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ただ楽になりたいだけ

8月31日と9月1日の差なんて言ってしまえばたった1日またぐだけなのに、月が替わるとなるとその1日は大きく思えちゃいませんか。特に8月と9月は、夏が終わり秋が始まるという季節の移り変わりを感じるからか、他の月よりも殊更意識してしまいます。

そうして9月を迎え、気づけば今年も残すところ4ヶ月。今年に入ってから(いや昨年もそうだったのかもしれないけれど)ただ時間だけが過ぎていって、わたしは置いていかれるばかり。平等な時の流れが残酷なことのように思えます。
8月のことを振り返りながら、なにひとつ成長できていないことを改めて自覚し落ち込む。この一連の流れ、先月もしたなあ……なんて思ってさらに落ち込む。わたしの人生は一生こんなことの繰り返しなのかな、そんな考えが浮かんできて、9月を生きるのがとても恐ろしくなってしまいました。


月が替わろうが、どれだけ時間が経とうが、相変わらずつらさも死にたさも当然のようにわたしのそばに存在しています。死にたいのは普通じゃないことのようですが、そんな生活も長く続けているうちにそれがわたしにとっての普通になってしまいました。抱えているそれらの感情が爆発を起こさない限りは、最低限ある程度の生活を送れるし、限られた時間であれば普通の――死にたいなんて思ったことがない――人のように過ごせます。
けれど、最近になってより一層爆発の頻度が多くなってきてしまって、そのコントロールもうまくいかず、ちょっと限界が近いのかも……と思っています。死という選択肢が、手を伸ばせば届くところにあるような感覚です。

それでもなんとかその選択をしないように、死を先延ばしにして生きているけれど、はたしてその生活に終わりはあるんでしょうか。救われるときは来るんでしょうか。そもそも、わたしにとっての救いって、なんなんでしょう。


人並みの活動ができず持て余す時間、ぐるぐる考えてばかりいます。同じような考えを繰り返し、ぐるぐる、ぐるぐる。考えているだけじゃどうしようもないってこと、自分がいちばんよく分かっているはずなのに。
「生きているだけでいい」「死ぬことさえしなければなんとでもなる」その励ましの言葉に助けられることもあると思います。その言葉自体を否定はしません。
けれど、わたしはもうその言葉に救われる段階をとうに過ぎてしまっているんです。休んでいれば時間が解決してくれるなんてことはありません。これからも生きていくのなら、動かなくちゃいけない。生きているだけで苦しい、生きているだけで精一杯だとしても、そこからさらに頑張らないと、苦しい現状を打破することはできないのです。

こうやって自己分析ばかりして言葉にしていても、根本的な解決に繋がらないし、苦しみが解消されることもありません。分析したその先に行動を起こさなくちゃ、なにも意味がないのです。

変わりたいなら、変わろうとしなきゃいけない。わたしの抱える精神疾患は、受け身で治るものではないと思います。良くなろうとしなくちゃ、いつまで経っても良くならない。それにわたしの場合は、生きづらさや希死念慮の根っこには生まれ持った特性や思考の癖が大きく関わってきていると言われたことがあります。今までの人生で培われた思考の癖を正すことは簡単なことではないはずです。

そう、結局自分を生かすも殺すも自分次第。
それなら動き出せばいいじゃん!と言われると、そんな単純なものでもなく。動き出したら、すでにおしまいの心が本格的に死んで、肉体的にも死を選んでしまう気がしてならないからです。

そんなことを言って、自分がどうすればいいのか分からないまま、選択することを恐れ逃げ続けているのが今のわたしです。これが病状によるものなのか、恵まれた環境に甘えているだけなのか、それも分かりません。

ただひとつ思うのは、自分のなにも信じられないということ、それだけです。
死にたい気持ちも、病気すらも、都合の良い言い訳に使っているだけのように思えてきます。なにもできず、動こうとしない自分を正当化するためだけに死にたがっているんじゃないか。まるで死にたいから許して、と訴えているかのように。
今こうして生きているから「本当は死ぬ気ないんでしょ、だってずっと生きてるじゃん(笑)」ともうひとりの自分が囁き、嘲笑するのです。

だから、自分の感じている死にたい気持ちですら信じられない。生きたい、生きようとしている自分を少しでも感じるとそんな自分に対しての嫌悪感でいっぱいになります。
もう、自分が分かりません。こんな自分が気持ち悪くて仕方がない。


生きていてこんなにしんどいのに、そこからさらに生きるために努力するくらいなら、死んでしまいたいと思うのはなにもおかしなことじゃないですよね。死ねば終わりなんです。それがとても魅力に思えてなりません。
さっき、自分を生かすも殺すも自分次第だと言いました。それならもう答えは後者一択。そう思っているはずなのに、なんでいまだに生きているんでしょう。
結局生きることも死ぬこともできないどっちつかずなわたし。わたしの言う「死にたい」も「生きてみる」も結論逃げでしかないんです。

こんな自分でいることに疲れてしまいました。救いがなにかは分からないけど、もうなんでもいいから楽になりたいです。

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