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【小説】第二話 少女は名を憎む

ホームルームが終わると同時に、担任が座る教卓へと向かった。担任は先程集めた進路希望調査書の束の角を揃えている。
「野上先生すみません、私、進路希望調査書まだ提出できていません」
1年生の時からの担任だった野上先生は、それを聞くなり眉間に皺を寄せた。
「お前、美大行くんじゃなかったのか」
彼は英語教師だったが、私が美術部に所属して、既に大なり小なりいくつかの賞を貰っていることは知っていた。1年生の時、確かに私は進路希望調査書に美大を第三志望まで書いていた。 
この生徒は美大行き。そんな風に思われていて無理もなかった。
「その、今迷っていて……」
視線を教卓の茶色の木目に移す。野上先生の顔を見ることができなかった。
「お前なら美大目指した方がいいんじゃないか。せっかく才能もあるんだし」
才能。
簡単に言う。こんな地方の片田舎で、地域名が含まれたような絵画賞を取ったところで、それは才能だなんて言わない。
「親御さんには相談したのか?」
黙っている私に追い討ちをかけるように野上先生が言う。
「いいえ……」
私に「あい」などと名付けた親に、私は今とてつもなく向き合いたくなかった。

彼は調査書の提出の猶予を、来週まで伸ばしてくれた。2年生の進路希望調査ということもあり、そんなに張り詰めて考える必要もない、とも言ってくれた。

とぼとぼと廊下を歩き、美術室へ向かう。運動部のかけ声や吹奏楽部の楽器の音が、四方八方から漏れ聞こえる中、私の全身は脱力していた。足取りは重く、入学したての頃とは大違いだった。

「あいちゃん」

聴き慣れた高い声が背後から聞こえる。聞き間違うことはない、幼稚園からの幼馴染の声だ。けれど私は、すぐ振り向けなかった。何故だか気づかないふりをしたかった。
「あいちゃん、美大、行かないの?」
思わぬ言葉に背筋が冷たくなり、私は歩みを止めた。何故そのことをもう知ってる?同じクラスでもないのに。
ゆっくりと後ろを振り向き、幼馴染のミサキを見る。
ミサキは今にも泣きそうな顔で、こちらを見つめていた。
「一緒に美大行こうって、約束したよね?」

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