廻る家 1 (短編) SF

あらすじ 


海斗君が彩月先輩に頼まれて住むことになったのは、美術館に展示されているルービックキューブ型の廻る建造物の一室だった。展示品の一部としての生活、他の住人たちとの交流、見学人の間で広まる家にまつわる噂……、突如不思議な生活を送ることになった青年の物語。(一話2000字ほどでサクッと読めます)

1

 なぜ!色合わせ立方体玩具には和名がないのか!そんな声が聞こえてきたのは二○XX年十二月二十六日午前九時ごろのこと。

 声の出どころは二○三号室に住む男性の喉なのだが、外から見た時にどの部屋であるか、というのは日によって異なるため、その場にいる人間には実際に指を刺して伝えることはできるが、いない人間に対しては少々長い説明をすることになる。

 その部屋は正方形の建造物をさらに小さな正方形二十七個(部屋)に分割したうちの一つであり、日々ゆるやかに、しかし確実に、縦にも横にも廻っている。

 部屋の面の配置は、四三二五京二○○三兆ニ七四四億八九八五万六千通り、つまりは世界人口なんかよりも随分と多くあるのだから、外観は日々姿をさほど変えていないように見えて大きく変わり続けている、ということである。

 もちろん、これは先ほど記述した通り面の配置についてであるから、住人の配置の通りは面でなく部屋単位で考えることになり、だいぶ少なくなる。それでも、浮きながら廻る部屋に住むというのが奇妙なことに変わりはない。

 ある日窓を開けてみれば隣人が別人に変わっている、とか、上の階の足音が急にうるさくなって、前の配置のほうがよかったと思って落ち込むとか、そんな体験を日常的にしているのだから。

 さらにこの建造物をややこしいことにしているのは、建物自体も廻っており、さらには浮いており、部屋の中の家具類も浮いているという点にある。もはや上下左右という概念は建造物の外側に天と地が存在するからかろうじて忘れないでいられるだけで、生活とは切り離されてしまっていると言っても過言ではない。

 既にお気づきだとは思うが、この建造物の外観は色合わせ立方体玩具そのものであり、今現在、そこに住む人間がゆっくりと廻りながら、色合わせ立方体玩具に和名がないことを嘆いている、という全く意味不明な状況を、多くの人が見学している。

 見学者の多くが、一段目中央に位置している(今後それは、位置していた、という言い方に変わる)ニ○三号室から聞こえたその疑問の答えを出してみようとしたらしく、所々から、小さな声が聞こえてくる

 色合わせ立方体玩具って言っているんだからそれこそが和名では?

 色合わせ立方体玩具は仮の名前でしょう。長すぎて良くない

 そもそも、あれは立体パズルなんだから、『パズル』を和訳できたらいいんじゃあないか?

 いやいや、立体パズルなんて他にも沢山あるじゃないか

 まあ、なんだっていいか

 ……。

 ……。

 ……。


 あっという間に静かになったのは、なんだっていいかと言ったのがニ○三号室の男本人だったからである。とはいえ、広く知られたカタカナの名称のままでいいじゃないかとは言わなかったので、本当はなんだっていいわけではないのだろうことが察せられる。

 静かになったこと、そもそも最初から皆が小声で話していることには、他にも理由がある。というか、こちらの方が理由として納得してもらえるだろうと思う。その理由とは、この建造物が廻っているのは、とある美術館に隣接する壁に囲まれた広場であり、この建造物、さらにはそこに住む人々までもが展示物の一つだ、ということである。

 芸術作品を鑑賞するには静謐な空気がふさわしいという、いつ誰が決めたのかわからない慣習のようなものに、未就学児から青少年、高齢者まで、一人残らず皆が素直に従っている、あるいは、従わされているのである。
 
 その従順さを物理的に上から目線で眺めているのは、建造物の三○三号室に住んでいる二十代前半の青年。大学一年生の後期に進路再考を理由に(本当はなんとなく大学生活が性に合わないと感じたためである)休学した後、この建造物に住み着いた。現在は大学を辞め、本当に進路再考中である。名を海斗君という。

 海斗君は見下ろした人間たちの中に知り合いを見つける。彩月先輩は海斗君の大学の先輩でありながら、取りこぼした単位を取得するために海斗君と同じ講義を受講していた、控えめに言って、変な美人である。控えめに言って、というのは美人であるという言葉にもかかるので、つまりは超絶美変人、ということになる。

つづき


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