廻る家 5

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 彩月先輩に、二ヶ月のお試し期間を経てから最終的な決断をするという条件付きで分身の作成を許可してから三日ほど経った日、遂に彼らはやってきた。見た目も声も言動も住人たちにそっくりな機械人形たち。

 どうやら機械人形同士で、海斗君たちが入居する際に行ったような簡単な自己紹介を終えた後らしく、和気藹々とまではいかずとも、互いを思いやる穏やかな空気に包まれていた。

 海斗君はその空気感にひとまずの安心を覚え、彼らを受け入れることができたが、困ることもあった。海斗君は日々住人たちと挨拶を交わしたり、時々土産物をもらったりする程度には交流を持っていたが、それほど細かく特徴を知るわけではないから、人間の住人と機械人形の見分けがつかなくなってしまったのだ。

 特に双子の姉妹は本物の見分けさえつかないというのに、同じ顔が六人もいて、さらに日々部屋の位置が変わるとなれば、もう覚える気さえ起こらなかった。とりあえず機械人形に対して、海斗Aだとか海斗Bだとか名づけ、一応名乗り合えば判別がつくようにしておくことになった。

 しかし結局、すれ違った住人とは笑顔で挨拶を交わす、それさえしていれば問題が生じることはなかったので、海斗君が自分の生活に大きな変化が訪れたことに対しての実感をすぐに抱くことはなく、誠也も同様であり、二ヶ月後も機械人形との生活は続くことになった。その間に海斗君は、自分と誠也の分身だけは見分けられるようになった。

 生活に少々の変化がもたらされたのは、いつものように誠也とと共にゲームセンターに行った時のこと。その日は海斗Aと誠也Aも同じようにゲームセンターに来ていた。いつの間に仲良くなったのかはわからなかったが、海斗君と誠也は、自分達の分身なのだからそういうこともある、と納得した。

 どうせならみんなで遊ばないかという海斗君と海斗Aの提案により、海斗&誠也対海斗A &誠也Aの白熱のゲームが繰り広げられた。それは毎週日曜日に繰り返された。はじめのうちは本物の海斗&誠也が余裕を持って勝っていたものの、回数を重ねるうちに海斗A &誠也Aは成長し、ほぼ互角の争いになっていった。

 そうして四人が仲を深め楽しんでいる間、海斗Bと誠也Bは互いに言葉を交わすことはなく淡々と生活を送っており、どうして仲良くならなかったのかはわからなかったが、海斗君と誠也は、これは自分たちのif世界なのだろう、そういうこともある、と納得した。

 その後海斗君は、誠也と海斗Bはそれなりに仲が良いという話を誠也Aから聞かされたり、海斗Aと誠也Bがよく遊びに出かけているのを目撃したりするようになり、ifの海斗君たちと、本物に近い海斗君たち、そして本物である海斗君たちが入り乱れ、複雑な人間関係が築かれていっていることをなんとなく感じるようになった。

 同様に、他の住人の分身たちもそれぞれ複雑な人間関係を構築しはじめ、段々と、さまざまな組み合わせでの外出や物の貸し借りが行われるようになっていった。

 後に色合わせ立方体玩具の和名について考えることになるあの中年男性(名を健介さんという)に、海斗Bと間違われて話しかけられた日には、あまり感情が表に出ない海斗君も流石に驚いた。

 どうやら小説の話で盛り上がったらしいが、まだ三人の海斗君の見分けがつくほどの仲ではないようだ。海斗Bはどんなことを言っていましたか?と聞くと、健介さんは、海斗B君がいくつか本を紹介してくれたよ。今度読んでみようと思う、と言った。

 海斗君にとって海斗Bは全てが自分そっくりな赤の他人なのだが、それでもなぜか自分自身が世話になったような気がしたので、海斗Bと仲良くしてくれてありがとうございます。これからも面倒見てやってください、と礼を言い頭を下げることにした。


 こちらこそ、海斗B君が話し相手になってくれて助かっています。よかったら海斗君も、今度一緒に食事でもどうかな?

 いいんですか?ありがとうございます

 君がいつも一緒にいる、誠也くんだっけ。彼もよければ

 伝えておきます

 では、また

 はい。また


 海斗君は健介さんとの会話を終え、トイレへと向かった。海斗Aとちょうど入れ違いになったので、引き留めて、どうやら海斗Bは健介さんと気が合うらしい、と言うと、海斗Aは海斗君より一足早くそのことについて知っていたようで、海斗Bは最近健介さんと同じく読書にはまっているらしいからな、この前は酔郷譚を持って歩いていたぞ、と教えてくれた。

 海斗君もそれなりに読書好きではあったのだが、酔郷譚は積読として本棚の端に片付けたままにしてあって、まだ読んでいなかった。海斗Bが持ち歩くほどに気に入った本なら、きっと自分も気にいるだろうと思った。
 
 海斗Aと別れてトイレを済ませた海斗君がエレベーター亜種に乗り込もうとした時、真面目そうな女子高校生が話しかけてきた。見学人に話しかけられることはそれほど珍しいことではないため、いつも通り、可もなく不可もない態度で対応した。


 すみません。此処の住人の方ですよね

 ええ

 二十七部屋ある、ということは、この作品の真ん中には、外から一切見えない部屋が一つ存在しているということですよね

 そうなりますね

 何があるんです?

 わかりません

 本当に?

 本当に

 他の人に聞いてもみんな知らないと言うんですよ。何か隠しているのでは?

 隠し事をしているとしたら、製作者の彩月先輩でしょうね
 
 あなた方住人は、この作品の作者と顔見知りなのですか?あの人顔出ししてませんよね。

 ええ、まあ

 どんな人です?

 面白い人ですよ。

 信用は?

 あまりできないですね

 だとしたら、真ん中に何があるか知らずに入居するなんてちょっと不用心なのでは?

 言われてみれば、確かに

 そうでしょう?そうでしょう?

 海斗君が女子高校生の圧の強さに困惑していると、誠也が割って入った。

 展示物、展示人には接触したらあかん決まりらしいんで、これ以上はやめたってください。すんません。海斗、行こか

 海斗君は誠也に連れられてエレベーター亜種に乗り込み、自室に戻ることができた。どうやら誠也は窓から海斗君の様子を眺めていたらしく、もしかすると困っているかもしれないと思い、わざわざ降りてきてくれたらしい。

 部屋に戻ってまずはじめにしたことは、酔郷譚を読むことだった。少し前の自分が立てた予想通り、海斗君は積読として放置していたことを後悔した。

 海斗君は誠也に助けてもらったことに恩を感じ、次の日、誠也に彼の好物であるコンソメ味のポテトチップスを大量に贈った。受け取った誠也は、恩返し半分いたずら半分やろ、と困ったような嬉しいような顔をして言った。海斗君はそれを認めた。

 しかし誠也が困ったのはほんの一瞬だった。分身たちを呼んで、海斗と誠也だらけのポテチパーティーを開いたことにより、ポテトチップスは直ぐに消費された。機械人形とはいえ味覚はあるらしく、特に誠也の分身たちは誠也と好みが似ており、非常に喜んでくれた。この日、if世界的生活を送っていた海斗Bと誠也Bは友人になった。

 海斗君が誠也に連れられて部屋に戻ったその日から、見学人たちの間で様々な噂が飛び交うことになった。あの作品の真ん中には大量の現金が隠されている。異世界に繋がっている。河童を匿っている。操縦室になっている。実は空っぽ……。

 『真ん中の部屋』は有名な都市伝説と化し、この色合わせ立方体玩具の周辺には芸術好きや住人のファンのみならず、オカルト好きも足を運ぶようになる。

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