廻る家 6
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海斗君は部屋と共に廻り続け、ある日、名を結美さんという三十代の女性が隣人になった。結美さんは物腰が柔らかく、優しく、それでいてどこか寂しそうな顔をよくする人で、何度か話をするうちに、ひとまわり以上歳下の海斗君を実の弟のように可愛がってくれるようになった。なぜもっと早く仲良くなっておかなかったのかと、海斗くんは過去の自分に憤った。
最近好きな芸能人は誰だとか、新しい服を買ったとか、記憶に残らない話ばかりして過ごしていたのだが、今日は女子高校生に話しかけられた時のことを思い出したので、結美さんに聞いてみようと思っていた。壁を叩いて結美さんを呼び出す。
結美さんは『真ん中の部屋』の都市伝説、知ってますよね
ええ、もちろん
本当は何があるかは、知ってますか?
それなんだけれど、あたし、彩月ちゃん本人に聞いたのよ
なんて言ってました?
何もないってさ
本当なんですかね
わかんないけど、誰かを住まわせるわけにはいかないし、物置として使ってもいいけどいざ取り出すとなると面倒だし、無意味さも芸術には必要なんじゃない?とも言ってたわね
確かに、使いづらい空間ですから、無理に意味を持たせなくてもいいのかもしれませんね
この話は秘密にしておいてね。何もないってバレたらみんなをガッカリさせちゃうから言わないでほしいんだって
先輩らしいですね。わかりました。秘密にしておきます
そうして頂戴。それから実はあたしも秘密にしてたことがあるんだけど
はい?
今ここにいるあたしは結美さんじゃなくて結美Bだってことよ。もちろん昨日までの結美さんは結美さんだけどね
まじすか
あそこにいるのが本物の結美さんよ。行ってみたら?
結美Bは優しく微笑んで指を刺した。確かに、一人で歩いている結美さんが見えた。海斗君は急いで部屋を出て、エレベーター亜種に乗り込んだ。いつもはあんなにも素早く縦横無尽に走り回っているエレベータ亜種の動きが、今日に限って鈍いように感じられた。
地面に降り立った海斗君は結美さんの方へ走って行って声をかけた。
結美さん!
あら、あなた海斗君?あたしは結美Bよ。結美さんじゃないわ
いや、そんなはずは
どうして?
だって結美Bさんは結美さんの部屋にいるでしょう?
あれは結美Aよ
海斗君が困惑しながら、どの結美さんが嘘をついているのか、あるいは全ての結美さんが嘘をついているのか、などと考えていると、見知った顔がこちらへと近づいてくるのが見えた。誠也だ。
その隣には、双子の姉妹、あるいはその分身である機械人形二人がいた。海斗君はいつもいつもタイミングの良い時にやってくる誠也に心の中で感謝して、顔では助けてくれ、という表情を作りじっと見つめた。そして念を飛ばす。またポテチ買ってやるから頼むよ……。
誠也はエレベーター亜種につれていた女性を乗せて見送り、こちらへとやってきた。仕方ないなぁ、そう言いたげな表情だった。
こんにちは、結美Aさん
あらやだ、誠也君ったらタイミングが悪いんだから、もう
海斗にとっては最高のタイミングみたいですけど
海斗君が真剣な顔をして深く頷くと、自称結美B他称結美Aさんはそれをみて、悪びれることもなくくすくすと笑った。
ふふ。ごめんなさい。あたしの小さい頃からの夢だったの。あたしが沢山いて入れ替わって遊ぶってのがね。じゃ、あたし行くね。またね
おそらく結美Aさんであろうその人は、ひらひらとしなやかに手を振って、逃げるように去ってしまった。海斗君は誠也に、あの人は本当に結美Aさんなのか問うた。
あれは間違いなく結美Aさんやで。結美Bさんはさっき自販機の前で出会ったし、あの窓から覗いてる人は本物の結美さんやしな
全部見分けがつくのか?
もちろん。さっき僕が一緒にいたのは双子の姉妹の本物のお姉さん、麗香ちゃんと、妹の分身である凛香Aちゃんや
海斗君は誠也は話しながらエレベーター亜種に向い、乗り込んだ。エレベーター亜種の中で、どうして彼女らと一緒にいたのか尋ねた。
麗香ちゃんは凛香ちゃんと喧嘩をしてしまったのだが、はやく仲直りしたいと思い、凛花ちゃんに似ている凛花Aちゃんに相談に乗ってもらうことにした。しかし、凛花Aちゃんは凛花ちゃんに似すぎているため、過剰に凛花ちゃんの味方をしてしまい余計に話がこじれるかもしれないという不安があり、麗香ちゃんは誠也に第三者として様子を見ていてほしいと頼んだ、とのことだった。
エレベーター亜種を降りて誠也と別れ、部屋に戻った海斗君は、窓から顔を出し、少々拗ねた顔をして結美さんに話しかける。
やっぱりあなたが本物の結美さんだったんじゃないですか
ふふ。ごめんなさい。あたしの小さい頃からの夢だったの。あたしが沢山いて入れ替わって遊ぶってのがね
あんまり揶揄わないでください
海斗君が可愛いのが悪いのよ
もしかして、あの『真ん中の部屋』についても嘘ついたりしてませんか?
流石にそれはないわ。あたしは嘘つきだけど、彩月ちゃんを嘘つきに仕立て上げるつもりはないもの
ふーん
拗ねてる?
別に
今度美味しいお菓子を作ってあげるわ。
約束っすよ
ええ、今度は嘘じゃない
つづき
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