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掌編小説 『外では……』

 外では洪水により、家々が流されたり沈んだりしている。しかし彼女は悠々と、我が家の屋根の上で編み物をしている。

 外では未知の怪獣が暴れ回り、次々と街を破壊している。しかし彼女は悠々と、お気に入りの揺り椅子で編み物をしている。

 外では兵士たちがはげしく戦い、無数の銃弾が飛び交っている。しかし彼女は悠々と、パイの匂いのするキッチンで編み物をしている。

 外では巨大な隕石が迫ってきて、人々が恐慌し逃げ惑っている。しかし彼女は悠々と、あたたかな暖炉のかたわらで編み物をしている。

 サイレンがいよいよ血を吐き出す。我々も避難しようと、ついに彼女の夫が云う。彼女は椅子から立ち上がり、最小限の支度をして、外へ出た。いつも持ち歩いているハンドバッグ一つぎり。道路は大渋滞で、どこへも逃げられそうにない。どの車もめいっぱい荷物と人間を積んで、けたたましくクラクションを鳴らしている。隕石はもう間近で、その熱さえ感じ取れる。少しも動かない車の助手席で、彼女は悠々と、編み物をしている。

 もう駄目だ、僕らは助からない。君がそんな風にいつまでも編み物なんかにかまけているからだ。夫が頭をかきむしりながら彼女に怒る。彼女は泰然と答える。

「編み物をしていたら、おもい出しました。はるか昔、ご先祖様が、我が家の地下に核シェルターを作ったことを。なにせ一度として使われたことがないものですから、今のいままで忘れていましたわ。使うべき時に、使わなければね」

 夫婦は車を降りて我が家へ戻り、すんでのところで地下の角シェルターへ逃げ込んだ。地響きがする。外は一体どうなっているのか。夫が落ち着かずにシェルターの中をうろうろと歩き回るそばで、彼女は悠々と、編み物をしつづけた。


【 終 わ り 】

*ギャラリーより素敵な作品をお借りしました。どうもありがとうございます*

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