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ピアニストになるために必要なこと(1)

【子供の頃にピアノを習い始めたら上達が早く、忍耐強く真面目に練習を続けていったら年齢と共に順調にグレードアップしていき、生徒さん自身もピアノをますます大好きになってピアノを職業にしたいと思うようになり、音大に入学した。】というパターンを辿った人は、世の中に多くいらっしゃると思います。

でも音大に行ったもののいろいろな理由で挫折してしまい、結局はピアノを弾くことさえやめてしまう人も、実は大勢います。

私のハンガリー人の生徒さんは、子供の頃、ピアノの才能を見出され、ハンガリーの英才教育プログラムに入っていた女性。
数々のコンクールで受賞し、将来のハンガリーを担うピアニストになる道を子供の頃から歩んでいました。

ハンガリーの英才教育プログラムは、子供は小学生の頃から親元を離れ、寄宿舎生活で音楽を学ぶのだそうです。
彼女も小学生時代から寄宿舎生活。
自分のピアノの先生が自分の母親のような役割だった、と言っていました。

でも、彼女は高校生の時に、壁にぶち当たりました。
「自分は何のためにピアノを弾いているんだろう、どうして賞を取り続けなければいけないんだろう?先生を喜ばすため?学校のため?」
と疑問に思い始めたのだそうです。

そして彼女が下した決断は、将来を約束されたレールから外れる、つまり音大に行かない、という道でした。

学校は大騒ぎになったそうです。
それはそうでしょう。
将来の国を代表するピアニストとして、ずっと国のプログラム下で教育されてきたわけですから、、。

彼女は大学で法律を学び、結婚し、お母さんになりました。
ところが30歳を目前にした時、またピアノをしっかり弾きたい、と思ったのだそう。

私のコンサートを聴いたという彼女は、コンサートの翌週に私に電話で「会って、私のピアノを聴いてください。」と言ってきました。
私はOKし、学校のレッスン室に来てもらうことに、、。

彼女が私の前で弾いたのは、ラヴェルの【夜のガスパール】。
難曲です。
この曲を最後に、ハンガリーの音楽高校を退学した、と説明してくれました。

私の率直な疑問は、「ここまで弾けていた人が、どうして挫折したの?何があってピアニストになるのを辞めたの?もうあと一歩、ほんのあと一歩だったじゃない!」でした。
本当に、ここまでに上達するのには並大抵の努力と歳月ではなかったはず。
それは生徒の彼女だけでなく、教えた先生にとっても、、、です。

「どうして?」

「もう限界だったんです。全く心が死んでいるようだったんです。」と彼女。

「じゃあ、どうしてまたピアノを習いたくなったの?」
「あなたのコンサートに行ってあなたの演奏を聴いていたら、急に『もう一度ピアノを弾きたい!』という気持ちが沸き起こってきたんです。私の何かが変わったんです、あのコンサートで、、。」

なるほど、、、いや、わかったような、わからないような、、、。

でも、私は彼女がすごく可哀想になって、私の弟子にすることにしました。
雛から大事に育てられた小鳥が、羽ばたく寸前で羽を失ってしまったかのようで、傷を治してあげたい、いえ、治してあげなくてはと思ったのです。



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