エッセイ 「レモン哀歌」を偲ぶ
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高村光太郎さんの詩集「智恵子抄」より
レモン哀歌
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
" レモン哀歌 " は詩集「智恵子抄」の作品の中で最重要に位置付けられています。
それは智恵子さんの息を引き取る瞬間が綴られているからです。
最愛の人が病み、そして死に別れる深い哀しみが背景にあります。
長い間、精神の病いに侵された智恵子さんが死ぬ間際、レモンの香りに洗われて元の智恵子さんの意識を取り戻す奇跡があったようです。
すがすがしいレモンの香りが、生きることへの純粋な気持ちを呼び覚ませたのかも知れません。
10月5日は智恵子さんの命日だと知り、この " レモン哀歌 " を偲びます。
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