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『男はつらいよ』はスーパーヒーロー映画

『男はつらいよ』は、大好きな映画シリーズだ。

何度も見返したくなるし、正月になると『男はつらいよ』を観たくなる。寅さん記念館が出来た時は、早速足を運び、館内にあった寅さんクイズに挑戦、なかなかマニアックな設問があったものの、しっかり全問正解して名人の称号をもらってきた。

名人の称号は自慢にもならない自慢話であるが、しかし、こういった『男はつらいよ』ファンは多くいると思うし、「正月は寅さん」という人も多いのではないだろうか。

長年、愛され続ける『男はつらいよ』の魅力について、「マンネリ化による安定」「日本的な情緒」「日本各地の景色」「失恋による侘しさ」などと言われることがある。それらも確かに『男はつらいよ』の魅力だと思う。

しかし、これだけ長く多くの人に愛されてきた要因は、もっと他にあると感じる。それは何なのかというと、『男はつらいよ』の魅力は、スーパーヒーロー映画としての魅力ではないか、ということである。

寅さんはスーパーヒーロー

マーベルやDCの作品に登場するスーパーヒーロー達は、「なりたいけど、なれない存在」である。観客は、そんな彼らに憧れを抱き、彼らのような存在になりたい(決してなれないけれど)という思いを抱く。

だからこそ、スーパーヒーローは多くの人を魅了する。

『男はつらいよ』を観ていると、主人公の寅さんはスーパーヒーローなのではないか?と感じる。だから、『男はつらいよ』そして寅さんは、多くの人を魅了するのではないか。

マーベルやDCのスーパーヒーロー映画は、共通の特徴を持っており、それらを見ていくと、スーパーヒーローとは何なのかが見えてくる。そして『男はつらいよ』が、多くの人に愛され続ける理由も見えてくる。

スーパーヒーローの特徴1. 期待感

コスチューム

スーパーヒーローは、それぞれコスチュームがある。スーパーマンといえば青と赤のスーツだし、バットマンはコウモリがモチーフの黒である。

寅さんの場合、チェック柄のスーツに腹巻、帽子、雪駄である。

これらコスチュームを見ると、スーパーヒーローの登場をすぐさま確認できる。スーパーマンであれ、バットマンであれ、車寅次郎であれである。

基地

スーパーヒーローは各地で戦うが、彼らは本拠地として基地を持っている。それは、作戦司令部としての役目も果たすし、隠れ家ともなり、そして、スーパーヒーローが所属する場所を示すことになる。

寅さんの場合の基地は、おいちゃんとおばちゃんが経営する柴又の団子屋とらやである。『男はつらいよ』の定型化されたパターンとして、映画冒頭、旅をしていた寅さんが、本拠地・柴又に帰ってくるところから始まる。

これら、コスチュームと基地によってもたらされるのは、スーパーヒーローの確認と、確認による期待感の増強である。冒頭にコスチュームや基地が登場すれば、観客は「これから見るのはスーパーヒーローの活躍だ!」と意識し、期待感が高まる。中盤で登場すれば「待ってました!」となり、クライマックスへ向けて興奮が高まる。

スーパーヒーローの特徴2. 憧れの象徴

特殊能力

スーパーヒーローは特殊能力を持っている。スーパーマンは空を飛び、怪力で地球を救う。スパイダーマンはクモ糸を操り、超人的な跳躍力を持つ。

寅さんの場合、特殊能力は「瞬間移動」である。

『男はつらいよ』でのお決まりのパターンとして、柴又のとらやに帰ってきた寅さんが、家族やタコ社長と大ゲンカして、とらやを飛び出すシーンがある。そして再び寅さんは、日本のどこかへ旅立っていく。

定番のシーンだが、実はこのシーンはかなりおかしい。寅さんの財布はいつも空っぽに近い。東京柴又から、日本のどこか遠い場所へ旅するなら、それなりの出費が伴う。公開当時、例えば北海道や九州への旅行となれば、なかなかの一大イベントである。寅さんがそのような大金を持っているはずがない(時折、妹のさくらがこっそりと寅さんにお金を渡す時もあるが)。

大喧嘩して飛び出していくのが夜の場合もあるが、柴又から特急列車のある上野までは1時間程かかる。時刻表で列車時刻の確認もしておらず、夜遅い時間に上野に着いた後、列車がまだあるか不明だし、また、寅さんはカバンひとつ持って飛び出すが、下着類や着替えの用意もしていない。

家を飛び出したところで、すぐにどこかへ旅など出来るはずないのである。

しかし、大喧嘩して飛び出した後、次のシーンでは、寅さんが北海道の田舎道を優雅に歩いていたり、九州の港をブラブラしていたりする。

これが、寅さんの「瞬間移動」である。

スーパーヒーローがもつ特殊能力は、憧れの象徴である。あんな能力があれば俺だって世界を救えるのに、私だって大好きな彼を救けてあげられるのに、といった具合にである。

寅さんの「瞬間移動」は、現実社会からの解放という憧れを意味する。

ストレスフルで窮屈な社会。そんな社会から逃げたい。けれど仕事もあり家族もあり、逃げることはできない。一時だけ、窮屈な社会を忘れるため、旅行やレジャーを楽しむ。

しかし寅さんは、窮屈さに直面すると「瞬間移動」によって、瞬く間に日本のどこかへ移動する。俺だって私だって「瞬間移動ができたら、仕事を放り出して日本のどこかへ行けるのに…!」そんな思いにさせるのである。

スーパーヒーローの特徴3. 正義を学ぶ

ルール

スーパーヒーローがもっているルールの特徴は「正義のために戦う」ということである。動機は様々であるが、一様に正義のために戦う。

寅さんも、正義の人である。嘘はつかない、誠実、情に厚く、弱者の味方。寅さんの正義感が最もストレートに表れているのが第17作『男はつらいよ 夕焼け小焼け』だと思うが、後半、200万円を騙し取られた芸者ぼたんのため、寅さんが放つ名台詞は、正義の人・寅さんを象徴している。

二面性

正義のために戦うスーパーヒーローは、普段、普通の人である。むしろ、弱い存在である。普段は普通の人が、正義のために戦う。そうすることで「正義のために戦う」姿が引き立つ。

スパイダーマンのピーターが普段から、高校でも人気者、成績優秀でケンカも強いだと、スパイダーマンに変身した時が引き立たない。

寅さんは、定職につかず、年中ブラブラ、自分勝手で女にだらしない。実社会にいたらとんでもない不良男である。そんな不良男が、正義の行動をとり、正義の台詞を吐く。だから、寅さんの正義は胸を打つ。

スーパーヒーローの特徴4. 優しさを学ぶ

協力者

スーパーヒーローには仲間がいる。スーパーヒーローが困った時に助けてくれたり、サポートをしてくれる存在だ。『バットマン』でいえばキャットウーマンやロビンがそれに当たる。『アベンジャーズ』はスーパーヒーロー・チームである。

スーパーヒーローが仲間に助けられたり、もしくは仲間を助けるシーン。これらによって、友情や愛情が描かれ、観客に感動を覚えさせる。

寅さんの場合、協力者は家族である。おいちゃん、おばちゃん、さくらに博、満男。血はつながっていないが、タコ社長や御前様、源公を含めてもいいだろう。

このような寅さんの協力者は、極めて優しい。上述したようにとんでもない不良男の寅さんを、いつも温かく迎え入れてくれる。どんなに寅さんが騒動を巻き起こしても、時に寅さんを𠮟りつけることもあるが、最後はやっぱり迎え入れてくれる。それら協力者たち姿は、日本的なおもてなしであり、圧巻の優しさであり、見ている者の胸を打つ

スーパーヒーロー映画『男はつらいよ』の魅力

このように寅さんは、スーパーヒーローの特徴を備えており、スーパーヒーロー寅さんを主人公とする『男はつらいよ』は、マーベルやDCに負けない松竹のスーパーヒーロー映画シリーズと感じる。

『男はつらいよ』は、車寅次郎というスーパーヒーローにより「あんな人になりたい」という存在の願望「あんな行動を取りたい」という行動の願望「あんな家族・友人を持ちたい」という所有の願望を、映画という虚構の世界に描き出す。そして、『男はつらいよ』を観ている2時間だけは、それらの願望を疑似体験させてくれる。

これが、『男はつらいよ』が、長年に渡って人々を魅了しつづける魅力ではないかと感じる。

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