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Culture|moiさんに教わる、フィンランドのコーヒー文化 〈02. カハヴィタウコの楽しみ方〉

深まる秋、コーヒーがより美味しく感じられるこの季節。ラプアン カンクリ 表参道では、「秋に愉しむコーヒー時間」をご提案しています。そこで今回は、コーヒーやフィンランドに詳しい moi・岩間さんを迎え、フィンランドのコーヒー文化について、お話しいただきました。

前回のコラムでは、フィンランドの人たちが毎日たくさんのコーヒーを飲むこと、しかしそれはこだわりや趣味という以上にもっと身近な存在であり、その近しさから「ティーマ」のようなコーヒーカップの名作が誕生したということについてお話ししました。

では、そんな生活の一部としてのコーヒー時間をはたしてフィンランドの人たちはどのように過ごしているのでしょう。ぼくら日本人のそれと比較しながら読み解いていきたいと思います。


コーヒーとおやつ

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ここ日本で、コーヒーと一緒に楽しむおやつといえば、まず真っ先に思い出されるのはケーキやクッキーのような焼き菓子かもしれません。ところが、フィンランドではちょっと事情が違います。

フィンランドでコーヒーの「相方」として忘れてはならないのは、なんといっても「プッラ」。カルダモンを練り込んだ生地に、さまざまなアレンジを施した菓子パンが好んで食されます。なかでも、映画『かもめ食堂』で日本でもすっかりおなじみとなった「コルヴァプースティ」と呼ばれるシナモンロールはその代表格。多くのカフェのメニューに見つけることができ、食べ比べるのも楽しみのひとつです。

ちなみに、ヘルシンキのデザイン美術館にもほど近い「カフェサクセス」では、ほとんど枕かと見紛うばかりのビッグサイズのシナモンロールにありつくことができます。目の前に置かれたシナモンロールの大きさに唖然とし、後悔するのもいつものこと。

おやつに菓子パンなんて食べたら晩ごはんに差し支えるのでは? なんてつい余計な心配もしたくなってしまいますが、共働きがあたりまえのフィンランドでは夕食は軽めに済ます家庭も多く、あるいはそんなライフスタイルとも関係しているのかもしれません。それを知らずにうっかり日本人が真似ると、ただの相撲レスラーになりかねないのでご用心。


選択の幅の少なさは近しさの証拠

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そしてもうひとつ、ここ最近はだいぶ変わってきたとはいえ、日本のコーヒーカルチャーとフィンランドのそれとを比べる時、コーヒーの味わいのバリエーションの少なさが挙げられます。

これはまだフィンランドのコーヒー事情について何も知らなかったころの話ですが、どこに行っても酸味の強い浅煎りのコーヒーばかりで辟易とさせられました。なかば中毒に近いコーヒー好きとしては、コーヒーを飲む場所に困らないのはありがたいのですが、日本のように浅煎りから深煎り、工夫を凝らしたブレンドまで、その日の気分でコーヒーの味を選べないのにはほとほと参りました。

しかしこれも、フィンランドの人たちとコーヒーとの関係の近しさを思えば納得がいきます。たとえば、ぼくら日本人にとっての日本茶の存在を考えてみて下さい。高価な「玉露」からペットボトルのお茶、食堂で無料で出される薄いお茶(のような液体)まで、ぼくらはそれを全部ひっくるめて「お茶」というひとことで片付けてはいないでしょうか。

焙煎度が異なるさまざまな豆を取り揃えたり、配合に苦心したりするのは探求の証です。探求は、こだわりや趣味から芽生え、育まれます。ぼくら日本人にとっての「お茶」がフィンランド人にとっては「コーヒー」なのだと考えると、なんだか色々しっくりくるような気がするのです。


コーヒーメーカーとやかんコーヒー

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ところで、フィンランドではコーヒーの抽出にコーヒーメーカーを用いるのが一般的です。家庭に限らず、カフェやレストランでもコーヒーメーカーから客が自らコーヒーを注ぐスタイルとよく遭遇します。運が悪いと、すっかり煮詰まった酷い味のコーヒーにあたることもしばしば。作り置きが基本のコーヒーメーカーは廃棄も必然的に多くなりがちです。フィンランドのコーヒー消費量の多さの陰には、じつはそんなカラクリもあるのではと思っているのですが。

コーヒーメーカー以外に、フィンランドでポピュラーなコーヒーの抽出法といえば「やかんコーヒー」があります。これは電気式のコーヒーメーカーが普及する以前、コーヒーの粉を投入したポットを直火で沸かして煮出すパーコレーターが使われていた名残りだと思います。北欧デザイン好きに人気のアンティ・ヌルメスニエミがデザインしたホーロー製ポットも家庭用のパーコレーターとしてつくられたものです。

コーヒーメーカーの普及によりパーコレーターを使う家庭も少なくなりましたが、森を散策したり、質素なサマーハウスで夏休みを過ごすことを好むひとが多いフィンランドでは、そのパーコレーターの文化が、奇蹟的に(?)たき火を囲んでコーヒーを楽しむ「やかんコーヒー」の文化として生き残りました。そのため、スーパーで売られているコーヒー豆には、このなじみ深い抽出方法に最適な挽き目の異なるパックが用意されています。ぜひスーパーでコーヒー豆の陳列棚に行ったら袋をチェックしてみて下さい。それぞれ、「コーヒーメーカー」や「やかん」のイラストが発見できるはずです。


幸福度とカハヴィタウコ

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最後に、フィンランド人にとって「カハヴィタウコ」がいかなる意味をもっているのか、そのことを考えてみたいのです。

これは、長い間カフェの店主として見てきた感想なのですが、日本では、カフェは誰かと会うためとか仕事をするためとか、なにか目的をもって行く場所になっているように感じます。また、あるアンケートでは半数近くのひとが、コーヒーを飲む場所として「職場」を挙げています。

それに対して、フィンランドの人たちは仕事や家庭から解放され、しばし「素」の自分に戻るためにもコーヒーブレイクを上手に活用しているようにみえます。そのため、カフェや喫茶店でくつろぐ機会も多く、ひとりで過ごすひとも多いのでしょう。極端なことを言えば、コーヒーを味わいたいのではなく、コーヒーカップ一杯分の自分だけの「時間」が欲しいのではないか、そんなふうにすら感じるのです。そしてそれこそが、フィンランド人の「カハヴィタウコ」の秘密かもしれません。

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ムーミンの物語に登場するスナフキンは「ひとり時間の達人」です。森の中でたき火をおこし、コーヒーを沸かしたりギターを弾いたり。それは孤独でも、ましてや孤立でもありません。自分が自分らしくいられる時間は、慌ただしい現代社会や複雑な人間関係のなかで生きねばならないぼくらにとっては欠くことのできない養分のようなものだからです。たとえスナフキンにはなれなくても、「カハヴィタウコ」というささやかなリセットボタンをもっているフィンランドの人たちが、ですから、日本人よりも幸福をより多く感じていたとしてもまったく不思議ではありません。

自然を感じながら、やさしい気持ちにしてくれるお気に入りの品々とともにコーヒーカップ一杯分の自分だけのひとときを。この秋は、部屋の換気はもちろんですが、日々の暮らしに「カハヴィタウコ」を上手に取り入れることで心の換気にも気を配りたいものです。


moiさんプロフィール

フィンランドをもっと好きになる
喫茶ひとりじかん
サークル nuotio|takibi
twitter:@moicafecom

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