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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈03.アンネ・パソ〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

フィンランド中部の都市オウルから北東へ約20km。キーミンキにあるヤーリの森はベリーやキノコの宝物庫。この季節は運がよければ、メシマルヤと呼ばれるちょっと珍しい木苺にも出会えるかもしれません。国土の約75%が森林に覆われるフィンランド。人々の暮らしに森は身近な存在です。

この町を拠点にインダストリアルデザイナーとして活躍するのが、アンネ・パソさん。2006年にLovi社を創設し、アンネさんがデザインしたフィンランド産の白樺合板を使ったツリーやオブジェの組み立てキットは国内外に販路を拡張しています。

悩ましくも楽しい、旅先でのお土産選び。フィンランドのお土産で、私が特にこだわりたいのがMade in Finland。帰国後の憂愁さえも晴らしてくれそうな、"フィンラン度100%"の製品を毎回少しずつ持ち帰るようにしています。「lovi」もその一つ。職場のデスクや自宅のリビングにさりげなく飾ることができ、フィンランドの自然を感じられるのが嬉しいです。

今回は、フィンランドの自然に敬意を払いながら、工業デザインの可能性に挑戦するクリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Anne Paso(アンネ・パソ)/ インダストリアルデザイナー

アンネさんが生まれ育ったラーへはボスニア湾に面し、フィンランド中部にある古い港町です。小さい頃から図画工作や読書が好きで、探究心は千古不易の原動力。遊び疲れた昼下がりには、クレープのように生地を薄く伸ばして焼きあげるフィンランドのパンケーキ、レットゥを手作りしました。甘い記憶とともに思い出されるのは、自然の多様性。水遊びをするために通った入り江は、淡水と海水が混ざった汽水域にあり、また、1万年前まで氷河の重みで沈んでいた地殻が隆起するリバウンド現象が今でも見られる地域だとか。創造性はこのような土壌の中で育まれたのかもしれません。

高校卒業後は、デザインの勉強をするためにロヴァニエミにあるラップランド大学へ進学。木材に関して様々な教えを受ける中で、生態系に心を配りながら作用する木の順応性、その「人柄」に惹かれました。アンネさんは木に恋をしたのです。フィンランドには豊富な森林資源がありますが、木材は一度伐採しても植林することで再生産が可能です。この頃から、未来に残せる方法で木材を使用することを考え始めました。

大学を卒業する年には、在学中に結婚したパートナーのミッコさんとの間に一人娘のオオナさんを授かります。彼女にとって母親になることは、キャリアの妨げにはなりませんでした。起業家として、他企業のロゴやお土産、店舗のデザインなどを手伝う一方で、自分のアイデアを商品化し、それをもとに会社を立ち上げるための種まきの時間でもあったからです。


芽を出したのは、それから1年後。アンネさんは、持続可能な方法で生産できると同時に、加工された木材の価値を高めることができる製品の着想を得ます。2001年に誕生した組み立て式の木製ボール型クリスマスオーナメント、これがLovi社の出発点です。

クリスマスセールでの試験販売は大きな反響を呼びました。顧客のニーズに耳を傾け、製品をフラットな状態にすることで輸送や保管の面でも好都合に物事が運ぶことにも気が付いたのでした。自分の手で商品を組み立てる楽しさをエンドユーザーに届ける。loviのパッケージはこうして完成しました。


2006年、ついにフィンランド北部の小さな町キーミンキにあるヤーリ村にLovi社を設立します。追風に帆を上げながら、31歳の船出。アンネさんが心に宿した羅針盤の二つの針は当時と変わらず、今も同じ方角を指し続けています。

一つは、すべての製造工程をフィンランド国内で完結させること。創業当初、白樺合板から製品をカットして梱包するまでの作業を国内の下請け業社に委託していた時期もありますが、現在では、設計、製造、マーケティング、販売に関する一切をヤーリの自社工場で行っています。一つ屋根の下に四つの部隊が集結したことで意思疎通がよりスムーズになり、お互いから学び合うこともできるようになりました。

もう一つは、フィンランドの自然で育った白樺合板のみを使用すること。「美しさが長持ちし、新鮮に見えるような方法で製品を設計したいと考えています。甘すぎず、しょっぱすぎず、バランスが取れていないといけません。」企業にとって、美的デザインがいかに重要か。その課題をアンネさんは、フィンランドの木材を使ったクオリティの高い製品を創造することで提示しています。

色褪せない美しさを追求し、使い捨てではない永続的な喜びを提供したい。アンネさんは、そのための役割と責任を自覚しています。「森の恵みに感謝し、持続可能な方法で、もっと長持ちする、もっと楽しめる製品に資源を活用したいと思います。」


Lovi社は2009年から植樹を開始し、 2020年の終わりにはEden Reforestation Projectsとの共同事業も始動。2022年までに175,000本の苗木を植えました。今後は、毎年50,000本の木を植えたいと考えています。

植林後の森では、人間が継続的に間伐などを行ない、成長を手助けすることで、木々は地中深くに根を張るといわれています。無理をしないで素直でいる。人も自然も本来の力を発揮するために、時には誰かを頼ることも大切なのかもしれません。アンネさんの創造性を信じ、励まし続けてきた最愛のパートナーで経営学のスペシャリストのミッコさんは、7年前にLovi社の仲間に加わりました。アンネさんにはともに経営の舵をとる頼もしい味方がいます。

フィンランドの自然が育んだ森林資源から、アートと実用性を組み合わせたデザインを創造したい。アンネさんが創設したLovi社は先日、16歳の誕生日を迎えました。工業デザインの可能性へのチャレンジは、この先もまだまだ続くことでしょう。船の舳先に立つ背中は逞ましく、航路を見つめる眼差しは自然への思いやりと好奇心に溢れています。

\ Anneさんにもっと聞きたい! /

Q.大切にしている考えは?
一人がすべてを決めるよりも、みんなで話し合った方が良い解決策が必ず見つかると信じています。一方で、創造的な仕事にはアイデンティティが欠かせません。 "inside out on parempi kuin outside in." 。自分の考えと創作物が表裏一体をなすまで、時間をかけてアイデアを育てることがとても大切です。社会にはあらゆるアイデアが何らかの形ですでに存在していますが、クリエーターが真っ先に行うべきは模倣ではなく、それらに自分の個人的な視点を持ち込むことだと思います。

Q.大学での学びについて
見る力を養い、デッサンスキルを高めるために、たくさん素描しました。アートと実用性を組み合わせたいと思っていたので、工業デザインの勉強を始めるのが最良の選択に思えましたが、プラスチック製品には全く惹かれませんでした。そんなときに木のコースを受講し、木には個性があることを学んだのです。湿度に呼応しながら、縮んだり膨らんだりすること。天然素材なので接着剤などで修繕でき、処分するときも環境を害するものが残らないこと。木は自然のサイクルの一部です。自然は小さい頃から私にとってとても重要なテーマですが、大学での学びがそれを確信に変えてくれました。

Q. アンネさんにとって、木とはどんな存在?
木には個性があります。特に森の古木は、古くて賢く平和な感じがします。何百年もそこにあって、それはすべてを見て、すべてを知っていて、落ち着いていて。穏やかな気分になります。私はウォーキングが好きなので、天気が良い日はよく、愛犬ピキを連れてコイテリコスキ(Koitelinkoski)に出かけます。キーミンキ川が流れる急流地帯で、私が好きな松の古木がたくさん生息しています。


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