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教室は、町ぜんぶ。大自然に囲まれた少人数の高校で、「やってみたい」を実現する。【大阪府立豊中高校能勢分校】

大阪のてっぺん。兵庫と京都に挟まれるように位置する能勢町。この地域に、たった1校だけ高校があります。

全校生徒77人の小さな学校、大阪府立豊中高校能勢分校。

1954年に開校した能勢高校は少子化の影響で一度は廃校の危機に追い込まれたものの、地域の方の願いによって2018年に豊中高校能勢分校として生まれ変わりました。

2020年度には文科省の「地域との協働による高等学校教育改革推進事業(グローカル型)」の事業特例校に指定され、昨年度は内閣府「高校生の地域留学推進のための高校魅力化支援事業(地域みらい留学365)」採択校に。さらに今年度は「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」の指定校になりました。

田舎の小さな学校でありながら、さまざまな取り組みを広げる能勢分校。新たなスタートを切ってから7年目を迎える今、ご縁あって、訪問させていただく機会に恵まれました。


大阪北部の田舎町にある少人数制の高校

よく晴れた5月のある日、車で校舎に向かう途中で目に入るのは広い空と山。時々、民家。そんな風景を眺めながら、しばらく進んだ先に校舎が見えてきました。

出迎えてくれたのは、准校長を務める菅原亮さん。民間企業での経験を経て、3年前に着任されました。校長室に案内していただき、学校の取り組みや菅原さんの考えをじっくりと伺います。

手渡されたパンフレットの表紙には、大きく「世界が教科書。教室は、町ぜんぶ」の文字が。

自然豊かな環境があり、地域の方から愛されている学校だからこそ「町ぜんぶ」を教室として学ぶことができる。ここに来るまでの道を思い出すと、このキャッチフレーズが学校とマッチしていることを感じます。

「町ぜんぶ」を教室として学ぶ

能勢分校は総合学科のため、共通科目のほかに自分の興味・関心や希望する進路に合わせて自由選択科目を学ぶことができます。2年生からは「探究コース」「食農流通コース」「対人支援コース」「里山起業コース」の4つのコースに分かれ、さらに自分の関心に合わせて深く学んでいきます。

自由に選択できる科目の1つにあるのが「ドローン入門」。都市部では飛ばせるエリアが限られているドローンですが、能勢町であれば広いエリアでドローンを飛ばすことが可能です。学んだ技術を、少子高齢化が進む能勢町での農業に活かせないかと考えた食農流通コースの生徒たち。「課題探究GS」という授業において、地元企業や農家の方の協力を得ながら、ドローンで撮影したデータをもとに生産物の品質向上につなげました。

また、(公財)国際交通安全学会と協働で始まった「E-bikeプロジェクト」では、生徒が中心となって通学路の交通課題について議論。道路の改善点を能勢町に提案し、最終的には歩道に覆いかぶさるようにして茂っていた樹木の伐採や道路の補修が行われることになりました。協力者となったのは東京大学、大阪公立大学、大阪大学といった大学の教授や大学院生。専門家とも白熱した議論を重ねながら、取り組みを進めていきました。

私が訪問させてもらった校舎とは別の敷地には甲子園球場約1.4個分の農場があり、そこで食農流通コースの生徒たちが野菜や果物などの栽培、ミツバチやニワトリなどの飼育を行っています。育てた農作物は地元の道の駅などに卸し、時には百貨店で販売実習をすることもあります。なんとこの日、お土産としてたまごと梅干しをいただきました。どちらもとても美味しかった…!

特色あるスクール・ミッションを

まさに町ぜんぶを教室として学んでいる生徒たち。そんな能勢分校のスクール・ミッションは、「能勢・豊能の地において、学校づくりとまちづくりを地域とともに実践し、社会の変化を追い風と捉えながら、新たな価値を生み出す人物を育成する」。

一つ一つの言葉の意味を、菅原さんが丁寧に説明してくれました。

学校が目指すべき方向性を示す文章をここまで意図を持って掲げている学校は、実はそう多くはありません。「着任してから一番大きく変えたのはスクールミッションなんです」と言う菅原さんに、その理由を聞きました。

「校長の役割は、民間企業の社長とは違うと思っています。例えるなら、校長は“商店街の会長”のような感じです。学校では、それぞれの教員が自分がオーナーのお店を持っている。それに対して『目標はこれなので、あなたのお店では売り上げを○%増やしてください』なんて言ったってダメなんです。それよりも、商店街全体をどう盛り上げるかを考え、大きな構想をデザインをしていく。そのためにスクール・ミッションを掲げたんです」

もちろん、ただスクール・ミッションを掲げただけではありません。それに伴い、前述のように地域環境を活かした取り組みを広げていったことはもちろん、菅原さんご自身も直接生徒と関わりながら彼らの挑戦を後押ししています。

生徒の『やりたい』を後押しする覚悟

私がお邪魔した校長室の入り口には、菅原さんの私物である書籍がずらり。そして、本棚の上にはお菓子が。

校長室の扉は常に開けっぱなしで、生徒たちは自由に出入りすることができます。お菓子に釣られて、ふらりと入ってくる生徒も。

この日は新年度が始まってまだ1ヶ月ほどしか経っていませんでしたが、菅原さんは「やっと今年の新入生全員の名前を覚えましたよ(笑)」と言います。どうやら全校生徒の名前を覚えており、生徒一人ひとりが高校入試の志望理由書でどんなことを書いていたかまで把握しているのだそう。菅原さんご自身が、スクール・ミッションを指針に生徒たちと向き合っていることが伝わってきます。

生徒たちは気軽に校長室に出入りができるので、地域魅力化クラブの生徒が「インスタのアカウントをつくって、学校の魅力を発信したい!」と相談に来たことも。生徒が学校の公式SNSを運用するとなると、さまざまなリスクがあります。それでも、菅原さんは相談に来た生徒たちとの対話を重ね、背中を押しました。


「必要なのは、生徒の『やりたい』をやらせてあげる覚悟なんです」と菅原さんは言います。

いろんなリスクを考えて禁止するのは簡単だけど、それは生徒が学ぶチャンスを奪っているとも言えます。私がこのお話を聞いたとき、生徒たちには「きっとやらせてもらえるんじゃないか」という期待があったのではないかと感じました。「言ってもどうせ無駄」「ダメって言われるだけだ」そんな思いがあったら、そもそも「インスタのアカウントをつくりたい」なんてわざわざ言いに来ることはないでしょう。

自分から動いたら、やらせてもらえるかもしれない。生徒たちにそう思わせる何かが、この学校には散りばめられているのだと思います。スクール・ミッションの通り、まさに社会の変化を追い風と捉えながら、新たな価値を生み出す人物の育成につながるエピソードだと感じました。


“人”を軸にキャリアを重ねる、校長の選択

校長になる前の菅原さんは、東京で大手教育企業やコンサルティング企業で活躍してきた経歴の持ち主。わざわざ離れる必要はないでしょうし、転職をするにしても校長以外にたくさんの選択肢があります。

その中で、なぜわざわざ関西の田舎に引っ越してきてまで高校の校長になることを選んだのか?それが気になり、最後に聞いてみました。

「私自身は、川下り型のキャリアを歩んでいると思っています。川の流れに身を任せるように進んでいき、たどり着いたのがこの場所です。コンサルティング企業にいたときは人材育成の領域を担当していて、『今後は一人ひとりがプロフェッショナルとして活躍していく時代だ』と感じました。
振り返ってみると、ずっと軸は“人”だったんです。次のキャリアを考えたとき、そこは外せないと思っていました。自分のスキルや経験を社会に活かせないだろうか?そう考えて調べていたときにたまたま出会ったのが、大阪府が公開していた民間校長の募集でした」

「自分が持っているものを社会に活かせないか?」と考えた末に辿り着いた、大阪府立高校の校長という役職。キャリア選択の軸はもちろん人それぞれだけど、そんな軸を持った菅原さんだからこそ、この学校に関わる“人”たちを活かす大きなうねりを起こせるのだと思います。



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