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雑感記録(78)

【最近のあれこれ】


久々の投稿。ここ最近かなりハードな毎日を過ごしており、書きたくても書けないという日々が続いている。忙しさを理由に書かないというのは僕の怠慢である。「好きなことのためなら忙しくても出来る」と信じていた僕だが、人間忙しさの渦中に居ると中々難しいものだと、社会人4年目になって気付く。ということは、今までの僕は忙しくなかったのか?となる訳だが…。振り返ってみると現状と比べると余裕は大分あったように思える。

冷静にここ最近を振り返ってみると、僕の身辺では色々と変化が起き始めている。何というか自分にとってプラスの方向に働く忙しさであって、だからこそここまで何とか生きてこられている訳で…。忙しさの質といったらおかしな話だが、そういったものはあるように感じられる。今回の忙しさの質は僕にとって大きな変化をもたらすであろう、良質な忙しさである。


〈①転職活動〉

その忙しさの中で大きな比重を占めているのが「転職活動」である。僕の記録をお読み頂いている稀有な方は薄々勘づいていらっしゃったかも分からないが、僕は今地元を抜け出そうと画策している。勿論それが大きな理由では決してないのだが、とにかくそういった事情で今は忙しさを極めている。

何社か選考を受けていく中で、選考通過した企業については面接が徐々に始まって来ている。そのお陰で僕は現在てんてこ舞いなのである。通常の業務と平行しながらの活動になるので、中々円滑に進まないのが辛いところだ。しかし、受かる受からないにしろ、この経験がプラスになっていることは確実な訳で。正直、かなり大変ではあるのだけれども今までの気付けない自分に気付ける機会というのはやはり貴重なものである。

僕が「転職活動」を始めたキッカケは何だったかと考えてみる。単純に業務のつまらなさから来るのか?はたまた職場の人間関係?年功序列による出世感?色々と考えるところはあるのだけれども、正直に言うならば「ただ漠然たる不安」それに尽きるのだと思う。具体的にどこから来るものかと言われると答えにくいところがある。

ただ1つ言えることは、これから先も同じ場所で同じような仕事を定年までし続けられるかと考えた時にゾッとした。何だか人生の面白さがないなと感じてしまう。勿論、仕事に面白さを求めるのはナンセンスだし、そんな贅沢言ってはいけないのは重々承知の上である。だが、僕の人生だ。どう生きようが僕の勝手だ。何に面白さを求めて、仕事に何を求めるかというのもまた僕の勝手である。

僕は仕事の面白さと簡単に書いてしまったが、面白さにも色々な種類がある。例えば単純作業が面白いとか、何かクリエイティブなことを考えるのが面白いとか、新しいことへ挑戦できる環境が面白いとか…これもその人によって変わってくるものだから一概にこれだとは言いようがない。僕の場合は何よりも「自身の思考力をもっと鍛える」ことに面白みを感じる人間であり、クリエイティビティを求めている人間なのではないかと「転職活動」の自己分析をする中で改めて感じた。

僕が現在働いている所ではそういったものは皆無だ。何か新しいことをしようと思っても中々出来ない環境だ。柔軟な環境ではない。業務に関してもあまり自分の思考力を使うというよりは、如何に覚えているかが勝負な世界観であり、正直なことを言えば学生生活の延長線上にある気がしてならない。学んだことを活かすことにも思考力が問われることは事実であるが、そこに自身の独自のエッセンスを加えることは許されない。それをしてしまえば仕事自体が破綻する。

以前の記録でも書いたことだが、如何に自分を殺して仕事をするかが重要になってくる職場であり、僕はそれに限界を感じてしまった。それに僕がその業界を変えてやろうなどという気概はない。良くしたいとかより良い方向にしていきたいとかそんなことは微塵も思わない。それはその業界自体に期待していないということなのだろうと思う。事実そうなのだけれども…。

この環境に慣れてしまうのは危険だと僕は感じ、「転職活動」に思い切って踏み切った。今まで僕は何となく流されてここまで生きてきた。それはそれで何不自由なく生きてこられた訳だが、自分の力で切り開かなければならないと思い立った。その時に1人で頑張れる厳しい環境に身を置くことが重要なのではないかと。そんな訳で今現在に至る。何とかして踏ん張りたいところである。


〈②精密検査と診断結果〉

3月の前半は病院に通いまくっていたことも忙しさを極めた1つの理由でもある。以前の記録で僕は急性膵炎を患ったということを書いた。

あれから3ヶ月が経った。食事制限を頑張って続けた甲斐があったのか、体重は5キロ減。腹囲は5センチ減。大分お腹周りがスッキリした。脂質を控える生活は結構慣れたが、やはり常に空腹な状態なのはキツイものがあった。食べたいものが食べられない苦しさ。

精密検査ではMRIだったりCTだったり、レントゲンだったりとありとあらゆる手段を以てして検査した。個人的に造影剤が1番辛い所ではあったが、あの身体に入った瞬間にカッと熱くなるのは何だか面白かった。あれでアレルギー反応を起こすこともあるから、検査前に同意書を書かされるのだが確かになと思いつつ何も考えずスラスラと名前を書く自分が恐ろしいと感じた。

検査を受け、その1週間後に結果が出るとのことだったので午前中お休みを貰って検診を受けてきた。結果として「何も異状なし」ということだった。急性膵炎の発生原因としては急激なアルコール摂取によるものであると結論付けられた。

「食事制限はもう大丈夫です。今後も脂質の取りすぎには注意してくださいね。念のためアルコールは1年ぐらい控えてみてください。タバコは程々に。」

心の底から嬉しさが溢れた。僕はお酒が好きだけれど、正直飲まなくても全然生きていけることが判明したし、そもそも僕はお酒に強い体質ではないので無くても生きていける。禁酒自体はさして僕にとって重要なことではない。何より!そう何より、食事制限の解除が僕には堪らなく嬉しかった。

最初に何を食べてやろうかと思って、検診を受け、午後から仕事に行き、家に帰って僕はまずチョコを食べた。僕は言葉を失った。「チョコってこんなにうまいのか…」とあまりの感動に少し涙した。病気になってみると普段当たり前のように食べているものの有難みがよく分かる。しかし、だからと言って食べすぎには用心したいところだ。

はてさて、皆様にはご迷惑おかけしました。一緒にご飯に行こうとしたときに気を遣わせてしまって。今度は問題なく食べられますので、是非お誘い頂けるとありがたいです。あ、お酒は飲めないので車いつでも出します。


〈③期末に向けた業務〉

3月。それは令和4年度の終りの月。通常業務もそれに向けて忙しさを極めている。以前の記録で僕に後輩が出来た話を書いた。

僕は直属の後輩を持ったことがないから、どう接していいのか煩悶しながら仕事をこなしている訳だが、やはり教えながら自身の業務を遂行するのは難しい。ゆっくり教えたいのだけれども、中々時間が取れないというのは辛いものがある。幸いなことに、僕の後輩は非常に優秀なので1回教えれば大抵のことが出来るのでそこは非常に助かっている。

しかし、自分の案件が立て込んでいる時はやはりしんどい。現状、面倒な案件を4件抱えておりここでもてんてこ舞いを極めている。何というか、お客との連絡が円滑にいかないのは辛いものがある。というよりも、何でもかんでもこちら任せというのは進めたくても進まないものがある。ある程度の協力はしてほしいものだ。

僕は「何でもかんでも任せれば何とかなるだろう」という人が好きではない。勿論、任せてもらえるのはありがたいことなのだが、少なくとも自身のことであるという認識を捨て去ってしまわないで欲しいと常々思う。

一方的な業務ほど大変なものはないと改めて思う。双方の協力ありきで進んでいくことを忘れないで欲しいと思う。何よりも「自分の状況を分かっていない」という客があまりにも多すぎるとここ最近、接客をして感じるところである。自身の状況が分からないままいきなり任されてもこちらとしても困る。こちらが歩み寄ろうとしても、「そっちでやってくれ」と言われる時ほど腹立たしいことこの上ない。

まあ、客については前の記録で書いてあるからそちらを見て貰えればいいのだが、最近はこういう輩が多すぎるし、3月という忙しい時に限ってわんさか溢れてくる。当事者意識のない客は嫌いだ。


とまあ、こんな有様な状態で中々更新できなかった訳である。他にも細かいことなど列挙すればキリないだろうが、眼に見えてのものは上記のものである。とはいえ、忙しくても本は読んでいる。うむ、ここはブレないんだな…。

そういえばつい先日、友人のバンドが新曲を発表したらしい。リンク貼っておくので聞いてもらいたいのだが、歌詞が良いなあと思いながらしみじみし聞き入ってしまった。

しかし、改めて凄いなと感心させられる。僕よりも忙しい中で、好きなこととはいえここまでやれるのは純粋に凄い。何というか、そこに対する熱量…ではないな…熱情が凄まじいのだろうと思う。羨ましいなと思う。というよりも、僕の好きはせいぜいそこまでのものなんだなと常々感じさせられる。いい刺激を貰ってばかりだ。

僕にも彼のように何か熱情を持って取り組めるものがあればと常々思う。今のところ僕にはそれが読書しか無くて、こうしてnoteも書いている訳だが書くことですらままならない。僕は煩悶としてしまう。でも、僕は僕だから僕のやり方で出来ることをコツコツやって行くだけなんだなと改めて思い知らされる。

そんな中でたまたまボードレールの詩を読んだ。

Eniverz-vous
 Il faut etre toujours ivre.Tout est la: c'est l'unique question.Pour ne pas sentir l'horrible fardeau du Temps qui brise vos epaules et vous penche vers la terre, il faut vous enivrer sans treve.
 Mais de quoi?De vin,de poesie ou de vertu, a votre guise.Mais eniverz-vous.
 Et si quelequefois, sur les marches d'un palais, sur l'herbe verte d'un fosse, dans la solitude morne de votre chambre, vous vous reveillez, l'ivresse deja diminuee ou disparue, demandez au vent, a la vague, a l'etoile, a l'oiseau, a l'horloge, a tout e qui fuit, a tout ce qui gemit, a tout ce qui roule, a tout ce qui chante, a tout ce qui parle, demandez quelle heure il est; et le vent, la vague, l'etoile, l'oiseau, l'horloge, vous repondront: ≪Il est l'heure de s'enivrer! Pour n'etre pas les esclaves martyrises du Temps, enivrez-vous; enivrez-vous sans cesse! De vin, de poesie ou de vertu, a votre guise.≫

『酔いたまえ』
 常に酔っていなければならぬ。それがすべてだ、問題はそれしかない。君の肩を押しひしぎ、君を地べたにかがませる「時間」の恐るべき重荷を感じたくなかったら、休むひまなく酔い続けなければならぬ。
 しかし、何に?酒にでも、詩にでも美徳にでも、お好きなように。だがとにかく酔いたまえ。
 そしてもしもときたま、宮殿の石段の上で、堀割の緑の草の上で、君の部屋の陰鬱な孤独の中で、君が目を覚まし、酔いがすでに薄れたり消えたりしていたら、訊ねるがいい、風に、波に、星に、鳥に、時計に、およそ移ろうもの、およそ呻くもの、およそめぐるもの、およそ歌うもの、およそ語るもののすべてに、訊ねるがいい、いまは何時かと。すると、風も、波も、星も、鳥も、時計も、君に答えるだろう、≪いまは酔うべき時!「時間」の奴隷として虐げられたくなかったら、酔いたまえ、絶えず酔いたまえ!酒にでも、詩にでも美徳にでも、お好きなように≫と。

安藤元雄訳 ボードレール「酔いたまえ」『フランス名詩選』
(岩波文庫 1998年)P.138,139

僕も酔い続けられるようになりたい。そう願うここ最近である。

よしなに。










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