見出し画像

黄金をめぐる冒険⑧|小説に挑む#8

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから

玄関の扉を開けると、そこには彼女が立っていた。
「遅くなり申し訳ありません。あなた様をお迎えに上がりました」
と彼女は僕の目をまっすぐ見てきっぱりと言った。

彼女の目はまるで深海に永らく埋まっていた真珠のように、辛抱強さと純白さを兼ね備えた無垢な球体であった。
その目を見た瞬間、僕の視界には霞がかかり、穏やかな熱気が内から込み上がり、僕の目は柔らかな湿りで包まれた。僕はその温もりを零さないようにくっと歯を食いしばり、そして彼女をしっかりと見て頷いた。

老人が去り、そして彼女がやってきたのだ。
偶然とは思えない。おそらくそこには何かしらの順序があり、必然がある。
老人も彼女も、僕の知らない誰かで繋がっていて、計画的に物事は運んでいるだけなのかもしれない。もしかしたらそれを”運命”と呼んでいるだけなのかもしれない。

「我々はこれからあなた様と共にこの世界の末端へと向かいます。末端というのは比喩ではありません。まさしくそこは”世界の末端”なのです。あるところでは地獄への道と呼ばれ、またあるところでは天上への階段などと呼ばれております」

老人は彼女を知っているのだろうか? 彼女は老人を知っているのだろうか? 何が彼らを結び付けているのだろうか?
やはり僕が持っている”誉れ”が関係しているのだろうか。

「呼び名は様々ですが、その場所はとにかくあらゆる人々に怖れられております。近寄る者はまずおりません。我々もその場所へは行ったことがございません。ですが行き方は存じております」

”誉れ”とは何なのだろうか? 僕はその力を過去に使ったことがある、と彼女は言っていた。僕は彼女を待っている間、できる限り過去を遡りそれらしき記憶を探ってみたが、まったくと言っていいほど検討がつかなかった。
だから未だに彼女たちが僕を求めている理由がいまちピンときていなかった。

「聞いておりますでしょうか?」
と彼女が言った。
僕は慌てて思考の回路をカチッと切り替えて、彼女の話に意識を向けた。

「すみません、世界の… 何と言いましたか?」
「”世界の末端”です」
彼女は一呼吸を置き、落ち込んでいる友人を慰めるような慈悲のある笑顔で話を続けた。

「あなた様がこれから向かうところは、暗く険しい道の先にあります。
とても危険なところかもしれません。でも大丈夫。私が付いています」
彼女の言葉はまるで天からの啓示であったと同時に、その声で僕は自分がとても小さな存在だということを実感させられた。

「でも、僕は、どうしても君の言う”誉れ”を思い出せないんだ。思い出そうと努力した。だけど駄目だった」
「いえ、思い出さなくても良いのです。来るべき時が来れば、あなた様は力を使うことができます」
「どうして君はそんなことを断言できるのだろう?」
「私は一度あなた様の”誉れ”を見ています。その時にあなた様はご自身の力を記憶と共に封印なさいました。でも私は知っています」

僕と彼女は以前どこかで出会っている。その時の記憶は封印してしまった。だから彼女の声はどこか懐かしく、彼女の存在は僕にとって大切な一部と感じている。そういうことなのか?

僕はあまり直感というものが好きではなかった。それはあまりにも世界にあまねいているから。
だが今回は直感というものを信じるしか無いのかもしれない。
彼女を疑うことは僕の直感に反していた。直感は告げている、彼女を信じろと。

僕は彼女に、荷物はまとめてある、会社や友人にも連絡は済んでいる、夕食を作っていたが別に食べなくても良いと伝えた。
彼女は真剣な顔で部屋から漂う芳ばしい匂いをくんくんと嗅いだ。
「パスタを茹でる匂いがします」
「ペペロンチーノとサラダ、それにポトフを作ってました」

彼女は少し顔を曇らせ、何かを考えている様子で上唇を右の人差し指の腹で何回か叩いた。しばらく沈黙が続き、彼女は申し訳なさそうな様子で口を開いた。

「せっかくだから、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
僕は思いも寄らない言葉にあっけにとられ、少しの間どうすれば良いか分からないでいたが、結局、ではどうぞ上がってください、と言って彼女を部屋に入れゆっくりと玄関の扉を閉めた。

***

僕が二人分の食事を皿に盛っている間、彼女は机にランチョンマットを敷いてスプーンとフォークを並べていた。

「本当にご飯なんて食べていていいのですか?」
「心配いりません。むしろ、これから長い旅が始まります。しっかりとした食事が取れるか分かりませんから、今日はしっかりと食べておいたたほうが良いのです」
苦笑いしながら彼女は料理の入った皿を運び、さあ頂きましょうと言った。

やはり鷹の目を買いに行って正解だった。彼女に鷹の目抜きのペペロンチーノを出さずに済んだし、それに中々の出来だった。
熱々のカブのポトフは体を芯から温めてくれた。
ペペロンチーノの濃厚な後味は、シーザーサラダのさっぱりした味と合わさり心地良いものだった。

彼女は何回も美味しいと褒めてくれた。美味しいものを食べているときの彼女の笑顔はより和やかで、その温もりは僕を安心させてくれた。そしてその安心は、より強い覚悟に変わっていった。

“世界の末端”。
彼女は何があっても僕が守らなければならない。彼女は「鍵」なのだから。

鍵? 
なんの鍵だろうか?
僕の意識の外で回路の切り替わる音が聞こえた。

第八部(完)


二◯二四一月
Mr.羊

Photo by #kwkm_illustさん

この記事が参加している募集

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?