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黄金をめぐる冒険⑩|小説に挑む#10

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

僕と彼女は真っ暗な洞窟の中を、二つのランプだけを頼りに歩き続けていた。幸い、僕たちの暗闇は一本道であり、迷うことはなかった。

奥に進めば進むほど空気はじめっとしていて、空気は体に纏わりつく温湿を帯び地熱の暖かさをじんわりと上昇させることによって、僕たちの足取りを確実に妨げていた。はじめは幾らか整地されていた地面も、奥へ進むに連れて地面のでこぼこ度合いが段々とまばらになっていき、今ではとても歩きにくくなっていた。

地底の奥へと向かっているのだろうか?
空気が薄い。視界が悪い。スニーカーのゴム底と洞窟の岩石とが擦れ合う渇いた音が、温湿な空気に吸収されていく響きが不快だ。
歩けば歩くほどに元の世界と乖離していくような、そんな感覚があった。

彼女は身軽そうな装備ながらも、この道を進むだけの準備は一式揃っていて、懐中時計に方位磁石、ミネラルウォーターとそれに乾パンや羊羹まで、用意周到と言えるほど中身は必要十分であった。
羊羹はエネルギー補給には良いと聞く。登山家も良く好んでエネルギー補給をするために羊羹を選ぶらしい。

しばらく歩いた後、二人で羊羹を乾パンに挟んで食べた。
薄っぺらい皮はサクサクで頬張りがいがあるし、あんは固くてしっとりとしていて舌触りが良い。噛めば噛むほど和の甘味が口に広がる。あんパンのようだが、まるで別の存在とも言える。
うまい、やはり生地と餡の組み合わせは天涯最高の組み合わせだと断言できる。幾らか頭がすっきりした気もする。
あとに残った口の中の渇きと砂糖の粘着な不快感を水で流し込みながら、ランプの薄明りでほんのりと照らされた彼女の右頬と眼が美しく柔いでいたのを、僕は見ていた。

「その昔、『戦争』というものがあったそうです。
人類の歴史は『戦争』の歴史と言われるほどに根強く、土台として人類の進歩に深い相関を持ちながら、相当数の命が生まれては消える、そんな時代があったと聞いています」

「『戦争』って……」
唐突な話し出しに驚いて、蚊のような細い声が出てしまったが、なんとかその蚊は彼女の下へと飛んでいった。

「悲しい時代であったと思います。
人は戦い、技術を生み、憎み傷つけ、尊び守り合いながら、種の繁栄と没落を繰り返して驀進し続けました。そんな歴史が人類にはあったのです。
ですが、現代の人類はそんなことを全く知りませんし、おそらく理解することすら不可能でしょう。

なぜでしょうか? なぜ人々は本当の史実を知らないのでしょうか?
それは、『戦争』という言葉自体が人類の灰汁と化してしまったからです。アクは取り除かなければなりません。
そしてある者たちによって、この世界におけるその言葉の存在、概念そのものが無かったものとして書き換えられ、歴史の修正が行われたのです」

「ずいぶん突飛な話のように聞こえるね。そんなSFみたいな話、存在するわけないじゃいないか……」
僕は左脳ではオカルト紛いじみた話の信ぴょう性を疑いつつも、右脳ではなぜか直感的に内容を理解していた。

「信じられないのも無理はありません。先に述べた通り、消滅した言葉を我々は理解できませんし、概念無きかたちに意味なんてありませんから。
ですが、そのような事実があったことには違いありません。長年の研究と調査により、間違いないという事は解明されております

彼女の力強い言葉は、円筒状の空間で反射と回折を繰り返しながら暗闇の奥へ奥へとぐわんぐわん湾曲していった。

「仮に君の言うことが事実であったとして、それが一体この場所と何の関わりがあるというのだろう?」
「ここは“世界の末端”へと続く道です。そして、その者たちは“世界の末端”にてこの世界の書き換えを行いました。つまりこの路の先には、我々の求める答えがあるということです」
「さっきから出てくる”ある者たち”とはいったい何者なんだ?」
「それが誰であったかまでは特定できていません。ですが、その者たちが使った力は判っています。その力を、我々は”誉れ”と呼んでいます」

「”誉れ”……」
「はい、あなたの寵愛も同じ力です」

理解できない事柄が、僕の周りではっきりとした輪郭を持ち始めている。帰納法における個人の意味を示す答えとしての等号的循環。
僕の意味はいつも他人によって決定づけられるのか。

「そんな危険な力が寵愛であるわけがない!それを”誉れ”と呼ぶことも馬鹿馬鹿げている!」
僕は無意識に声を荒げて、彼女の言ったことに反発した。なぜこんなにも無性にも否定したくなるのだろうか。

「真実は、その人たちにとっての確からしさの度合いで決定づけられます。誰かがそれを恵まれた力だと思えば、そうならざるを得ないのです。私とあなたの範疇を超えて、真実というものは存在します。
だからこそ、言葉の存在は強大なものとなり、大勢の人々がその言葉を信じ、多くの解釈と意味が決定づけられ、無意味となるのです」

彼女の逆説的な言葉には説得力があったが、同時にとても不安定で不快な雰囲気を纏っているように感じた。まるでこの洞窟だ。
洞窟も元は小さな穴に過ぎない。それが外部によって拡大し、整地されていく。自分の意志とは無関係に。そして作られた内部はいつだって暗くてじめじめしている。
そこに都合のいい奴らが人工的な光を勝手に装飾しては、暗闇を偽造し、地続きを照らしていく。さも立派な道のように振舞うことを義務化付けて満足そうにしている。奴らは笑う月だ。

目先の暗闇はまだ続く。少なくとも、誰かが笑うことを止めないまでは続くだろう。


第十部(完)

二◯二四年五月
Mr.羊

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