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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈01. ヴィルピ・リンドクヴィスト〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

はじめてフィンランドを訪れてから、今年の秋で10年になります。外国らしい雰囲気や景色とは対照的に、そこに暮らす人たちの親しみやすさが印象に残っています。

もう少し、近づいてみようかな。語学の扉を開いたのは、今から8年前のこと。フィンランド語を学びながら、日本とフィンランドを行ったりきたり。知り合いを訪ねて歩き、対話を重ねる中でフィンランドをさらに身近に感じるようになりました。

眩しく映るフィンランドの暮らし。きらきらしいのは、生活している人の心掛けだと感じます。日々の生活を大切にする土台のようなものがあるからこそ、困難に立ち止まることがあっても、しなやかに人生の舵を切ることができるのでしょう。

心の中で育まれた暮らしの根っこは個性を咲かせ、創作活動や社会貢献などの場面にも織り込まれているのかもしれません。今日からスタートするコラムでは、私が心惹かれたフィンランドの人々にお話を伺って、すこやかに、たおやかに生きるヒントをみなさんと一緒に探ってみたいと思います。

Virpi Lindqvist(ヴィルピ・リンドクヴィスト) / アートディレクター

ヘルシンキ市街の中心、エスプラナディ通りの先に、映画「かもめ食堂」の冒頭にも登場するエテラサタマ(南港)があります。港に広がるマーケット広場では、ベリーやエンドウマメなど季節の新鮮な食材が揃う他、町のアーティストも出店し、多くの観光客や地元の人たちで賑わっています。

ここでユニークなデザインのフェルトの帽子を販売しているのが、アートディレクターのヴィルピ・リンドクヴィストさん。ニッティングからフェルティングまで、すべての工程を手仕事で一人で行っています。


ヴィルピさんはヘルシンキに隣接するエスポーで、パートナーのペッカさんと2人暮らし。ペッカさんは精神看護専門看護師として長年働き、数年前に定年退職をしました。23歳で結婚してから、まもなく36回目の夏を迎えます。互いを頼り、支え合ってきました。

高校卒業後は専門学校へ進学し、グラフィックアートを学んだヴィルピさん。印刷会社に就職してからも、キャリアの幅を広げるため、グラフィックテクノロジーを独学で勉強しました。29歳で第4子を出産すると専業主婦にシフトし、しばらくは子育てに専念します。


そんな中、一つの転機を迎えました。息子たちに編んだ帽子やセーターが評判を呼び、知り合いや近所の人から編み物の仕事を依頼されるようになったのです。そこで、夏の間だけ、マーケット広場でかぎ針編みのサマーハットを売り始めました。

長男が10歳になった頃に復職し、広告代理店に転職。BtoB、BtoCマーケティングと広告デザインを担当し、働きながら広告分野の学位も取得しました。やりがいを感じながらも、厳しい締切と隣り合わせの日々。ユニークな企画を提案しても、予算や売上が採否を決定することも少なくありませんでした。一方で、屋号『VIP-Lindqvist』を立ち上げ、広告代理店で働くようになってからも、夏休みや週末にはマーケットにお店を出しました。


30代、40代を駆け抜け、50代のスタートライン。「1年中、朝から晩まで帽子を作りたい」。心の声に応えてみることにしました。思いきって広告の仕事を辞め、フルタイムで今の仕事を始めます。この時から、自分の創造性を、締切や売上ではなく、自分自身に託すことができるようになりました。羊毛フェルトに出会ったのもこの頃。編み終わった帽子を自宅の洗濯機でフェルティングしてみることを思い付いたのです。


港のテントで一緒に店番をしている時に、長年気になっていた帽子のデザインについて尋ねたことがあります。もっとシンプルなかたちで編んだほうが、売上にも結びつくんじゃないかなと思ったんです。

「だって面白い方がいいじゃない!人生には喜びとユーモアが必要よ。」

と豪快に笑いながら、力強く言い切ったヴィルピさん。

毎日200個近い在庫を陳列するのにも理由がありました。私たちが一つの物事にも、一人一人それぞれ異なった考えやイメージを持っているからです。

自分に似合うカラーじゃなくても、トレンドに乗ったファッションじゃなくても大丈夫。「まずは試してみたら?」恥ずかしがるお客さんに、そっと声をかけます。

"Olet ihana—あなたはあなたのままで素敵だよ"

喜びとユーモアを編むヴィルピさんがこの夏、マーケット広場に戻ってきました。おかえりなさい!

\ Virpiさんにもっと聞きたい! /

Q. VIP-Lindqvist が表現したいことは?

楽しいことや自分らしさを必要としている人たちに、エネルギーと喜びを贈りたいです。私がつくる帽子は、色が大きな役割を持っています。暗くて長いフィンランドの冬は、身につけるものも暗い色になりがち。だから、あえてビビットな配色を選んでいます。人生には悲しいこともたくさんあるので、私の帽子が一瞬でも人々を笑顔にしてくれることを願っています。


Q. どうやってフェルティングしているの?
帽子を実物大に編み、30〜40度に温度設定した洗濯機で何度も洗います。表現の引き出しを増やすことができるので、私は特殊毛糸を羊毛と組み合わせて編むことが多いのですが、ポリエステルやアクリル、レーヨンなどを含む特殊毛糸はフェルト化しづらく、その場合は通常よりも多く洗濯機を回します。編針や糸の太さ、編むときの力加減なども仕上がりに影響するため、こまめに確認しながら、臨機応変にトライ&エラーを重ねます。こうして作られる防風性に優れたフェルトの帽子は、氷のような冷たい風が吹くフィンランドの冬の頼もしい味方です。

Q. マーケットに出店する日のスケジュールは?
起床は5時半。起きたらすぐに当日の天気予報と、南港に発着する国際線のスケジュールを確認します。身支度を整えながら、魔法瓶に熱々のコーヒーを詰めて、昼食用に簡単なサンドウィッチなどの軽食を準備します。エスポーの自宅からマーケット広場までは車で約30分。7時15分からの抽選会に参加するため、6時半には家を出ます。抽選会では、常設以外の出店者が番号くじを引いて、数字が小さい人から当日の出店場所を選ぶことができます。売り場が決まったら、車から荷下ろしをして、テントを組み、商品を陳列します。
このように、今年の夏は朝7時過ぎから夕方16時半頃までマーケットで過ごしています。夜は自宅で当日の売り上げを整理して、足りなくなった在庫を補充します。昼間に編んだ帽子をフェルティングしたり、ペッカとお喋りしながら毛糸を編んだり。自分のペースで大好きな帽子を作ることができて幸せです。


Instagram:@usami_suomi