Design&Art|デザインの眺め 〈06.美しきアアルト建築〉
アアルト大学でデザインを学ぶため、2年間のフィンランド生活を経験した優さん。帰国後もデザインリサーチャーとして、さらに活躍の場を広げています。「デザインの眺め」では、フィンランドのデザイン・建築についてさまざまな切り口で語っていただきます。今回のテーマは、20世紀を代表する建築家・デザイナーのアルヴァ・アアルトが手掛けた建築について。数々の現地写真とともにお届けします。
大きな四角い窓から入り込む、優しい光と一面の緑。水平方向に伸びる迷いのない直線と、反復される木材の垂直線。アルヴァ・アアルトの建築を少しでも知っている方なら、その素敵な風景がぱっと頭の中に浮かんでくるのではないでしょうか。フィンランド人のアアルトが、数多くのデザイン・建築をその土地に残したこと、そして多くの人々から愛されていたことは言うまでもありません。
これまで多くのメディアで取り上げられてきたアアルトハウスやスタジオアアルト。それ以外にも、アアルトによって設計された素晴らしい建築はたくさんあり、それらのデザインには共通した哲学とデザインエッセンスが感じられます。
今回は、フィンランドに住んでいた頃に訪れた「ちょっと隠れた素敵なアアルト建築」をいくつか紹介しながら、それぞれのデザインを少しだけ紐解いてみたいと思います。それらの繋がりを感じることで、すでに知っているアアルト建築の見え方も少し変わってくるかもしれません。
1.ヴィープリの図書館 / 1935年
1935年にかつてはフィンランド領だったヴィープリという街に建てられた市立図書館。その後の世界大戦で土地がロシアへと移り、名前がヴィボルグへと変わり、一時は荒れ果てた状態になったと言われていますが、その後アアルトの原案をもとに施設が修復され、現在の美しい姿に戻ったのです。初期の代表作とも言えるこの図書館には、今後の作品にも引き継がれるデザインエッセンスが数多く取り入れられています。
水平に伸びるまっすぐな線と平たい屋根。白い立面に大きく開けられた窓とそこから溢れてくるオレンジ色の光は、まさにアアルトのデザインを象徴するものです。
ひとつながりの空間を照らす天窓からのやわらかい光。すこし高さの異なる床を書架の内側に配置することで、開放的ながらも落ち着く場所がつくられています。ロヴァニエミの図書館など、他の施設でも同じつくりかたがされることが多いです。
このホールは、天井をなめらかに湾曲させることで声が後ろの方まできちんと届くよう設計されています。機能と美しさのバランス感覚こそがアアルト建築の真髄とも言えます。
また、利用者の使いやすさを追求するアアルトの哲学は扉の取っ手のような細かなところからも見て取れるので、アアルト建築に触れる機会があればぜひ注目をしてみてください。
2.コッコネン邸 / 1969年
アアルトの友人であり、フィンランドを代表する音楽家でもあったヨーナス・コッコネンのために設計されたコッコネン邸。
通り沿いの入り口からは、周りの木々や土に溶け込むように佇む外壁と、品のある小ぶりな窓が目に入ります。左側に見える白い軒はグランドピアノの造形を模してデザインされたと言われており、アアルトの作品にしては珍しい装飾的なつくりとなっています。
使い手の生活を第一に考えるアアルトの建築は、このように大人しい外観をしていることが多く、その代わりに、室内から外に向けた窓はこれでもかというほどに開放的にデザインされています。自然と調和しながら暮らす人々が心地よく過ごせる空間を作ること、アアルトの哲学の一つと言えるかもしれません。
湖のほとりで静かに佇む建築。よくみると、湖に近づくにつれて窓が大きくなっています。
広い庭には湖を望むプールがあります。
日本ではあまり耳にすることのないコッコネン邸ですが、今年発売された建築雑誌『a+u』のアアルト特集号で表紙を飾っています。アアルトの代名詞とも言える「大きな窓からの一面の緑」は晩年のこの作品にも存分に表現されているのです。アアルトハウスやマイレア邸との親和性を感じる方も多いのではないでしょうか。
3.セイナヨキの建築群
-ラケウデンリスティ教会 / 1960年
アアルトが生まれたクオルタネの隣町、セイナヨキにはアアルトが計画・設計した建築が街に広がります。その中でも代表的な建築が、この教会です。澄んだ空と白い鐘楼は、まるでフィンランドの国旗のようです(ちなみにフィンランドの国旗の青は湖と空、白は雪を表すそう)。
この教会の窓は縦に細長く、住宅などとは少し違ったプロポーションを持ちます。この窓がもたらす効果は、建物の中に入ってみるとよくわかります。
このように、北欧ならではの斜光は教会内部をドラマチックに演出し、奥の曲面壁は入ってきた光をやさしく拡散します。横からの光を曲面でやわらげる手法は、アアルトが設計をした公共施設などでよく見られるもので、室内への光の取り込み方に目を向けてみてもおもしろいかもしれません。
空間全体が調和するよう、家具のような小さなスケールのものまでデザインをすることもアアルトのスタイルの一つです。アルテックで売られている家具なども、元々は自身が設計をした建築に置くためにデザインされたものが多いです。
-セイナヨキの市庁舎 / 1962年
同じくセイナヨキにあるこの市庁舎の外壁には、アラビア社で製造された青いセラミックタイルが使われています。コバルトブルーの建築が、真っ白な雪原に浮かぶ姿もさぞ美しいだろうなと想像がふくらみます。
-アアルト図書館 / 1965年
こちらもセイナヨキの建築群のひとつ、アアルト図書館です。白をベースとしたシンプルなフォルムはなんともアアルトらしいものですが、図書館内部の空間の作り方・光の取り入れ方も他の施設とよく似ています。
本に直接光が当たりすぎないようルーバーを用いて光の量をコントロールしていたり、曲面の壁を使って間接光を生み出していたりと、細かいところまでが丁寧に設計されています。
隣接する新しい市立図書館とは地下で繋がっており、アアルト図書館と向かい合うようデザインされています。設計をしたJKMMアーキテクツは、ヘルシンキにある美術館アモス・レックスやアアルト大学の図書館も手がけています。
4.セイナッツァロの村役場 / 1952年
続いてご紹介するのは、数あるアアルト建築の中でもとりわけ評価の高いセイナッツァロの村役場です。1993年に役場としての役目を終え、1994年以降は、図書館やオフィスなどを併設する多目的施設として利用されています。湖に囲まれた小さな島の中心にあるこの施設。小さいながらもそれぞれの空間がとても丁寧につくられており、また、建物のプロポーションが抜群なバランスで周囲と美しく調和しています。
建物の隙間には中庭へと続く階段があり、歩みを進めるにつれて変わりゆく風景を楽しむことができます。
中庭に面する廊下の風景は、私が通っていたアアルト大学の校舎を想起させ、とても気持ちが良く好きな空間のひとつです。
明るい空間だけでなく、このような落ち着いた空間も美しいですよね。アアルトの建築の光はとても品があるように感じられます。
5.コエ・タロ / 1954年
最後にご紹介するのは、フィンランド語で実験住宅を意味するコエ・タロです。セイナッツァロの村役場から5キロほどの場所に位置するこの住宅では、レンガやタイルのパターンや素材などの実験が行われていました。そういう意味でも、この住宅には「アアルトらしさ」の種が点在しています。
実験の様子が壁のパターンからも垣間見えます。アアルト作品の独特なリズムは、この住宅から発展していったのでしょうか。
「夏の家」とも呼ばれるこの家は、アアルト自身のサマーハウスでもありました。しかし、当時はこの島へと続く橋がまだなく、ボートでしか辿り着くことができなかったそうです。そのボートも、もちろんアアルトによるデザインです。
今回は、私が感じる「アアルトらしさ」をピックアップしてご紹介しました。これらの根本にあるのは建築を利用する人たちに対する思いやりと、自然への敬意・調和の心ではないでしょうか。私がアアルトのデザインに惹かれるのは、そんな優しい心なのかもしれません。このコラムを通して、アアルトというフィンランドを支えたひとりのデザイナーの哲学とデザインエッセンスを少しでもお伝えできていれば幸いです。