆探知で来てくれるに違いない。
「ぬおおおおおおおおおおおおお!」
 顔を真っ赤にして暴れ狂う社長に、陸と令がとどめを刺した。
 令の左手と陸の右手をぴったり合わせ、社長に向かってジャンプし、渾身の猫パンチをくらわせたのだった。
「猫を甘く見た事、後悔するにゃ!」
 叫ぶ令。社長からはにゃーにゃーとしか聞こえていないが。
「うわあああああああああああああ来るなあああああああああ!」
 社長はつんざくような声を上げて、パンチを受けて倒れた。
 任務完了した猫達は、社長室の窓から外に出る。ちょっとずつ降りて、地面に降り立った時、散々警備員に撫でられたのか、満足そうなトムがジェットに乗って待機していた。
「じゃあ、そろそろ、逃げるかい?」
「そうしようにゃ!」
 令と陸も猫用おもちゃをぽんと投げて、ジェットに変身させ、飛び乗った。
 三匹の猫達はジェットに乗って華麗に現場から逃走した。こうして、CATのメンバー性達はまたもや任務を成功させたのである。

 その後、社長は駆け付けた救急隊員によって救急搬送され、命は助かったが、令が落とした書類を見た救急隊員の一人が、逆探知で駆け付けた警察にこの書類を見せた事で事態が発覚。猫撲滅計画が知られ、社長は逮捕された。高額な保釈金を払って釈放されたものの、悪事は世間に全面的にバレ、日本中の愛猫家達から怒りを買った。社長はクビにされ、猫好きとして有名だった社長のイケメン長男が社長に就任した。元社長はその後、家族から絶縁され、世間から非難を受け、再就職もできずホームレス。転落人生を送っている。

「あのニュース怖いねー令ちゃんの食べ物には気をつけようね」
「そうだな」
 猫撲滅計画のニュースをスマホで知った佐々木夫妻は、夫の膝の上に猫を乗せて、妻が撫でている。飼い主夫妻に寵愛されながら、令は満足そうにお腹を見せつけたのだった。
                                  次回に続く

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