書く。自分の為に。noteデビュー記事。

私は、Instagramを中心にSNSを発信している。

伝えたいこと、残しておきたいことが、溢れてしまい、投稿ではつい長い文章になってしまう。

「きっとそんな長文は求められていないのかもしれないな」「読みにくいかな」

そんな不安が付きまとってしまい、削って、書いて、届けている。私は生粋の ”気にしい” だから。

それなのに、なんだか本当に伝えたいことを伝えれていない気持ちになる。

なんとなくいつも納得いかいないのだ。

単にまとめる力がないだけだと言われればそれまでだが、私はもっと、読んでくれる人に語り掛けるようにしゃべりたいのだ。

まさに「手紙」のように。

だから、noteというフィールドだったら、自分が好きなだけ想いを書いても許されるのかもしれない。そんな想いで勢いで始めてみた。

正直何もわからない。でも、私は、自分の想いをちゃんと吐き出し、残すこと。そのために始めた。

「手紙」という単語を出したが、私は手紙を広めることをしていきたい人間だ。

「なぜ手紙なのか。」

それだけで記事が10本くらいかけそうなくらい色んな背景があるので、自己紹介を兼ねてゆっくりと書いていきたいと思っている。(noteではそれを発信することが許してもらえそうだ。嬉しい。)

手紙のように話したいと言っているのは、

手紙というものは、自分の想いを削ぎ落さず、いろんなものを身にまとったまま言葉に残せるものだと思っているからだ。

行間、語尾、文字、すべてにその人らしさが表れる。

でもそんな手紙を読んでいると、書き手の声が聞こえるような感覚がある。

ゆるっとした文字では、相手の優しい声が聞こえてきて、

普段絶対手紙書かなそうな人が一生懸命書いた文字には、文章の上手さも、文字の綺麗さも、一切関係ない世界線で、ぐっと気持ちが掴まれる。

昔友達と授業中交換していた手紙を読むと、なんだかその当時にタイムスリップしたような気になる。

もう二度と会えない相手だとしても、手紙を読むと、相手を近くに感じることができる。気づいたら涙が出る。

私はそんな風に、紡がれる言葉の垣間見える”その人らしさ”を残して届けたい。それが性にあっている。

だから、私は書く。自分の為に。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?