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黄金をめぐる冒険㉗|小説に挑む#27

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

僕はいま”闇”に足を踏み入れている。曲がりくねった闇の中をざくざくと歩く。視界は全く機能してしないが確かな足取りである。

七合目を出てから長らく歩いた気がする。僕が進んだ、または進む道には二つの音だけが存在していた。一つは僕が砂道を踏み鳴らす音。それはとても単調で、一定の間隔と音調を持って真っ暗な空気を鳴らしていた。もう一つは僕が息を吸って吐く音。踏み鳴らす音とは違って雑なテンポと荒々しい調子で、それは僕の内部で一つ一つ反射した。

ザクザク、ゼェゼェゼェ …… 
ザクザク、ゼェゼェゼェ ……

地面と靴底の摩擦音、外部と内部の反射音、その二つの不調和が”闇”の中へと飛び出し、儚く消えていく。

自分がどのくらい進んでいるのか全く分からなかった。相変わらず”闇”が世界を覆っている。足元すら見えない真っ黒が、僕の一概的な時間を奪っていく。共通の時計を奪われた僕の時間は、ある時には一瞬で、またある時には永遠だった。時間は伸びて縮んでを繰り返す。繰り返したあと、僕の中でそれはただの相対的な物理概念になり果てた。

道は大きなうねりを繰り返して伸びていた。まるで天文学的な大きさを持つ蛇の上を歩いているみたいだ。歩くことのできる平坦は限られていて、途中で道に迷うことは無かったが、道は一歩踏み外せば滑り落ちてしまうような下斜面と、とても登ることができそうにない上斜面に挟まれた小さな幅しか無かった。
かろうじて平面に括られるほどの細くて長い道。その平面が一本の道となって、うねうねと伸びている。僕はこの道を”蛇の道”と名付けた。”地獄の道”にある”蛇の道”。全く持ってそれは死を意味していた。

蛇の道では一歩間違えば命を落としかねない。一度、実際に足を滑らせて転落しそうになった。とてつもない強風に見舞われ、目にゴミが入りバランス感覚を失ってしまった。そのせいで踏み出す一歩を間違えてしまい、その一歩は平面でなく下斜面へと着地し、どんどん下へ下へと引きずられた。体の制御権が急勾配の砂礫に支配されてしまいそうになったが、何とか体を無理やり逆側へ倒すことで難を逃れた。
だか、恐怖と疲労感はしっかりと僕に跡を残した。

気を抜けば、きっと次は引き込まれてしまうだろう。それほど死は僕の身近に存在している。それが”蛇の道”を進むということだった。辛くて険しいこの道を、僕は一人で進み続けられるのだろうか?

僕の中で誰かに会いたいという衝動が泉のように湧き溢れた。僕はここに来て初めて”寂しい”という感情を抱いた。心が渇いて冷え切っている。恐ろしい”闇”は、光も熱も、さらには心の潤いや温かささえも奪っていくのかもしれない。

独りでいることに耐えられなくなった僕は、他者の存在を強く求めていた。その欲求は絶対に叶わないことを理解している。だが止められなかった。思考はぐいぐいと加速していき、もう止められなくなった。

誰かに抱きしめてもらいたい、人肌が恋しい、誰かの声が聴きたい、耳がむなしい。誰かの温かみを求めて記憶を探ろうとするが、理性を上回る本能がそれを阻害する。動物としての最も根源的な欲求が深層を超えて表層化していく。生存本能というかたちで。

僕の手足は小刻みに震え、歯がカチカチと微小な音を立て始めた。急に眼前めのまえの暗闇がより一層深くなったような気がしていく。いつの間にか風が音を立てていて、それは鳥の喚き声のように聞こえた。鳥たちは上空で僕を見ている。

ここに彼女が居てくれたらどんなに素敵だろう。そしたら僕はこの恐怖を乗り越えられるし、闇にだって打ち勝つことができるだろう。僕の推進力になり得るのは彼女の存在だけだ。だが、ここには僕一人しか存在しえない。現実的に彼女がこの場所に現れることは、絶対に無い。

「一種の気の迷いだ。刹那的な情動が君の思考を支配しているに過ぎない。自制せねばならない。さすれば君は超人となりうるだろう」
耳元で明快な重苦しい内省が聞こえた。
超人、その言葉は彼女の代わりとして僕に勇気を与えた。

僕は何とか体の震えを止め、歯を食いしばり、身をかがめて手の力を使って、鉛のような右足を持ち上げた。腰を少し捻り左足の土踏まずに重心を移動させ、非力になった足腰にふらつきながらも、何とか右足を前に出すことができた。

どつっという音がした。
踏み出した足が着地したのは、砂の緩慢な集合地ではなく、砂たちの強固な集合体だった。僕は流砂の死地を抜け、ごつごつとした荘厳な岩場に出た。視界が僅かに回復し、曖昧ながらも足元くらいは見えるようになっていた。

どつっどつっと岩場をいくらか歩いてみる。砂の気配は全く感じられなかった。僕の腰は水を得た魚のように足を上げては前に出し、それを下げた。五歩、十歩とどんどん足が運ばれていく。僕の意思とは無関係に。
僕の足は息を得た魚のようだった。

暫くの間ぐいぐいと足が勝手に前へと進んでいくと、急に何か”人らしきもの”にぶつかった。人だ! そう思い、とっさにすみませんと言う。だが、それは人にしては無機質すぎる気がした。冷たくはないが、別段温かくもない。繊維のような匂いがするが、それは人の体温で暖められた匂いとは別物だった。これまでと同様、呼吸の音は自分のだけしか聞こえない。

手を伸ばして”人らしきもの”を触ってみた。絹布の手触りがあった。手のひらで少し押してみると綿のような弾力がある。服を着ているらしいが、それは腰までしか伸びていない。下には何も履いていないようだった。手では届かないので、”人らしきもの”の股下を足で確かめてみた。足をゆっくりと近づけていくと、こつっという音がした。木の棒にぶつかった感覚があった。

総じて考えるに、これはおそらく案山子かかしなのだろう。そういえば、あのご婦人は「案山子によろしく」と言っていた。本当にこんな場所に案山子がいるなんて変だ。現実離れした場所で、現実離れしたことが起きている。

案山子の登場は、一回りして当たり前であった。

案山子は茫然と無機質に、ただそこに一本足で立っていた。頭には頭巾を被っていて(いつだって案山子は頭巾を身に着けている)、そこに幾つかの線やら丸やらが不均整となって顔らしいものを構成している。
上部の二本の腕と下部の一本の足は、少し太めの不揃いな棒で作られていて、服装はシャツにジャケットという紳士な着こなしをしている。そしてちゃんと手袋をしている。

とても良くできた案山子だった。

僅かな視界の中で案山子は頭を垂れていた。近づくと案山子は顔を上げたので、自然と目が合った。僕は案山子の可笑しな不揃いの目を見つめ、案山子は僕の乾いた冷たい目を見つめる。その瞬間、案山子から純粋で無垢な善意を感じ取った。
僕はただ頷き、進むためにまた歩き出した。そして案山子は後ろから付いてくる。
たった一本のその足で。


第二十七部(完)
二〇二四年六月

Mr.羊
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