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お姉ちゃんにうまれて

「ねえ、お姉ちゃんはどうする?」

気が付くとわたしはそう呼ばれていた。家族の中で与えられたポジションは三姉妹の長女だった。

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学年が近く見た目もうり二つ、忍耐力があり努力家の次女と、歳の離れた末っ子らしい愛嬌のある三女。
自分はというとよく言えば感受性が強く繊細、悪くいえば気まぐれな性格だったので、長女への適正は低かったように思う。ちょっとした配属ミスだ。

思いかえせば、やはり長女という役職はプレッシャーでもありストレスだった。いまよりずっと怒りっぽく、妹たちにあたってはおとなに叱られるという悪循環にはまっていた。

こどものころのわたしはとても不機嫌だった。

「お姉ちゃん」という役割で呼ばれること、暗黙の仕事と我慢、求められる立ち振る舞い、報われない気持ち。
なんにも気付かずそれこそ自由気ままでいられたらよかったのかも知れないけれど、おとなたちの求めていることはなんとなくわかっていた。

正確には、期待に応えていかないと居場所がないことを肌感覚で理解していたのだろう。家族の中で生き残るにはお姉ちゃんを演じるしかなかった。

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小学校4年生のときだった。

担任になった山田先生は物腰が柔らかく、こどもながらにとても知的な人だなぁと慕っていた。大好きだった叔父の姿をどことなく先生に重ねていたのかもしれない。

あるとき先生は風邪をひいて体調がよくないともらしたので
「そう言えば、顔色がよくないですね。」
と声をかけてみた。

本当に顔色が悪いことに気付けたかというよりも、こういうときはこう言うといいんだよね、たしか…という気持ちだった。なんだかあざとい、あざといぞ、わたし。

すると山田先生はいたく褒めてくれた。内容はよく見ているね、気付けるね、というようなニュアンスだったように思う。とにかく嬉しかったことだけは、はっきりと覚えている。
まわりを伺ったり、面倒をみたり、生存戦略として任務を果たしてきた「職業:お姉ちゃん」が認められた気持ちだった。

しかしそのあと、ちょっと複雑なことが起こる。

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クラスメイトにエナちゃんという女の子がいた。
学年の中でもthe末っ子という雰囲気のエナちゃんは、わがままガールでちょっと浮いていた。ある日、わたしも少々苦手だったエナちゃんの様子を見ててほしい、ということを山田先生から持ちかけられた。

要するに、エナちゃんのお姉ちゃん役だ。

学級委員のようにテキパキとリーダーシップを発揮できるからというでもなく、ただなんとなく面倒見がいいというだけで押し付けられたと思った。
わたしは学校でもお姉ちゃんとして働かなければいけないのかと、サングラスをかけたみたいに教室が薄暗く見えた。

そのあと、まもなくのことだったように思う。山田先生が教室に置いてくれていた風の谷のナウシカの原作コミックが、だんだんと心のよりどころになっていく。ナウシカは自由に空を飛んで、強くたくましく、そしてやさしかった。

わたしのやさしさなんて、嘘みたいなハリボテで本物じゃない。だれにもやさしくなんかしたくなかった。みんなわたしからやさしさだけを奪っていく。そんなふうに思っていたのかもしれない。

怒りっぽさはだんだんと減っていき、そのかわり寂しさが増えていった。

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大人の階段というものがあるならば、エナちゃんの一件はきっと最初の一歩だった。その階段をいままで必死になったり休んだりしながら登り続けてきた。

ここ2年ほどは階段に腰掛けて、いままで積み重ねてきたものをただ眺めていた。お気に入りのゲームmonument valleyの主人公・IDA(アイダ)のように、ただ座って足をぷらぷらさせている。
登りたいのか、くだりたいのか。どっちに行きたいのかはまだよくわからないけど、ここからの眺めも悪くないと思えるようになったことはものすごく大きかった。

きっかけは上司の言葉だった。

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「過去に感謝できると、未来への扉がひらく。」

起こったできごとは変わらないけど、どのようなエピソードにしているかは、いまの自分が決めている。
かなしかったのか、嬉しかったのか。じつは多くがあとから意味を持たせたものだったりするのだ。

わたしはお姉ちゃんという役をうまく演じられなかったことを、ずっと責めていた。家族や先生の期待に応えきれなかったことで、自分に価値を見いだせず好きになれなかった。

でも、でもね。

向いてないなりに、じゅうぶん、必死にやってきたんじゃないかなぁ。

お母さんもお父さんも、わたしが生まれて母になり父になった。
妹たちもわたしがいたから妹になった。

お兄ちゃんも、ひとりっ子も、末っ子も、双子も。
それぞれはじめての役を与えられて手さぐりで、それでもなんとかうまくやりたかった。みんな同じように、一緒にがんばってきたんだなぁと思ったらとたんに愛おしくなった。

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お姉ちゃんらしくあろうと必死だったことも、いかにお姉ちゃんらしからぬ生きかたをするか?を実践すべくグレていた日々も、いまとなってはコントみたいだ。
そろそろ役作りは終えてもいいのかもしれない。

いまでは立派な妹ラブのシスコンとなった。わたしをお姉ちゃんにしてくれてありがとう。

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#8月31日の夜に

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