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7 未来の地球と辺境の星から 趣味のコスプレのせいで帝のお妃候補になりました。初めての恋でどうしたら良いのか分かりません!

No.14 突然の嫁入り話


 疲れ果てて、ゲームから解放された私は、家に戻った。日も暮れて真っ暗になった恐竜地区で何かが叫んでいる。喧嘩しているか求愛か。いつものことなので気にしなかった。

 季節は初夏になろうとしており、昼間は汗ばむほどだった。気温が日が暮れるとともに下がり、辺りには涼しい風が吹いていた。

 私は、着ていた燕脂えんじ色の洒落た忍び服を素早く確認した。特段、目立つ汚れは無いし、ほつれも無い。奉行所の勤めから真っ直ぐ帰ったと言ってもおかしくない服装だ。

 広大な敷地の前までセグウェイで辿りつくと、門のところで、権太が待っていた。

「沙織さん、遅かったですね。旦那さまがお待ちですよ。」
「え、父上が?」

 私は少しビクッとした。をして、ゲームに参加したことが早速バレてしまったのかと思い、冷や汗がでた。

 権太はうちの牧場と農場で働いている若者だ。年齢は私と同じ二十三歳だ。

「分かった。」
 私はそういうと、立派な門ではなく、勝手口から敷地に入った。セグウェイを使って母屋に向かう。

 既に日が暮れており、街頭の灯りに照らされる道をセグウェイに乗って母屋に向かった。周りの木々の葉が風に揺れており、気持ちの良い夜だった。

 ただ、父に呼ばれたということで、私には一体何の話か分からず、少しビクビクしていた。

「ただいま、戻りました。」
 私はそう声をいうと、玄関から中に入った。玄関で、既に兄が仁王立ちして待っていた。エリートづらでもなく、私を本当に心配していたような顔だ。

「遅い!」

「申し訳ございません。兄上。」
 私は慌てて謝った。玄関ホールの磨き上げられた板の間に仁王立ちした兄は、苦虫にがむしを噛みつぶしたような顔で私を見た。

「兄上、父上からのお話とはなんでしょう?」

「居間に急いで来なさい。」
「分かりました。」

 私は、履物を素早く脱ぎ、玄関たたきに揃えた。

 履き物の裏についたざらりとした土にひやっとする。忍び服とおそろいの燕脂えんじ色の線の入った洒落た靴の底に、いつの間にか、ゲームに参加した時に付いたらしい土が付いてしまっていたらしい。

 私は静かに兄の後をついて、長い廊下を歩き、居間に入った。

 そこには、父、母、姉が揃っていた。
 母は綺麗なお着物を召していて、父もなぜか和装の忍者服の正装だった。

 私は雰囲気に呑まれてしまい、何も言えず、静かにいつもの自分の席に座った。

「沙織、遅かったな。待ちくたびれた!」

「申し訳ございません。仕事で少し遅くなりました。」

「急だが、沙織に嫁入りの話が来た。」

「はい?」
 父の言葉は、晴天の霹靂へきれきだった。


No.15  お妃候補

  嫁入りの話を聞いたとき、豪奢ごうしゃな居間の窓が少し揺れた。
 忍びの者の中には、空気をふるわせるわせることができるものがいる。それは、姉の琴乃もそうであった。

 窓の外は既に日が沈んで真っ暗になっていた。間宮家の広大な敷地の庭のあちこちにえられた街灯がいとうがぼんやりとした明かりを灯していた。その上に月が登り、庭の木々の葉が風に揺れて、幻想的げんそうてきな雰囲気をかもし出していた。

「一体、どこのお武家に私は嫁入りするのでしょう?」

 私は少しうわずった声で父上に聞いた。兄も、姉も、固唾かたずを飲んで父の答えを待っていた。

「帝だ。」

「みかど?」

「そうだ。お前を帝のお妃候補にしたいと、正式に連絡があったのだ。」
「一体、どこからでしょうか。父上。」
実行さねゆき奥奉行おくぶぎょうからだ。」

 兄の実行さねゆきはそれを聞くと、口を開けたまま固まった。奥奉行とは、帝の一切合切いっさいがっさいを取り仕切る奉行だ。

「兄上、お口にハエが入りましたわよ。口をお閉めなさった方がいいわ。」
 姉の琴乃が鋭く言った。
 
「うぐっ」
「嘘よ。」

「そこの二人、ふざけない。」
 父が兄と姉に神経質に言った。

「な、なぜ、私なのでしょう?何かの間違えではないでしょうか。」

 私はふるえる声で父上に聞いた。

 ありえない。私が帝の妃など、有り得ないことだ。私はだ。偏屈へんくつではないけれども、かなり変わっただ。
 確か、帝は二十歳そこそこであったはずだ。私より一つか二つ下のはずだ。

「私も父上も、何かの間違えではないかと思ったのですよ。沙織。」
 母は、美しい顔を不安げにくもらせて、私に言った。

「でも、本当のことらしいのよ。」
 母はそう言うと、私の顔を心配そうに見た。

 姉の琴乃が、ポツンと言った。
「沙織、最近、あなた何か変わったことをした?」

 う、鋭い・・・
 忍びとしての能力も優秀だったが、姉には叶わない。
 はい、変わったゲームに参加してしまいました。そう言えたら、どれほど楽か。
 しかし、口がけても言えまい。

 マンゴリランやアヤツリンゴで買収されたとしても、何がなんでも言えない状況だ。

「特に変わったことはしていないわ。」
 私は、さりげなくそう言った。

 姉の目は鋭く私を一瞥した。
 怖い。バレたか?

「分かったわ。沙織は、そもそもお妃候補きさきこうほ辞退じたいしたいの?」
 姉の琴乃は私に聞いた。

「辞退したいのでございます。帝なんて、会ったこともないですし。何かの間違いだという気がして仕方がありません。」

 私はしぼり出すようにそう告げた。
 
「そんなことはできないよ。」
 兄がさとすようにそう言った。

「そうだな。」
 父の鷹蔵たかぞう眉間みけんにシワを作り、腕組みをして考え込んだ。

「当分、身の回りにくれぐれも気をつけるように。不本意ふほんいな結果にならぬよう、気をつけなさい。これが知れると、沙織に危険がおよぶかもしれない。」

 父は、窓の外の庭の上にのぼった月を眺めながら、そう言った。

「分かりました。」
 私はしおらしくそう言った。

「当分、家族以外の誰にも知られることがないようにしないとならないな。」
 父がそう言い、母も兄も姉も、私もうなずいた。

 そう、家族の誰も帝が私を見初みそめた、つまり一目見て恋心を抱いたとは、誰も考えなかったのだ。悲しいことに私だって考えなかった。

No.16  そうだ、それは罠(ファイローこと五右衛門)


 もちろん、これはわなだ。普通ならば、帝との沙織が出会うはずもなく、恋に落ちるはずもない。

 しかし、ここでこの二人が敵の策略通さくりゃくどおりに出会って恋に落ちてもらわなければ、私の任務は完了しない。

 私はになるべく入念にゅうねんに努力を重ねてきた。沙織に負けず劣らずのなりきるじゅつ駆使くしし、さらにマニアに昇華しょうかできるレベルまで自分の技を高めてきたのだ。

 沙織は素朴そぼくで可愛らしいが、世間知らずで恋を知らない。自分のコスプレで何かになりきることを純粋に楽しむ平和で若い忍びだ。

 だからこそ、その素朴そぼくさが帝の心をつかむ可能性があるのだ。

 帝は十歳の頃から命を狙われ続け、心休まる時がない。勘が良いタイプで、毒殺どくさつもまぬがれ、突然とつぜん飛びかかってきた刺客しきゃくち取り、幸運だけで生き延びてきたようなタイプだ。

 優秀な沙織の姉も、陸軍に勤める沙織の兄も、陰謀いんぼうの匂いをぎつけて当然だ。

 だが、ここで敢えてこの二人は近づく必要があるのだ。私の最終任務さいしゅうにんむはその後に実行されるのだから。
 とてつもない玉の輿話たまのこしばなしに浮かれることなく、むしろこれは陰謀いんぼうではないかと考えるタイプが、沙織であり、沙織の姉と兄だ

 

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