見出し画像

【書評】色鮮やかな日々に息づく不変の感情 停電の夜に-ジュンパ・ラヒリ


かつて読書の習慣のなかった私は、文学というものに非常に抵抗があった。高校は理系コースで、進学後も大学には理系学部のみ。試験前にしばしば自習していた図書館にも、文学の棚があった記憶はない(あったのかもしれない)。そのような環境で学生生活を送っていたところ、アルバイト先の書店の社員にSFを進められたのだ。それが私の読書生活の始まりだった。

それ以来さまざまなSF作品を読むと共に、その幅広いジャンルや内容に親しんでいった。そのなかで自然と読書の幅が広がっていたのだろう。社会人になりようやく文学に辿り着いた私は、この本を読むに至ったのである。


今回紹介する本はジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」。収録作品は、表題作含む9作品の短編集であるが、この内容が凄いのだ。ピュリツァー賞、O・ヘンリー賞、PEN/ヘミングウェイ賞など、世界の錚々たる文学賞を受賞した作品ばかりである。

そんな世界の注目する彼女は、インドにルーツを持つアメリカ人作家である。さて皆さんはインドと言われたら何を思い浮かべるだろうか。カレー、サリー、カルカッタ、ヒンドゥー教……私の貧弱な頭脳ではこの程度の単語しか思い浮かばなかった。皆さんはどうだろう?せいぜいこれに加えて「人口が世界第2位で、近年はIT産業が盛ん」くらいではないだろうか。

この本には、そんな私たちの知らぬインドが散りばめられた本である。その要素の多くはインド特有の文化から生まれた五感を刺激するものであり、それは婚姻者の額に付けられた赤い印であったり、料理で使われるスパイスの香りであったり。また彼らの色彩豊かなファブリックや住まいなどの印象が強い。彼女の物語ではこのような彼らの生活が精彩に描写され、まるで自分がインドに居るような感覚で読者に迫ってくる。

そんな彼女の圧倒的な表現は物語の中に生きる人々の日常を鮮明に伝え、彼らの感情すら読者に乗り移ったかのように、私たちに日常を想起させるのだ。それゆえフィクションであるにもかかわらず、舞台も登場する人々も全く別の人々にも関わらず、読者に繊細で豊かな感情を湧き上がらせる。

私たちの日常の中でも起こりうる些細な出来事と、それによって引き起こされるリアルな感情の波。

そんな世界が感じた共通不変の感覚を、貴方に。


イラスト

文庫も出てます!


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,937件

#海外文学のススメ

3,250件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?