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Tempus AI:新規IPO銘柄 – 市場のささやかな歓迎を受けたが生成AIの業績効果はかなり限定的


 去る2024年6月14日に、Tempus AI社(ティッカー:TEM)がNASDAQに新規上場しました。同社は、2015年に設立され、医療機関や製薬などの研究機関を対象にデータサービスおよび分析アプリケーション・サービスを提供する企業です。自社の膨大な医療データ資産とAIを活用し、精密医療(プレシジョン・メディシン)および個別化医療(パーソナライズド・メディシン)を支援する医療分野のテクノロジー・サービス企業です。
 
 6月14日の4億1100万ドルが新規株式公開では、1株あたり37ドルで値付けされた株価は、40ドルで始まり、午後の取引では14%上昇し、43.88ドルの高値に達した後、40.25ドルで取引を終えました。
 結果として、市場からささやかな歓迎を受けることができたといえますが、実業としては、依然として多額の損失を計上している状況にあり、投資には不安が残ります。尚、直近となる2023年度12月期の通年売上高は5億3200万ドルで、純損失は2億1400万ドルとなっています。
 
 今回、Tempus AI社という企業が医療機関向けのB2B向けの生成AIを活用したサービス提供企業である点、また、ソフトバンクグループとの合弁で日本市場への参入を報じられていたことから、興味を持ち事業内容を紐解いてみた次第です。参考になれば幸いです。(なお、筆者はノーポジです)





1. 企業概要

(1)Tempus AI社について

 Tempus AI社(以下、TEM)は、医療データを蓄積・処理し、それらの分析結果に基づいて、各患者に個別化された診断情報を提供する企業で、医師の治療選択や医療研究者の意思決定を支援するための独自開発したクラウド型の統合プラットフォームをサービス提供する企業です。
 
 このプラットフォームの特徴は、これまでサイロ化されて十分に活用されていなかった個々の医療データ(EHR、次世代シーケンシングデータ、解剖病理スライド、放射線画像など)を各々のデータが持つモダリティを越えて横断的かつ統合的に利用できるデータパイプラインを構築していること、また、世界最大級の臨床および分子腫瘍データライブラリとAI・機械学習を活用し、医療診断のあらゆる側面で、各患者に対する個別化医療における医師や研究者の意思決定を支援するインテリジェントな機能を提供ことが挙げられます。

【表】 企業概要


(2)主な提供サービス

 TEMは、3つの基軸となる主力サービスを提供しています。各サービスは相互に補完し合い、ネットワーク効果を生み出しています。具体的には、以下の3つのサービスがあります。
 
① 遺伝子解析
 医療機関向けに遺伝子解析や分子診断を含む広範な診断試験サービスを提供しています。次世代シーケンシング診断、PCRプロファイリング、がん関連の遺伝子パネル、その他の解剖学的および分子病理学的支援を含みます。
 
② データ&サービス
 
製薬会社向けのデータライセンスと臨床試験支援を提供しています。収集されたデータを構造化し、患者のデータを匿名化して、製薬会社やバイオテクノロジー企業の研究開発のためのデータとしてライセンス供与を行います。また、臨床試験マッチングサービスやクラウドサービスツールのサブスクリプションも提供しています。
 
③ AIアプリケーション
 
AI・機械学習アルゴリズムを活用した診断ツールを提供し、臨床意思決定を支援します。さらに、「Next」と称する機械学習を活用したサービスによって、ケアギャップの特定や最小化を実現するインテリジェント・サービスを提供しています。尚、アプリケーション・サービスは、各々が特徴を持つ個別のテクノロジー・サービス[Hub、One、Now、Lens、Pixel、Next、Assays、Algos]によって構成されています。(これらテクノロジーについては後述)
 

 これら上記のサービスは、他のサービスを補完し、遺伝子解析から生成されるデータが、データ&サービス部門で収益化され、さらにAIアプリケーションの開発と展開を支援するなどの相乗効果を生み出します。また、収集するデータが増えるほど、試験の精度が向上し、より多くのアプリケーションを展開でき、さらに医療従事者がネットワークに参加することでデータベースが拡大し、その価値が高まります。TEMの企業競争力は、これらの相乗効果によって高まっています。

【図】 TEMのサービスの3基軸


(3)マルチモーダル・データの重要性

 TEMは、従来の医療データが病気の種類やデータモダリティごとに分断されていた問題を解決するため、マルチモーダル・データを活用できる包括的なプラットフォームを構築しています。このプラットフォームは、次世代シーケンシング、解剖病理スライド、放射線画像、ラボ試験といった複数の診断モダリティからデータを収集し、それらを電子健康記録(EHR)と連携させています。これにより、治療データや臨床結果などの広範囲なデータを統合し、腫瘍学、神経学、心臓病学、感染症など、多岐にわたる疾病領域での応用を可能としています。
 
 このマルチモーダルアプローチを採ることにより、患者一人ひとりの包括的なプロファイルを作成でき、より精度の高いパーソナライズされた診断と治療が可能になります。さらに、AIを活用することで、これらの多様なデータソースから洞察を引き出し、医師や研究者がより精密なデータドリブン型の医療決定を支援することができます。
 
 このデータ・プラットフォームの利点は、従来の方法よりもパーソナルで精密な治療選択が可能になることで、例えば、患者の年齢、性別、既往症、服用中の薬物といったさまざまな情報を統合し、最適な治療法を提案することが可能です。これにより、医師はより良い治療選択を行い、研究者は新しい治療法を迅速に発見することができるようになります。


(4)TEMの歴史

 TEMは、2015年に現CEOでファウンダーのエリック・レフコフスキー氏(Eric Lefkofsky)が、医療とテクノロジーを結びつけ、癌治療の最前線に立つ医師や研究者を支援するデータ分析プラットフォームを構築することを目的として設立されました。
 当初、TEMは次世代シーケンシング(NGS)を基盤にしたゲノム解析を通じて、個々の患者の遺伝情報を詳細に解析し、個別化医療を促進するデータの提供を行っていました。
 その後、TEMは、電子健康記録(EHR)、ゲノムデータ、病理画像、放射線画像など、さまざまなデータモダリティを持つ大量の医療データを一元的に管理・解析するプラットフォームの構築を進め、AI・機械学習を用いて、医療データの解析と診断プロセスの自動化を進めて来ました。
 これらのデータの統合の結果、より包括的な患者プロファイルを作成できるようになり、これらデータを通じて、医師や研究者の診断と治療計画を支援し、医療現場での意思決定が迅速かつ的確に行えるよう支援を行い、診断の精度と速度の飛躍的向上に寄与しています。
 また、TEMはこれらのデータ統合基盤およびデータ分析基盤のサービス提供のほか、医療機関や製薬会社との協力関係を強化し、臨床試験のマッチングサービスやデータ解析サービスも提供しており、これらの活動を通じて、新薬の開発や最適な治療法を見つけるための支援を行っています。


(5)これまで資金調達と主なVC

 TEMは設立以来、複数の資金調達ラウンドを通じて総額1.42億ドル以上をこれまでに調達しています。以下は主要な資金調達ラウンドの概要です。

  • シリーズC(2017年): 7000万ドル

  • シリーズE(2018年): 1億1000万ドル

  • シリーズF(2019年): 2億ドル

  • シリーズG(2020年): 1億ドル

  • 追加資金調達(2020年): 2億ドル(企業評価額81億ドル) 

 主な出資者には、Revolution Growth、New Enterprise Associates (NEA)、Lightbank、Baillie Gifford、T. Rowe Price、BlackRock、Google Venturesなどがいます。


(6)IPOの目論見および引受先

  • 資金調達目的:事業拡大のための研究開発、技術基盤強化、マーケティングおよび販売活動等

  • 公開株式:クラスA普通株式 11,100,000株

  • オプション:引受人に対する追加購入オプション 1,665,000株

  • IPO価格:1株あたり$35.00〜$37.00

  • 公開市場:Nasdaq Global Select Market

  • ティッカーシンボル:TEM

  • ロックアップ期間:180日間

  • IPOの引受先銀行:Morgan Stanley、JP Morgan Securities、およびAllen & Company



2. 市場概況とTEMについて

(1)TEMの長期ビジョン

 TEMは、AIとデータ技術を駆使して医療の未来を変革するという長期的なビジョンを掲げています。このビジョンは、医療の各分野に持続的な影響を与えることを目指しており、具体的には、医療データの統合と利活用促進、AIによる診断と治療のパーソナライゼーション、そしてグローバルな医療エコシステムの構築を目指しています。
 
 まず、TEMは医療データの統合と解析を通じて患者ケアの改善を目指しており、医療機関や研究機関との連携を深め、データの収集から解析、活用に至るまでのプロセスを促進する戦略を採用しています。また、AIを活用して診断と治療を個別化し、患者ごとに最適な治療法を提案することを通じて、高精度な診断アルゴリズムの開発とリアルタイムでの診断支援を可能としています。

(2)TEMのポジション

 TEMは、AIを活用した精密医療によって、医療の診断分野に革命をもたらしています。診断は疾患の性質や状況を評価して特定するプロセスであり、医師は血液検査、バイオプシー、スキャン、ゲノムテストなどを用いてこれを行います。これらの診断結果は治療のさまざまな意思決定に利用されるため、極めて重要となります。
 TEMのインテリジェント診断プロセスには、ラボ試験の実施、結果の取り込み、試験結果のレビュー、患者の医療記録からの他の関連する臨床データとの組み合わせ、そして生成AIを使用した分析と臨床的に関連する洞察の導出が含まれます。これにより、試験結果はより正確で、患者一人ひとりのユニークな病歴に基づいた具体的な結果を提供できます。
 インテリジェント診断は患者のケアに大きな影響を与え、特に腫瘍学分野での応用が期待されており、分子および解剖病理学的データ、バイオインフォマティクス、ゲノム変異解析などから得られる洞察と組み合わせることで、患者により最適な治療選択を提供することが可能となります。

(3)TEMの市場機会

 TEMがターゲットとする市場規模は急速に拡大しており、特にゲノミクスデータと臨床データの需要が増加しています。また、AIとデータ解析ツールに対する需要も高まっています。これにより、診断精度の向上や治療計画の最適化に貢献する技術を持つTEMには、事業拡大の大きな可能性が開かれています。

 具体的には、TEMには以下のような市場での競争優位性や市場機会があるとしています。

  • がん治療市場に焦点を当てており、遺伝子解析と分子診断の分野で強みを持つ

  • 臨床試験支援や新薬開発のためのデータライセンス市場が拡大しており、製薬会社やバイオテクノロジー企業とのパートナーシップを通じてデータを提供する機能が強みとなる

  • がん以外の疾患領域、例えば神経精神医学や心臓病学への進出も計画し、サービス拡大による新市場の創出機会が得られる

  • 世界最大級の臨床および分子腫瘍データベースは、より精度の高いAIモデルの学習と診断精度の向上に寄与し、高い競争優位性を発揮する

  • グローバル市場への進出も計画し、新たな市場機会が広がる



3. 財務トピックス

 以下のグラフは、TEMの収益イメージ(2023年度通期)です。
販売費の金額および前年度比率が目立ちますが、売上および売上総利益も大きく伸長しており、積極的な拡大戦略をとっていることが分かります。

【グラフ】 TEMの収益と支出の俯瞰イメージ(2023年度)
(クリックで拡大)


(1)売上と利益

 2023年12月に期末を迎えた2023年度は、前年と比較して事業規模の拡大および収益改善が見受けられます。具体的には、2022年度の売上が320百万ドルから2023年度には531百万ドルへと増加し、66%の成長を達成しました。また、純損失は2022年度の▲299百万ドルから2023年度には▲214百万ドルへと縮小しています。

【グラフ】 売上と利益:2022年度および2023年度(単位:百万ドル)(クリックで拡大)


 また、四半期ベースで見ると、営業損失は依然として高い水準にあるものの、2022年から2023年にかけて一貫した減少傾向が確認できます。しかしながら、2024年の第1四半期には、営業損失および純損失が大きく増加していることが確認できます。これは、売上や売上総利益が増加したにもかかわらず、研究開発費および販売費・一般管理費が大幅に増加したことによるものです。

【グラフ】 四半期別 売上と利益(単位:百万ドル)
(クリックで拡大)


(2)セグメント別売上推移

 4期遡って2020年度からのサービスのセグメント別の売上を見ると、遺伝子解析およびデータ&サービスの売上は堅調に推移しています。特に、遺伝子解析の売上は2022年から2023年にかけて大幅に増加し、83%の成長を遂げました。さらに、2024年の第1四半期も前年同期比で同様の増加傾向が確認できます。AIアプリケーションについては、2022年度から計上され、規模は小さいですが、2023年には4倍程度に成長しています。

【グラフ】セグメント別の売上推移(単位:百万ドル)(クリックで拡大)


(3)顧客基盤について 

 TEMの顧客基盤について、具体的な顧客数の詳細は非公開ですが、1,000以上の病院とクリニック、数百の製薬企業およびバイオテクノロジー企業と連携しています。全米に広がる多数の医療機関、製薬企業、研究機関がTEMの顧客層を占めており、約7,000人の医師や研究者がTEMのプラットフォームを利用しているとされます。
 
① 医療機関
 TEMは、全米の主要な医療システム、病院、診療所と提携しており、広範な臨床データと患者情報を収集・解析することが可能です。

[顧客例]
  Mayo Clinic、Cleveland Clinic、Duke University Health System、
  University of Chicago Medicine 
 
② 製薬企業
TEMは製薬企業と密接に連携し、治験のデザインや実施、データ解析をサポートしています。これにより、製薬企業の新薬開発と承認プロセスを加速・支援しています。また、TEMの技術は、治療効果を評価し、最適な治療法を特定するために活用されています。
 
[顧客例]
  Pfizer、Novartis、Bristol-Myers Squibb、AbbVie、Amgen
 
③ 研究機関
TEMは学術研究機関と提携して研究データの収集と解析を行っています。
 
[研究機関例]
  Harvard University、Johns Hopkins University


(4)顧客セグメント別の業績

 TEMの顧客セグメントは、「ライフサイエンス顧客」(Life Sciences Customers)と「医療提供者」(Healthcare Providers)の2つに大きく分かれています。
 
① ライフサイエンス顧客
 主に製薬会社やバイオテクノロジー企業が含まれ、TEMはこれらの企業に対してデータライセンス、解析サービス、臨床試験のマッチングサービスを提供しています。主要顧客には、Pfizer、Novartis、Bristol-Myers Squibb、Amgen、Gilead Sciencesなどがあります。
 
  [2023年度売上] 168.8百万ドル

 2022年から2023年にかけて売上高が急速に成長しており、主な要因は製薬会社やバイオテクノロジー企業とのデータライセンス契約の増加です。
 
② 医療サービス提供者
病院、クリニック、研究機関などが含まれ、TEMはこれらの医療提供者に対して、次世代シーケンシング(NGS)やその他の診断サービスを提供しています。
 
  [2023年度売上] 363.0百万ドル

次世代シーケンシング(NGS)サービスの拡大が売上に寄与しており、その売上増加の要因は診断サービスの需要増加と新たなパートナーシップの形成によるものです。


(5)フリーキャッシュフローについて

 簡単ですが、以下は、キャッシュフロー計算書から算出したフリーキャッシュフローの年度実績です。
 
   2022年度:▲149.8百万ドル
   2023年度:▲179.7百万ドル
   2023年度:▲60.0百万ドル
   2024年度:▲72.1百万ドル
 
 短期的には、やはり健全性には課題を抱えており、特に営業活動からのキャッシュフローがマイナスであることが認められており、事業継続性に対する懸念が残ります。故に、今回の資金調達での成功が求められているのでしょうが、このまま順調に成長フェーズが継続するのか、直近四半期のように、収益性が下がるのか、しばらくの間、慎重に見守る必要があるかもしれません。



4. プロダクト、サービス、特徴について

(1)ソリューション俯瞰

 TEMのプラットフォームは、医療データを収集・処理し、それらのデータに基づいて患者ごとに個別化された診断情報を提供する統合サービス・プラットフォームです。このプラットフォームは、医療機関からデータを収集し、構造化・統合して共通のデータベースに蓄積し、ラボ診断試験や個別化された分析結果を提供します。

① データの取得と収集
 TEMのプラットフォームは、医療データをリアルタイムかつ大規模に収集しており、分子データ、臨床データ、画像データを含みます。これを実現するために外部システムとの連携を図っています。
 
  ・ 電子健康記録(EHR)システム
   医療機関のEHRシステムや第三者データプロバイダーと連携
 
  ・ 医療機関とのリレーションシップ
   全米の学術医療センターや複数の業界団体とつながった
   全米ネットワークとの連携
 
  ・ TEMが運営するラボ
   シカゴ、アトランタ、ローリーにある3つの診断ラボでデータ生成

② 独自のデータ処理
 収集したデータは、独自の臨床データ抽出ツールを使用して構造化や匿名化が行われます。このプロセスでは、自然言語処理や光学文字認識、そしてデータの構造化・匿名化を支援する独自のソフトウェアが利用されます。

③ 独自のマルチモーダル・データベース
 多くの医療データベースに欠けている特徴や機能的課題を解決した独自のデータベースを開発・運用しています。
 
  ・ リアルタイム機能
   診療現場での利用に必要なリアルタイム機能を提供
 
  ・ 詳細なデータと規模
   約900万のドキュメント、560万以上の匿名化された患者記録、
   13億ページの臨床テキスト、100万以上の画像データ、90万以上の
   ゲノム情報、22万以上の全転写産物プロファイルを含む、詳細かつ
   大規模なデータセットを提供
 
  ・ データセットの規模
   大規模言語モデルをトレーニングするための豊富な学習用データ
   セットとして機能

④ 個別化医療
 従来の方法に比べて、TEMのプラットフォームは、パーソナルで精密な治療選択が容易になります。例えば、患者の年齢、性別、既往症、服用中の薬物といったさまざまな情報を統合し、システムとして最適な治療法を提案します。医師はこれらの提案からより良い治療選択ができ、研究者は新たな治療法を早期に発見することができるようになります。

⑤ 独自のソフトウェアツールとソリューション
 医療エコシステム内のさまざまな関係者が利用する数多くのソフトウェアツールを自社開発しています。
 
  ・ AI技術
   ニューラルネットワーク、深層学習、大規模言語モデルなどを用いた
   患者固有のインサイトの抽出や生成
 
  ・ アルゴリズム診断
   AIモデルをトレーニング・検証し、臨床グレードのアルゴリズム診断
   として研究・展開
 
  ・ インテリジェント診断
   データの精度を向上させ、診断結果の有用性を高めるための継続的な
   学習を実施


(2)遺伝子解析サービスについて

 遺伝子解析サービスは、ラボを活用して次世代シーケンシング(NGS)診断、分子ジェノタイピング、その他の解剖学的および分子病理検査に関わるサービスを医療サービス提供者やライフサイエンス企業、研究所などに提供するものです。TEMは、先進的な遺伝子検査技術を活用して、がんの診断と治療に革命をもたらす多様な検査オプションを以下のように提供しています。(原文掲載)
 

  • xT : 648 gene solid tumor cancer assay

  • xR : full transcriptome (RNA) solid tumor cancer assay

  • xT-cdx : 648 gene, tumor/normal FDA approved assay

  • xE : whole exome cancer assay

  • xF : 105 gene liquid biopsy cancer assay

  • xG : 52 gene inherited cancer risk germline assay

  • nP : pharmacogenomics profiling in neuropsychiatry

  • xF+ : expanded 523 gene panel covering additional fusions and copy number variants (CNVs), as well as blood tumor mutational burden (bTMB) and microsatellite instability high (MSI-H)

  • xG+ : 88 gene panel covering genes associated with both common and rare hereditary cancers

  • xM : high coverage methylation sequencing assay for minimal residual disease detection launched in June 2024, initially covering colorectal cancer with the potential to expand into both other indications and treatment response monitoring

 また、TEMは2024年6月1日にPersonalis社(米国カリフォルニア州フリーモント)とのリファレンスラボラトリー契約を締結し、NeXT Personal Dxというサービスの提供を開始しています。これは、全ゲノムの最小残存病変を高感度でモニタリングするツールで、非小細胞肺がん、乳がん、免疫腫瘍治療の応答を監視することを目的としており、微小な遺伝的変化を検出し、治療計画を精密に調整することができるというサービスです。


(3)データ&サービスについて

 データセットをライセンス提供する「Insights」は、ライフサイエンス企業向けに特化したサービスで、匿名化された臨床、分子、および画像データの広範なデータライブラリを提供します。このサービスは、クラウドベースの分析ツールを活用してデータを効果的に利用できる仕組みを提供し、従来の医療データが直面するデータのサイロ化、つまり治療結果や患者のデータなどの重要なコンテキストが不足する問題を克服します。
 
 Insightsは、トップ20の大手製薬会社のうち19社に利用されており、2023年12月31日時点でのデータライセンス契約総額は約9億2000万ドルに達しています。


(4)AIアプリケーションについて

 AIアプリケーションでは、AIを活用して医療データを解析し、診断および治療決定を支援するためのツールとソリューションを提供しており、これによって医療従事者がより正確かつ迅速に患者の治療計画を立てることを可能にします。

① 主な特徴と利点
 AIアプリケーションは、医師が患者の臨床データを活用して、迅速かつ正確な診断を行えるよう設計されています。大量の臨床および分子データに基づいてトレーニングされたAIアルゴリズムは、時間とともに精度を上げ、医療の現場で直面する多くの挑戦に対応しています。また、深層学習や大規模言語モデルを取り入れて診断の精度と信頼性を高め、患者の治療効果の向上につなげています。
 
 TEMのプラットフォームでは、患者一人ひとりの臨床データと分子データが統合されており、医師は個々の患者に合わせたカスタマイズされた治療計画を立てることが可能です。これにより、個別化医療の実現に大きく貢献し、医療の質を向上させるだけでなく、患者の治療結果を改善するための重要なツールとなっています。
 
 また、患者のゲノム情報や遺伝子変異を詳細に分析するための各種アッセイ(例:xT、xF、xGなど)も提供されており、これらを利用して患者ごとの最適な治療法を提案できます。さらに、AIを活用した診断アルゴリズムは、特にがん患者に対し、遺伝子変異やバイオマーカーの詳細な解析を通じて、最も効果的な治療法を迅速に特定し提案します。
 
 そしてTEMは、その技術の応用範囲をオンコロジーから神経精神医学や心臓病学などの他の医療分野にも広げ、より多くの疾患と広範な患者に対し、精密医療の利点を提供しています。

② TEMのデータベースと構成
 TEMの医療情報データベースは2016年のプラットフォーム立ち上げ以降、飛躍的に規模が拡大しています。多様なデータと豊富な蓄積量を持つTEMのデータベースは、診断精度を高め、医療研究の新たな発見を支える同社の中核を成すデータ基盤となっています。
 
 現在、このデータベースには900万以上のドキュメントと約560万件の匿名化された患者記録が含まれており、それには1.3億ページ以上の臨床テキストが含まれます。これらのデータは定期的に更新され、最新の情報に保たれています。腫瘍学をはじめとするさまざまな医学分野で世界最大級の分子ライブラリの一つとなっており、画像データや臨床記録とゲノム情報をリンクさせ、220,000以上のRNAシーケンスデータなど、質の高い複数のデータソースからインサイトを得ることが可能です。
 
 クラウドに格納されたデータの総量は200ペタバイト以上であり、臨床データからゲノミクスデータ、画像データ、さらにはリアルワールドデータに至るまで、多岐に渡ります。これらのデータには、患者の属性(年齢、性別、民族等)や状態(疾患のステージ、サンプルの種類や解剖学的部位、治療歴、治療のタイミング、遺伝子プロファイリング結果)など、非常に多くの情報が含まれており、これにより患者一人ひとりに合わせた詳細なプロファイルの作成が可能です。

「TEMの医療情報データベースのプロファイル」

  • TEMが収集したドキュメント数: 900万以上

  • 匿名化された患者記録数: 560万人以上

  • 大規模言語モデルの学習用の臨床テキストのページ数: 13億ページ

  • 放射線画像や病理画像などの画像データの件数: 100万件以上

  • 臨床記録とリンクするゲノム情報の数: 90万件以上

  • RNAシーケンスデータの数: 22万件以上

【図】 TEMの医療データ資産(クリックで拡大)

 上の図にTCGAとして表現されているのは、「The Cancer Genome Atlas」(癌ゲノムアトラス)の略で、がん研究のためにアメリカ国立衛生研究所(NIH)によって設立されたプロジェクトが収集した遺伝子情報を指します。これは、がんのゲノムデータセットとして最大級のものとされていますが、TEMのデータセットに比べて、その規模は50分の1です。したがい、TEMが持つデータセットがいかに巨大であるかがわかります。


(5)アプリケーション・サービスを構成するテクノロジー

① Hub
 「Hub」は、医療サービス提供者が治療や検査の結果を管理するためのプラットフォームで、以下の機能を提供します。

  • 患者データへの安全なアクセス

  • 検査結果の確認

  • 検査注文とその状況確認

  • カスタムコホートの構築

  • 臨床レポートの表示:MSK OncoKBやNCCNガイドラインといった最新の臨床ガイドライン、臨床データ、分子データに基づいて治療オプションを選定するための臨床レポートを提供します。


【図】 Hubの画面

※ コホートとは
ここでのコホートとは、特定の特徴や条件を持つ患者の集まりを指します。

② One
 「One」は、医療サービス提供者向けのAIを組み込んだ臨床アシスタントで、患者の情報やインサイトに直接アクセスでき、治療についての意思決定を支援するためのインサイトを提供します。また、TEMのメンバーにサポート依頼ができる「コンシェルジュ」サービスでは、臨床医やケアチームがTEMのチームメンバーに直接アクセスし、追加検査、モバイル瀉血、条件によるシーケンス患者のカスタム検索などを依頼することができます。
以下は、「One」を通じて得られる情報や機能です。

  • 患者のレポートやMSIやTMBの測定を含むバイオマーカーの検査結果へのアクセス

  • 変異、遺伝子、診断に基づいて患者をフィルタリングする機能

  • 患者コホートの表示

  • 最新の臨床試験情報へのアクセス

  • AI臨床アシスタント機能(大規模言語モデルを利用した自然言語での問い合わせに対応する生成AIアシスタント。その他、高度な患者のフィルタリング、臨床試験マッチング、レポート生成機能等のAI機能を提供)

 尚、「One」で活用されている生成AIモデルの原型については、TEMから具体的な情報発信はありませんが、おそらくオープンソースの基盤モデルをベースに、同社が持つ医療データ資産やパブリックデータを利用してファインチューニングを行い、専門性に強みを持つ大規模言語モデルとして開発された可能性が高いと考えられます。(あくまでも推測です) 

【図】 Oneの画面

③ Now
 「Now」は、医療サービス提供者向けのEHR(電子健康記録)に常駐するアプリケーション群で、EHRシステムにシームレスに統合されて、以下の機能を提供し、これにより、医療従事者は常に最新の情報に基づいて意思決定が可能となります。 

  • EHRの注文と結果の直接受け取り

  • ゲノムデータへのアクセス

  • 治療と臨床試験情報のリフレッシュ:治療オプションや臨床試験情報を常に最新の状態に保ちます。

【図】 Nowの画面

④ Lens
 「Lens」は、研究者や科学者向けのサービスで、ライフサイエンスと高度な精密研究のための革新的なデータの分析と可視化を提供するソフトウェアアプリケーションです。このアプリケーションは、TEMの豊富なマルチモーダルで匿名化されたデータセットを検索、アクセス、分析するためのプラットフォームとして動作し、主に臨床医と製薬およびバイオテクノロジー企業に向けたデータ提供を目的として設計されています。
 
 研究者は、興味のある特定のコホートを定義し、AIアシスタントの支援を受けながら基準を設定して対象のコホートを作成することができます。Lens Analytical Appsを利用することで、複雑なコーディングを必要とせずにデータ分析が可能で、容易にデータの絞り込みと可視化を行うことができ、データを直感的に理解して研究に必要な情報を迅速に抽出することができます。
 
 また、Lens Workspacesでは、RやJupyter Notebooksを使用して実世界データ(Real World Data)を活用し、カスタマイズされた高度なデータ分析を行うことが可能です。

【図】 Lensの画面

 また、「Lens」には、前掲の「One」で提供されるAI臨床アシスタント機能を統合することができ、これにより、大規模言語モデルをバックグラウンドに持つチャットアシスタントを通じて、医療に関する専門的かつ高度な質問応答機能が提供されます。
 
 例として、自然言語を使って、フィルタリングや検索、患者のコホートを絞り込む例を以下に示します。

【図】 依頼事項 = 「RNAの発現に基づいてフィルタリングできますか?」
【図】 依頼事項 = 「女性でEGFRエクソン19体細胞変異を持つ
非小細胞肺がん患者を検索してください」
【図】 依頼事項 = 「次に、ニボルマブを投与されたメラノーマ患者を探してください」


⑤ Pixel
 「Pixel」は、医療サービス提供者向けに特化されたAI支援医用画像解析ツールで、主な機能として、自動定量化、自動追跡、そして自動レポート作成といった機能が含まれています。
 自動定量化機能では、病変の正確な輪郭と長軸および短軸の測定を得ることが可能で、これにより、病変のセグメント化とその測定が自動化でき、画像解析の精度と速度を大幅に向上します。
 自動追跡機能では、経時的な病変の変化を追跡し、病変の反応を自動的に計算することが可能で、治療の経過を詳細に観察し、治療の有効性を評価し、必要に応じて治療戦略を迅速に変更することが可能となります。
 また自動レポート作成機能では、治療反応基準に基づく包括的なレポートを自動作成し、EMR(電子医療記録)や「Hub」に統合して情報管理および共有することが可能となります。

【図】 Pixelの画面

⑥ Next
 「Next」は、医療サービス提供者およびライフサイエンス研究者向けのサービスで、患者ケアのギャップを特定し埋めることを目的とした革新的なプラットフォームで、患者のケアジャーニーを最適化し、より効果的な治療管理を支援するものです。
 「Next」は、臨床ガイドラインに照らし合わせて、患者がケアジャーニーのどの段階にあるかを明確にコンテキスト化し、患者の必要とする具体的なケアや介入を正確に特定します。
 さらに、「Next」は、ケアジャーニーの全体にわたって患者を追跡する機能を備えており、これには、適宜管理の必要な患者の追跡、特定の患者サブセットを検索するためのリスト、病院の患者集団をリアルタイムで把握するダッシュボードを提供しています。

【図】 Nextの画面

⑦ Assays
 「Assays」は、医療サービス提供者およびライフサイエンス研究者向けに設計された、先進的なゲノムプロファイリングサービスで、患者ごとに最適な意思決定を支援するための広範囲なシーケンスオプションを提供し、個別化医療を支援します。
 
 「Assays」には以下のような幅広いシーケンスパネル(xT、xR、xF/xF+、xR、xF/xF+、xG/xG+、xE、xM for MRD、xM)が含まれており、これらのシーケンスオプションを利用することで、患者の遺伝的プロファイルに基づいてより適切な治療選択を行うことが可能となる他、これらの検査を通じて、病態の理解を深め、新たな治療法の開発にも寄与することが期待されます。

【図】 Assaysの画面

⑧ Algos
 「Algos」は、医療提供者とライフサイエンス研究者向けに開発された、特定のアルゴリズム検査オプションを提供するプラットフォームで、疾患の理解を深め、効果的な治療オプションの選択に直接的に貢献する重要なリソースとなります。
 「Algos」では、以下の検査オプションを提供しており、複数のがん種に対して深い洞察を得ることができ、個々の患者に合わせたより精密な治療計画を立てることが可能となります。

  • HRD (Homologous Recombination Deficiency): 同源組換え欠損の検査

  • TO (Tumor Origin): 腫瘍の起源の特定

  • DPYD: DPYD遺伝子変異の検査

  • UGT1A1: UGT1A1遺伝子変異の検査

  • PurIST℠: 腫瘍純度の評価


【図】 Algosの画面


以上です。


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